脳髄とはらわたのバドラッド #4-1
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「さて、コレでよし。お大事にな」
僕は今しがた抜糸を終えた患者の腕を叩く。
「いてて……ドクター、叩くなよ!」
都の郊外に位置する、労働者たちが集まる住宅地。その路地に、この小さな病院はある。
僕はそこの院長を務める医者だ。まぁ院長と言っても従業員は僕しかいないのだが。
「どうだ、傷口、キレイなモンだろ?」
鉗子とクーパーを膿盆に置く。バイオ手術が発達した昨今では、珍しい治療法だろう。
「ドクターはさ、腕はいいんだからこんな辺鄙なとこで医者やってないで『カンパニー』にでも勤めればいいのに」
「バカ言うなよ、こんなボロでも爺さんの頃から続く、由緒正しい病院なんだぞ。僕はここを継ぐために医者になったんだ」
僕の年齢は26。まだ医者になったばかりの駆け出しだ。童顔で幼く見えるらしいのが若干の悩みだ。
「いやホント、ドクターみたいなのがいてくれて助かってるよ。今度奢らせてくれよ」
「おっ、風俗でも奢ってくれるのか? 行きたいけどなぁ、チンピラ狩りだっけ? なんか繁華街で若い男が殺される事件があるらしいじゃん」
「アハハ! そんなのもう何日も前に収束してるよ。ドクターは相変わらず巷の世相に疎いなぁ!」
そうだったのか。病院が忙しいのもあるが、最近は『あること』を調べるのに忙しく、ニュースを仕入れてなった。
「じゃあ、お大事にな」
僕は、最後の患者を見送る。もう日も暮れて遅い時間だ。
ふと、病院の脇にある出て路地を見る。
そこには、肩と腕から出血するボロボロになった男性が倒れていた。
◆
「ドクター、俺の治療なんてしなくていい」
「バカ言うなよ、絶対安静だ。生意気いって、動けないじゃないか」
ドクターと呼ばれる男性は、俺の全身を睨むように見る。
『白の塔』での戦闘で負った傷は決して浅いものではなく、その後徒歩で都まで移動してきたこともたたり、俺は限界に来ていた。
そのまま一週間ほど寝ていたらしい。起きるとそこは、病院だった。
一瞬『カンパニー』の手のものに捕まったかと思ったが、どうやら違うようだ。
この、童顔でお人よしそうな医者が、俺になぜか治療を施してくれたらしい。
どう見ても不審なチンピラ相手に、どういう精神なのだろう。
「ところでキミ……これは火傷……、か?」
そう、コルトM79により追った全身火傷だ。
ドクターはそれに適切な処置を施してくれたようだ。
『火』を見ることもまれなこの国では、火傷の治療をする経験などほぼないだろう。この若さで非常に優秀なことが伺える。
「……とりあえずこれは化膿止めと抗炎症をかねた痛み止めだ。いいか、絶対に安静だからな」
そう言うとドクターは、俺の点滴に新たな薬を追加する。
そのまま俺は、まどろみの中に落ちていった。
◆
「……とりあえずこれは化膿止めと抗炎症をかねた痛み止めだ。いいか、絶対に安静だからな」
ボロボロのチンピラに鎮痛剤と沈静薬を注射し、眠ったことを確認すると僕は部屋を出た。
やれやれ、とんでもない患者だ。色々隠してるみたいだし、全身ひどい怪我だ。
だが、死にかけている人を放置することなどできない。
やれやれ、とため息をひとつ吐くと、僕は自分の書斎で日課の『作業』を始める。
『カンパニー』がキメラ手術を施した患者のために出している薬の成分分離だ。
主な成分は過剰な拒絶反応を抑える免疫抑制剤だが、どうにも引っかかることがある。
ガスクロマトグラフィー。
いまや、最高学府や国家の研究機関でも所持していない、機械を作動する。
この機械は、かなりの高温の炎で検体を気化させて、出たガスから成分を分析するという代物だ。
この国では、炎を出すとこも扱うことも重罪だ。当然、コレで分析を行う研究所などは存在しない。
なぜそんなものがここにあるのかというと、この病院はかなり歴史が古く、誰にも使われることなくずっと放置されていたものだ。
それを僕がたまたま見つけ、動くようにしたのだ。
カタン、と物音。
僕は、あの厄介な患者が何かしたのかと、後ろを振り向く。
「な、なんだお前は?!」
「ぎィィィ……」
異常なほど肥大化した頭を持つ赤ん坊のような身体に、背骨からは複数の金管楽器のような管が伸びている。そこから、絶えず血煙が噴き上がっている。
なんてグロテスクな外見。
『カンパニー』の合成獣《マンティコア》。
秘密裏に作っていると噂される、生物兵器。まさか、実在していたのか。
「う、うわっ! うわあああああ!」
合成獣が撒き散らす血煙に触れた部分に激痛。見ると、ガスクロマトグラフィーは腐食し、使い物にならなくなる。
苦しい。息が出来ない。
僕は、喉を押さえてのたうち回る。
「よしよし、いい子だ」
合成獣の後ろから、何やら口元に特徴的なキメラ手術をした女性が出てくる。『カンパニー』の制服。
「アナタ、場末の医者の癖にコソコソと『カンパニー』の秘密を探ってたらしいね。身の程ってモノを知りな、低脳が」
嗜虐的な口調。
この女も『カンパニー』所属ということは医者だろう。どうして、こんな残酷なことが出来るんだ?
「さぁて、ここの患者もどこまで知ってるか分からない。全員殺してしまいましょう」
やめろ。僕はまだ何も掴んでいない。患者さんは皆何も知らない。どうして、やめてくれ。お願いだ、やめて───……。
ドンッ。乾いた炸裂音。
「……あ?」
『カンパニー』の女の胸に、大穴が開いていた。
そこには、沈静で眠っており禄に動けないはずの、全身火傷のチンピラが立っていた。
手には、奇妙な黒い筒。
女は崩れ落ち、死んだ。
「ぎィィィ……」
合成獣が振り向くと、血煙をチンピラに向けて降りかけようとする。
だが、遅すぎる。
「また毒か」
チンピラがそう言うと、掌のあたりがゆらめく。
次の瞬間には、2メートルほどの巨大な黒い塊が現れていた。
まるで、魔法を使ったみたいに。
バララララララッ。激しい光と音と、炎。
あっという間に合成獣を穴だらけにし、ただの肉塊に変えてしまった。
「あ、あんたは……いったい……」
「ドクター、心配しなくて良い」
僕は、薄れ行く意識の中で、彼の目を見た。
それは、狂気を秘めた恐ろしい目だった。
「『カンパニー』は明日潰す。アンタが狙われることもなくなる」
【4-2へ続く】
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