脳髄とはらわたのバドラッド #1
※※
これは「逆噴射小説大賞2020」という
コンクールへ提出した作品を
改題・改稿した小説作品です。
(投稿版はこちら)
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◇1(ここ) ◇2-1 ◇2-2 ◇3-1
結局のところ、一目惚れだった。
ダフネは、どこにでもいるようなヤク中の娼婦だ。
切れ長の目に、赤いアイシャドウ。いつも裸同然の格好で、藤の花のような青紫色の肌を露出している。手足は痩せ、肋骨も浮き上がっている。背は低く、14歳ほどの体格。おかっぱ髪なのも幼さを想起させる。
「アンタがいい男だったから拾ったんだよ」
ダフネは、煙草をふかしながら、そうきゃらきゃらと笑った。
年輪を経たしわがれた声と小馬鹿にしたような笑い方は、少女のそれではない。
彼女は、道で死にかけていた俺を拾って、メシを食わせてくれた。
……そのあと、俺の家に3ヶ月も居座ったのには閉口したが。
ある日。ベッドの中。
ダフネは俺の胸の上で、唐突に「アタシ魔法使いなのさ」と言い、続けて「アンタにも魔法使いになる素質があるよ」と言い、いつものようにネジの外れたような笑いをした。
「魔法使いになるには、3つの条件があるんだ」
ダフネを抱き寄せる。お世辞にも心地よいとは言い難い抱き心地。ツンと酸のにおいがした。
「ひとつ。心が綺麗なこと」ふたつ。想像力が豊かであること。みっつめ。それは───」
みっつめを聞く前に、俺は眠りに落ちた。
◆
翌日。俺が帰るとダフネは殺されていた。
ダフネの周りには、男4人が囲むように立っている。ピラニア歯ナイフで武装している。どう見ても一般人ではない。
「ようやく帰ってきたかよ、色男。テメェも殺せとボスの命令だ、恨むなよ」
一番奥にいる背の低い男が引きつった笑いをしながら言う。
殺しには慣れていないのだろう。もし慣れたやつならそんなこと言う前にすぐに刺してくるはずだ。
俺は、可哀想だな、と思った。
「こいつが悪いんだぜ、こいつが自分のこと魔法使いだなんてフカすから。魔法使いなんて、いないのによ」
俺は、ゆっくりと腕を前に突き出す。
そう、ダフネは魔法使いじゃあなかった。
掌に力場を展開。量子もつれにより、アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンチャンネルが開く。こちらの量子状態が確定したため、テレポーテーションが発生する。
掌には、ベレッタM93R。この世で一番好きな銃だ。
チンピラたちの目に驚愕が浮かぶ。
「こ、こいつ本物の魔法使いだよォーッ! 聞いてないぜそんなの!?」
男たちの頭を、順番に吹き飛ばす。3点バーストの銃弾によって、彼らの頭は破裂する。
「ひ、ヒィイイイイ!」
一番後ろにいた小男だけは、あえて脚を狙った。太腿を押さえて、のたうつ。
「どうして、ダフネを殺した」
椅子に縛りつけられたダフネの頭には、脳が無かった。
なぜ脳を奪うなんて面倒なことをしたのか。それは、彼女の記憶に何か知られたくないことがあるからだ。
だが、彼女はただの娼婦だ。そこまでする必要があるとは思えない。
「し、知らないよぉ! ただ、ボスが……ドゥエンデがやれって! なぁ助けてくれよ、血がこんなに!」
頭を吹き飛ばさなかっただけで、大腿動脈を撃ち抜いたのだ。すぐに失血死するだろう。
ドゥエンデ。この辺りの風俗店を締める顔役の一人。
俺は、半開きになり濁ったダフネの目を閉じてやり、だらりと垂れ下がった舌にそっと触れた。
俺は、彼女の頭を奪ったやつらを全員殺そうと誓った。
たった3ヶ月、居候していたヤク中のために? 相手は裏社会でも有数の権力者。自分でもイカれてると思う。
結局のところ、一目惚れだったのだ。
魔法使いになるには、3つの条件がある。
ひとつ。心が綺麗なこと。
ふたつ。想像力が豊かであること。
みっつ────だれかを、愛すること。
振り返ると、部屋の入口に3メートルは超えようかという大男が佇んでいた。いつの間に?
トレンチコートを着ており、鉄の仮面と手袋をしている。
「アアアアアァァァ!!!!!」
張り裂くような奇声。
男がコートを脱ぐと、その身体は見るもおぞましい様相である。
全身という全身に大小さまざまな口。
その口が全て開くと、違った毒素を放出する。そのどれもが解毒が困難、もしくは不可能な毒ガスだろう。
人間ではない。カンパニーの合成獣《マンティコア》だ。
俺は、窓を蹴破って部屋から転がり出た。
背後では、俺の家がダフネの死体ごと燃え上がっていた。
【2-1に続く】
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