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『会いたい人に会えること②』〜Sさんの日常

Sさんとの再会を待っているうちに
1か月になりました。
娘さんに久しぶりに
お電話で尋ねてみよう…
娘さんも、ガラス越しに会うだけです。
けれども何かSさんの、最近の
様子を教えてもらえるかもしれません。


Sさんは週に3回
尋ねてくる娘さんと
ガラス越しで対面します。
大好きな娘さんの姿を見ると
心穏やかではないようでした。
車椅子に座って
娘さんの顔を見ながら
ずっと泣き通しのようでした。


コロナの前は毎日来られた娘さん、
泣き通しのSさんとの対面は
気持ちが辛いようでした。
時には電話や手紙も試します。
「寂しいと思うんですよ…」
Sさんをなんとか
励ましたいその一心のようでした。


娘さんは
自分の辛い気持ちと折り合いでした。
「自分が辛いから…あまり母のことを
考えないようにしているんです」

「ずっとね、泣き通し…
…なんだか…私も辛いんです。
あの状態でしょう?
(病気から約3年寝たきりです)
頑張っていてくれて…
嬉しいんです。でも
自分が母の立場だったらと
考えると…ね…」




お話しは続きました。

「気丈な人だったから…」




私の知らない
病気の前の
元気な頃のSさんの姿でした。


「母がね、よく私に言ってたんです。
私がボケたらあなた怒るでしょう?って。
だから、今ね、一所懸命にね、
本人なりに、頑張ってるのかなって…」



娘さんは、思い出していたようでした。
少し明るい声に聞こえました。




私は静かに時には相槌をうち、
娘さんのお話しを聞いていました。

電話越しに駅の電車のアナウンスが
娘さんに聞こえたようでした。

「今、電車を降りたところだったんです。
実は家に帰る途中なんです…」
私は娘さんに説明していました。

娘さんは、お話しをやめて言いました。
「また、私からね、
お電話しても良いかしら?」




会いたい人に
会えない
娘さんと私の
共通の思いがありました。






娘さんが言いました。

「なんだかね、お話しすると
落ち着くんです。なんて言ったらいいんだろう?」

娘さんは、言葉を探しているようでした。

「…ガサガサしてないというのかしら…
上手く言えないんだけれど。」



私も気持ちが穏やかでした。
「はい。
私もです。
ゆっくりお話しできます。
…またよかったら。私も。お話ししたいです」



「ぬくもりがね、大事でしょう?なんだか、
今ね、失われていく…そんな気が、するんです」


娘さんはご自身が感じる
今の不安な気持ちを口にしました。


その言葉は
私の心の中で燻っていた
様々な感情を一つに綺麗に
まとめてくれました。
娘さんの言葉で引き出され
まとめられ深く心にとまる
言葉に変わっていました。


何故だか私の心の中はすっきりし
心の軽さを感じていました。
娘さんとのお電話で
そんな気持ちに
させてもらったのです。




娘さんとのお電話で、
Sさんに突然会えなくなった
寂しい気持ちに
ほんの少しの会話でした。
ほんの少しの時間です。
やりとりしたのは
数分のことでした。




【胃ろう】

口から食事がとれない方、肺炎を起こしやすい方に直接胃へと栄養をいれる栄養投与の方法です。
PEG(ペグ)とは
内視鏡を使って行う手術です。
PEG(Percutaneous Endoscopic Gastrostomy:経皮内視鏡的胃瘻造設術)
と呼ばれています。




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