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大好きな憧れの101歳の女性。〜一年前のお別れから思いだすMさんのこと〜。


お知らせが届いたのは
夕方のことでした。

尊敬する大好きだった女性との
お別れの知らせでした。


Mさん、101歳です。


ある日のMさんのことばです。



1、ある日のMさんのこと


「お仕事をする相手はね、
自分が選ばないとダメですよ。」


「三流の人とのお付き合いではダメ。

一流の人と、お付き合いさせてもらわないとね。」


「相手に選ばれるのではなくてね、
自分が選ばないと…そう私は思いますよ。」



Mさんは、
人との時間を大切に過ごす方でした。

いつも大切に迎えられている…それは、
こちらに伝わってくるのでした。

Mさんの動く姿からは
なぜか、相手を思いやる
あたたかさを
いつも感じていました。


誠意を持って丁寧に動かれるのです。


少ないことばや
立ち居振る舞いには
品格がありました。


一つ一つ行動はいつも一緒、
決まったルーティンでした。
そして、ご自身のペースでした。


Mさんは、周りの環境に
心は乱されることがないように
見えました。

会話中の雰囲気は、明るて自由でした。
遠慮なく率直です。


「人によってはね、
この人には重要な話しはできない…
かわいそうだけれど、どうしようもない。

そう思うこともありますよ。
人は、それぞれだから。」

ある日のMさんは
ご自身に言い聞かせているようにも
聞こえました。

相手を気遣うユーモアがプラスされ
笑顔とセットでした。

「自分は自分。相手は相手の
考えがあるでしょ?だからね、
難しいの」

“相手を変えることは難しいこと”

ご自身の経験からのようでした。

ただ、私は黙って耳をすまして
いました。


自分の考えを
相手に強要するわけでは
ありませんでした。

Mさんのことばには、
重みと深みを感じとりました。

数ある“ことば”の中から
ピッタリくる1つや2つを大切に

選ぶコミュニケーションでした。

厳選した言葉での、会話は
充実した時間でステキだな…

そんなことを感じて
ご本人にお伝えしたこともありました。


Mさんは、相手の褒め言葉にも乗らず、
冷静に俯瞰しておられる印象でした。

「穴にあったら…入りたい」

私を笑わせる、
そんな言葉を返されました。

謙虚な言葉の選択でした。


Mさんは、
話題作りも積極的にして下さいました。

話し下手な私にはありがたく、
Mさんの優しいお気遣いのようでした。


社会情勢や新しいニュース、
新聞はかかさず読んでおられました。

分野は多岐にわたっていました。

スポーツや政治や芸能、教育のニュース…
幅広く、アンテナ張り、
それぞれの分野で活躍している
人物名もご存知のようでした。


会話の切り口は新鮮でした。


想像を超える答えに驚かされました。
興味深く、自然に耳を傾けていました。

宇宙研究の話題になったとき、
何気なく聞いてみたことを思い出します。


「機会があればですけれど、
Mさんは、

宇宙には行ってみたいですか?」


「それはもちろんですよ。
今からでも、
機会があれば
ぜひ行ってみたいです。
当然のことですよ」

素敵な笑顔のMさんでした。

Mさんは、噂では、
名が通った企業の
社長のお母様でありました。

ご自身からは個人的なお話しはされません。  偉そうな素振りとは無縁な印象でした。

謙虚で質素に暮らしておられ、
かわいらしく、そして気さくでした。

現在の会社の前身を
ご主人と共に作ってこられたようでした。

93歳まで息子さんのお手伝い。


社員食堂の調理補助もされていたようです。


「私自身はね、
カレーは好きではなくて食べないけれど、

若い人にはね、美味しいと評判だったんですよ」とても嬉しそうな表情で、

そんなお話しを遠慮がちにして下さった事がありました。


2、リハビリのこと


Mさんとの出会いは5年前のことでした。
Mさんが96歳。季節は初冬のことでした。

それまではお一人暮らしでしたが、
ある日、転倒されました。

病院からご自宅へは戻ることなく
娘さんと同居することになりました。


当時立てた目標は、お水やり。


「娘の家の玄関に出たらね、
お花があるでしょう?


あたたかくなったらね、お花にお水やりが   できる様になりたいんです。

「バケツにお水入れてね…置いてある
ひしゃくを使うの」


それがご希望でした。

お忙しい娘さんも、お花好き。
玄関先に植木鉢をたくさん置いて
飾っておられました。

今から思えば、同居している

娘さんの役に立ちたい。

そんな思いで目標を
立てたのかもしれません。

しばらくして、室内はご自身で歩けるようになっておられました。
娘さんはお仕事のため、日中は独居です。

お留守番をされている間、玄関までは出てこられるようにもなっていました。


お水やりはかないませんでした
玄関先で見送って下さる時、

よく好きなお花を眺めておられました。



3、お別れのこと

去年の1月のことでした。
新年が開けたある日、

娘さんが職場で倒れ、

救急搬送されてしまったのです。


数週間後、Mさんは、急遽
ホームに入居が決まったのでした。

Mさんとのお別れは突然でした。

コロナの影響で面会は制限され、
誰もが会うことはできなかったようでした。


入院中の娘さんと、久しぶりに
お電話でお話しできました。


「ちょうどね、亡くなる一週間前に会えたんです。」

娘さんが、一時退院をされた時のことでした。入居したホームへMさんに会いに行ったのでした。

ホームでは、ガラス越しに
身振り手振りでのやりとりした
コミュニケーションが、
最後だったようでした。

「こんなことになると思わずでした…。
会えてよかったです。その時は、
元気だったんですよ。

ガラス越しにね、

こっちに入ってきてと懸命に

手招きしてたから。

コロナでしょ。…入れないの
と手を振り返したんです…」


遠くを見つめて話されるような
娘さんの姿が電話越しに
想像されました。


ご家族葬だったようです。

「家族葬と言ってもうちは沢山だから、40名以上集まってね、

ワイワイと
賑やかだったんですよ。」


ご家族や親族の様子が、
目に浮かぶようでした。


私はじっと耳を傾け、声を聞いていました。
娘さんは、お話しを続けてくれました。



「本当にお世話になりました。
ありがとうございます。

…母はね。
ほんとうにね、楽しみにしてましたよ。


いつもね…話しが出るとね。

あの方は来られるの?と。

楽しみに。

…お客さまを迎える準備を

していたんですよ…」





凛として素敵なMさんは
私にとっては、
憧れる存在の方でした。

今のお仕事をさせてもらえてからこそ、
お会いすることができました。


突然のお別れに

心が落ち着かない時間を、
Mさんとのやりとりを
思い出す事で埋めていました。

静かに何度も思い出していました。


なんとか自分の気持ちが落ち着いて
くれるように…


ことばにすることにしました。




2020/6/20より

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