脳髄とはらわたのバドラッド #2-2
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燐光ネオンが赤や青、紫といった派手な色にギラギラと発光し、下世話な看板たちを照らしている。
この通りは、この辺りでは最大の風俗街である。交通の要所である港から程近く、都から多くの旅人が訪れ、酒や女を求め金が集まる。
風俗街の最奥にある寂れた劇場。そこがドゥエンデのアジトだ。
ドゥエンデは、風俗街の顔役たちの中では比較的若い。
彼は貧民あがりの男娼としてこの街に買われてきた。その後、持ち前の知能と残虐さでメキメキと頭角を現し、敵対する相手を次々と葬り、のし上がってきた。
面長の顔は蒼白で、髪は白に近い金色に脱色されている。金や真紅などの派手な色の礼服を好み、いつも着用している。美男子に分類されるような顔に不釣り合いの、張り出した腹が異様だ。
「魔法使い? 手から火を出した? そんな御伽噺みたいなことが、あるわけないだろう」
ドゥエンデは神経質な様子で、ガリガリとテーブルを引っ掻く。
「お、お言葉ですがボス。あの女の死体を見張ってたやつらや合成獣は、炎で真っ黒焦げになって死んだんです。ジヘも頭を吹き飛ばされて……普通じゃありえないような死に方を……!」
側近たちは『炎』という言葉を口から出すのも忌まわしいとばかりに、冷や汗をかき震えている。
彼らが本物の炎を見たのなど、10年ぶりだ。
その姿に、ドゥエンデは大きくため息を吐く。
「いいか、僕は臆病者が嫌いだ」
部屋を見回す。そこには、30人ほどの武装した用心棒と、40人ほどの娼婦。
「ダフネのやつは、この商売から足抜けしたいなんて言い出したから、制裁を加えた。当然のことだ。それを逆恨みして、ジヘを殺したイカレ野郎がもうすぐここに来る。年齢は30歳ぐらいの長身のチンピラ。確実に、殺せ」
◆
「またチンピラ狩りだ」
今この街では、3日ほど前から30歳ほどの男が無差別に殺される事件が起きている。
「あと一ヶ月ぐらいはあの辺は行かない方が良いだろうなぁ」
「ったくよぉ、迷惑な話だぜ」
行き交う人々の噂話を聞きながら、通りを進む。両側を安ホテルで挟まれた一角。目当てのドゥエンデのアジトまで、もうすぐ。
「おい、待て。お前」
数人の大男に囲まれる。彼は全員がキメラ手術を受け肉体を強化しており、手に刺胞弓やピラニア歯ナイフで武装している。物々しい雰囲気だ。
「今ここは、お前みたいな男は通行止めだ。殺されたくなきゃ、今のうちに───」
掌に力場を展開。俺の手には、新たな銃が生まれる。
M4A1カービン。1秒間に15発も弾丸を吐き出す悪魔。中距離でこいつに敵うやつはいない。
タタタタタタタタッ。乾いた銃声と共に、俺の前にいた3人が倒れる。即死。
「お、お前っ───!」
後ろにいた2人が弓を構える前に、振り向きざまに頭に5発ずつ。この2人も即死。
そのまま横っ跳び。俺の先程までいた場所に、棘が無数に撃ち込まれる。
刺胞弓。内部の浸透圧差で棘を打ち出す武器だ。だがその射程も弾速も、銃弾に比べれば絶望的なまでに遅い。
受け身を取りながら2回転。リロードしながら射撃体勢を作ると、撃ってきた方向へ牽制射撃。
「あ、あいつだ! 5人やられたぞ!」
「ひっ……火ぃ! 火、火だぁああああ! あいつ、本当にあの黒い筒から火を出していやがる!」
「魔法使い! あいつ本物の魔法使いだ!」
用心棒たちは、仲間が殺され恐慌状態に陥る。
タタタタタタタタッ。乾いた銃声。男たちは咄嗟に樫の木や貝殻で出来た盾をかざすが、そのまま無惨にも貫通してしまう。
男のうち3人は、悲鳴を上げる間も無く即死。残りの2人は、肩と脇腹を貫かれ戦意喪失。
「殺せ! 殺せぇ!!」
アジトの劇場の門が開く。数人の男を乗せた車が、俺に向かって猛加速しながら突っ込んでくる。
俺は、射撃姿勢を作り、正面から発砲。タタタタタタタタッ。筋肉と貝殻で出来た車など、アサルトライフルの前では紙くず同然だろう。中にいた男たちごと穴だらけにする。
車がコントロールを失ったのを確認し、横に向けて転がる。車はホテルに激しく突っ込み、そのまま停止した。
「う、うわああああああああああああ!!」
突然始まった血なまぐさい争いに、周囲の無関係の客や住民は悲鳴を上げ、散らすように逃げていく。
敵も住人もいなくなり、往来は水を打ったように静かになる。劇場前の道には、俺が殺した死体だけが残されている。やったのは15人ほど。ならあと半分くらいか。
