脳髄とはらわたのバドラッド #5-2(終)
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都のスラム街。場違いなほど豪奢な建物。
廊下には鮮やかな絨毯が敷かれ、シャンデリアが吊り下がり、華美な家具や芸術品が並んでいる。
大きな扉を蹴破り中へ入る。
そこにいたのは、世界で流通する麻薬の約8割を牛耳り、一代で世界最大の大富豪としてのし上がり巨大な影響力を持つ麻薬王、デルト・コルネオ。
顔にある大きな傷。醜悪な容姿。
巨大な執務室の中央で真っ直ぐに立ち、待ち構えていた。
「……来たか、狂人め」
コルネオのしわがれた声は、潜り抜けたその生涯の苦難を表すように、低く重い。
「もっと、マフィアたちの激しい警備を想像していたが」
ここにくるまでに、一人も警備はいなかった。
この男が一声かければ、集まってくる兵隊は1000ではきかないはずだ。
「───ダフネは、私の娘だ」
そう言いながらコルネオは、木製の鞘から黒い金属を引き抜く。
そう、金属だ。炎を扱うことが重罪となった今、鍛えるために鍛冶場を持つのは同じく重罪となった、鋼鉄。
長さ1メートルの直刀だ。
「これは、儂が自ら鉄鉱石を集め、古の文献を解読し、儂がこの手でうち鍛えたものだ」
確かこの男は、齢70を超えているはず。
だが、刀を上段に構えるその姿は、ひとつの揺らぎもない。
伊達に修羅場をくぐって来ていないということか。
「ダフネは、儂を裏切り、ある日儂の前から姿を消した。儂は全身が引き裂かれるように苦しんだ。次に見つけたあの子は、場末の娼婦になぞなっていた」
ゆっくりと、お互いに同じ分の距離を保ったまま、同じ方向に回る。
達人同士であっても、至近距離では速射より刃物の方が早い。下手に仕掛ければ、死ぬのは俺の方だ。
コルネオは涙すら流しながら、続ける。
「アレは、儂の愛情を仇で返したのだ。だから殺したのだ。親子の情が、貴様にわかるか? 最後にあの子は、貴様と同居していたそうだな。これは、儂があの子と決別するための、決闘だ」
コルネオの身体には裂帛の気迫がに満ちていた。
鋭い踏み込み。
コルネオが刀を抜いたのと、俺のコルトSAAが発射したのは、ほぼ同時だった。
「ごふっ」
コルネオの身体から、血が溢れ出た。
勝ったのは俺で、コルネオは負けた。
コルネオは、俺の鎖骨で止まった刀を滑り落とし、ゆっくりと倒れた。
コンマ数秒遅かったら、心臓まで断ち切られていただろう。
俺は、彼の懐に入れられた半透明の容器を奪う。
ダフネの脳髄。最後の四分の一。
これで、全てがそろった。
部屋を出る。
全身の細胞が、警告を発する。
猛烈な風切音。アンチ・マテリアル・ライフルの銃弾だ。
長い廊下の先。200メートル先に、その目を復讐に燃やす少女の狙撃手が見えた。
事前にそれを予知していた俺は、部屋を出るとみせかけて即座に戻る。
彼女の『絶対命中』を以ってしても、全く当たらない距離の弾丸が直角に曲がって当たったりはしない。
それが可能ならば、地球の裏からでも誰でも暗殺出来ることになってしまう。
改変できるのは、あくまで現実的な範囲までだろうという予想が当たった。
だが、俺がここに現れることを知っていたなら、彼女の狙撃範囲であればもっと遠くから一方的に殺すことも出来ただろう。
わざわざ姿を見せたのは、強烈な妄執ゆえか。
彼女は床に寝そべり、バレットM82A1を構えている。
この廊下でアンチ・マテリアル・ライフルと撃ち合っても勝ち目はない。
俺はコルトM79を呼び出し、グレネードを発射。爆発で床をぶち抜く。
そのまま一階へ飛び降り、次々とグレネードで貝殻壁をぶち抜きながら彼女の裏を狙う。
だが俺の目論見は外れる。
彼女は、二階へ上がる階段の前、広いエントランスで待ち構えていた。
驚いたことに、少女はハンドガンを呼び出していた。
あの体格で、俺と接近戦をする気なのか。
「私の名前は、アナ・バティスタ。お前が殺した魔法使い、その娘だ」
距離を詰められたら、一度撤退するという選択肢もあっただろう。それをしないのは、この名乗りのためか。
お前を殺すのは何者なのか、何のために殺されるのか、それを刻み込むためだ。
少女の手に握られているのは、S&W M&P9シールド。
0.5キロほどとベレッタM93Rの半分程度の重量で、女性でも扱いやすいハンドガンではある。
だが、彼女の年齢はまだ10歳ほど。銃の経験も、見た限りほとんどないだろう。まだ目覚めたばかりの魔法使いだ。
この俺と接近戦をするのは無謀だ。
俺は射撃姿勢をとり、ベレッタM93Rをセミオートにし発射。
何発かは確実に彼女の身体に命中されるだろう。それでこの勝負は終わりだ。
だが、俺は驚愕で目を見開く。
同じく射撃姿勢を取ったアナが撃った弾丸は、彼女に当たるはずだった俺の弾丸に当たり撃ち落したのだ。
銃弾で銃弾を撃ち落とす。そんなことが可能なのか。
俺は攻撃の手を緩めることなくベレッタM93Rを撃ち続ける。
彼女は激しく転がりながら、俺の射線をかわしつつ、当たるはずの銃弾は全て撃ち落としていく。
俺の弾倉が尽きたタイミングで、俺に向かって二発。
彼女の弾丸は必ず当たる。俺にそれを防ぐことは不可能。
俺は見えた未来の中でも一番ダメージの少ない当たり方になるものを選択する。
両肩から血液が迸る。
だが、俺の撃ち続ける弾丸全てを撃ち落すのは不可能。アナの身体からも鮮血が散る。
俺と違い銃創を受けるのは初めてのことだろうに、一瞬だけその気力が萎えたようだが、またすぐ復讐の炎を煮えたぎらせる。
互いに地べたを転げ回り、隙を突いては撃ち、出血を撒き散らし、裂けた腹からは内臓をこぼれ落とし、また撃ち続ける。
まるで、踊ってるみたいだな、と俺は思った。
実際には、二人で無様にのたうち回っているだけなのだが。
どれほどの我慢比べが続いただろうか。
結局のところ、勝負を決めたのは経験の差と体力の差だった。
傷の深さが、復讐心で塗りつぶせる限界を超えたのだろう。彼女の気力の揺らぎは、無視できない大きさとなっていた。
もし、アナ・バティスタが俺に挑んできたのがあと数年後であったなら、俺は確実に殺されていただろう。
俺は彼女の肩を踏みつける。
ベレッタM93Rを3点バーストへセット。
「───ころさないで」
少女の頭を吹き飛ばした。
◆
海の見える高台。
そこに、ダフネ・コルネオの脳髄が埋められた墓がある。
巷では『カンパニー』の不正を、とある若き地方医師が暴露し大問題となっている件や、『白の塔』の長官へ強襲班の班長が就任することや、麻薬シンジケートが崩壊したことで大きな話題となっている。
この墓を作った男は、不自由になった脚を引きずり、墓の周りに畑を作って暮らしていたようだ。
しかし、街からは赤黒い廃液が流れ込み、土壌を汚染し続けており、ろくな野菜を作ることはできなかった。
男はそのすぐ後、洪水に巻き込まれ死亡した。
男の経歴や詳細を知るものは、誰もいない。
【終】
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