俺は、警戒しながら木製のドアを蹴破ると、劇場へと足を踏み入れた。
「この野郎───!」
体格のいい男が殴りかかってくる。格闘技の心得があるようで、動きに迷いがない。
俺はM4A1カービンでは接近戦は不利と判断し、牽制射撃したのち、アサルトライフルを手放す。
魔法で生み出したものは、持ち主の身体から離れると1分ほどで崩れるように消えてしまう。なぜなのかは俺にも不明だ。
男は左右のフックを繰り出す。それを身をかがめてかわすが、大振りなフックは囮り。本命はその次のミドルキック。それを前に詰めながらなんとか受ける。体格が1.5倍も違う相手の渾身の蹴りだ。体勢を崩さなかっただけで上出来だ。
しかし、男は動きが止まった俺を、尾骶骨につながった第三の腕で掴む。キメラ手術でインプラントした義手だ。
体格の大きい相手に掴まれた。普通ならそのまま組み伏せられて終わりだろう。
俺は掌にベレッタM93Rを生み出す。
大腿に一発。三本腕の男は絶叫して体勢を崩す。
顔面に向けて発砲。男の後頭部は風船のように破裂。即死。
入り口からすぐ見えるステージの中央。そこに、ドゥエンデがいた。異様なほど肥大化した腹部のためか、難儀そうに椅子に腰掛けている。
「あいつを殺したら、2000万出すぞ」
ドゥエンデは俺を指差しながら言う。
2000万。都の役人が10年間でもらうぐらいの金額だ。俺の銃に怖気づいていた用心棒や娼婦たちの目の色が一瞬で変わる。雄叫びを上げながら、次々と突っ込んで来る。
センザンコウの甲羅を移植した用心棒。仕事のために乳房が6つある娼婦。全身に棘を移植した用心棒。腕が4本と口が3つある娼婦。
それを順番に撃ち殺した。
背後から近づいてきた娼婦を、振り向きざまに撃つ。狙いが甘く、腹部に当たった。
「神様……ああ、神様!」
娼婦は、倒れながら祈りを捧げていた。
頭へ二発。娼婦は動かなくなった。
俺とドゥエンデの間には、死体が折り重なるように山になっている。
「僕が一度も修羅場をくぐらずにこの地位についたとでも思っていたのか?」
ドゥエンデは、礼服の前を大きく開き、腹を露にする。そこには、キメラ手術によりバイオインプラントした昆虫の腹部が、黄色い粘液を滴らせながら無数に蠢いていた。
その昆虫の腹部が一斉に震えた。
全身が総毛立つ。時間感覚が引き延ばされたような感覚。
物凄い爆音。
「ぷぎっ!」
ドゥエンデの側にいた女が全身青紫になって絶命する。
アレは、蝉の発音筋のキメラか。
キャビテーション現象。超音波により液体内に真空の泡が発生、それが弾けることで衝撃波が発生。血管内でそれが起きれば、毛細血管はボロボロになる。そのまま死ぬだろう。
音の広がる速度は、当然ながら音速だ。遮蔽物も全く意味をなさない、必殺の武器。
俺は全力で後方へ跳ぶと、受け身をとる暇もなく転がるように、ステージの後方壁際まで下がる。
それでようやく、ギリギリドゥエンデの攻撃の射程から外れることができた。
そこにあったテーブルの上には半透明の容器。中に入っているのは……右脳の後ろ半分。ダフネの脳。とっくに破棄したものと思っていたが。
「それは『証』だ……僕たちがお互いに裏切らないよう、その証明なんだよ」
ドゥエンデは椅子からゆっくりと立ち上がりながら、そう言った。
僕たち。お互い。やはりそうか。
「お前にあれほどの合成獣を用意できる資金力があるとは思えない。他にまだ、仲間が誰かいるんだろう」
油断なく銃口を向けながら尋ねる。
「僕は、あの女が足抜けしたいなんて言い出したから制裁を加えたかっただけさ。それをどこで聞きつけたのか、あの女の上客だった3人から、必ず脳を奪えと言われてね」
ドゥエンデに命令できるほどの人物。それは。
治安維持組織の長官。『カンパニー』の重役。都の暗黒街を仕切る麻薬王。
そのどれもが、予想だにしない名前だった。
「僕のキメラは燃費が悪いんだ。薬を飲まずに使えるのは後一回だ……さぁ、死ね魔法使い───!」
ドゥエンデが言い終わる前に、彼の眉間を撃ち抜いた。
ドゥエンデは、右手のベレッタには注意深く用心しながら間合いを詰めてきたが、左腕に生み出したコルトSAAによるファストドロウまでは意識の外であったようだ。
脳漿と血を撒き散らせながら、ドゥエンデが崩れ落ちる。
俺は立ち上がると、ダフネの脳を回収し、懐にしまった。
治安維持組織長官。カンパニー重役。麻薬王。
全員、殺す。
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