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エンジニアとしての会社員 よもやま話

何でも屋のエンジニア

 1987年に入社し、エレクトロニクスエンジニアとしての道を歩み始めた。
無線通信機器の無線部の設計・開発の担当だった。当時から業務の分業化は
進んでいた。例えば回路設計と基板設計。基板設計は別会社に発注したり、
社内の他部署に任せたりと。
 しかし、私の部署では古い体質のせいか何から何まで行っていた。大雑把
に言うと、下記のような業務である。

  • 主要部品の選択と実測による評価(治具作り、温度試験を含む)

  • 回路設計

  • 基板設計

  • 無線回路部の試作と実測による評価(温度試験を含む)

  • 量産用試験治具(無線回路部)の性能評価

  • 規格に則った製品の評価

とにかく忙しかった

 試作してみたら、性能が出なかったり動作不安定なことがあったりで、回
路設計や基板設計をやり直したことがある。トラブルを解消しないと製品出
荷日に影響を与えるので必死だった。設計以外にも様々な業務をこなさなけ
ればならなかった。夜九時までの残業は当たり前。週休二日制の会社であっ
たが土日のどちらかは出社していた。
 上司に作業の分担化を進めた方がよいと文句を言ったことがあるが、退社
するまで何も変わらなかった。

会社員時代に学んだ重要なこと

 エンジニアとして経験を積んでいく中で印象に残っていることを紹介する

 電子部品の選択の時はデータシートという電気的性能を表記した取扱説明
書のようなものを参照する。設計条件に合う電気的性能が示されていればし
めたものだが、そのようなことはほとんどなく、主要部品に関しては実測し
て確認していた。すると部品の癖のようなものが見えてくることがあった。
癖が強い部品は、データシートに載っていない条件かつ設計で使用したい条
件のとき、何か不安定さを感じた。
 あるメーカーの部品設計者とこのことについて話をしたことがあるが、設
計上の失敗を抱えたまま製品になっているものもあるようだった。実測評価
し部品選択していたので主要部品にまつわるトラブルに出会ったことはない
。データシートには表れない振る舞いがあることを学んだ経験だった。

 無線回路の中で扱う上限周波数は約1GHz。設計した回路が正常に動作する
には実装に気を配る必要がある。自分で回路も基板も設計していたので、最
適な部品配置、配線で妥協できる箇所と妥協できない箇所を見極めるための
訓練にもなった。部品を基板に実装し実測していたので、配線の影響の検証
もできた。
 無線回路の個々のブロックは正常動作しているのに、全体を動作させると
ある条件で不具合が生じた事例があった。他のエンジニアが設計した基板で
あったが、実測検証してみると、一部の配線によりブロック同士が干渉する
ことがあることが判明した。回路と基板両方を設計した経験があったからこ
そ原因を見つけることができたと思っている。
 今では回路設計と基板設計の分業は当たり前だと思う。この二つの設計は
本来不可分なのだが、このことを理解しているエンジニアは少なくなってい
るだろう。

 実測できたのは低い周波数を扱うオシロスコープから高い周波数を扱える
測定器までが揃っていたからだ。一台数百万円から一千万円を超える測定器
がゴロゴロしていた。入社していなければ、必要な測定器を駆使して設計し
た回路を完成させるという経験はできなかった。
 測定器を使用して正確に測定するには技術力が必要だ。単に測定対象に接
続しても、それを不安定な状態にさせるかもしれない。接続したケーブルに
よる誤差をどうキャンセルするか。測定器も電子機器。完全ではない。とき
にありえない結果を返すこともある。それをどのように見抜くか。測定技術
とその奥深さを学ぶことができた。

 無線通信機器開発に関与していた時代は、回路シミュレータを使ったこと
がなかった。
 ある現場でエンジニアから質問された。電力制御回路のシミュレーション
をしており動作を確認できている。しかし、ブレッドボードに組んだ回路は
うんともすんとも言わない。この実回路は異常だが、どこがおかしいのか?
 回路シミュレータについては無知だったので言及できなかった。実回路は
回路図通りに組まれていた。よく見ると不適切な部品定数があったので、そ
こを少し変更したら実回路は動作した。シミュレータを信じていた彼はびっ
くりしていた。
 実回路を信じ、シミュレータを疑うべきなのだが、シミュレータが発達し
た現在は彼のような思考に陥ることが多いような気がする。
 なぜ実回路の異常個所を見つけることができたかは簡単なこと。中学の頃
から電子工作に夢中で、無線回路以外の回路も勉強していた。そして様々な
部品のデータシートを読み込んでいたからだ。
 シミュレータは現実と異なる結果を提示することがある。原因は部品モデ
ルの不完全さやそのことを理解せず使用していること。そんな当たり前のこ
とに、この時気づいた。

 無線機器は量産品で、工場のラインには月に数万台流れるものだった。規
格上、周囲温度がマイナス数十度からプラス60度位まで変化しても所定の電
気的性能を満たす製品だった。
 コストを下げるため高価な部品は使えない。安価な部品で周囲温度変化に
対しても安定な動作が求められる。
 個々の部品の性能は、ばらつきを持つ。それでも組み上げた製品の性能は
、規格に合格する範囲内に収めないといけない。
 今では、シミュレータで仮想的に温度変化させたり部品性能をばらつかせ
て回路の動作を知ることができる。当時はそんな環境がない中で量産品を世
に送り出していた。
 後に転職した会社では、シミュレータを扱う機会が多かった。とても便利
なものだと感じた。そして次のことを理解した。シミュレータも測定器同様
「道具」である。使いこなすには技術が必要だ。

おわりに

 会社員にはなりたくなかった。組織の歯車になることによる不自由さを嫌
っていたからだ。でも、会社員になったのは、夢の実現のための選択肢がそ
れしかなかったからだ。

 中学からの夢は膨らみ、ちゃんとした製品を設計できるエレクトロニクス
エンジニアになりたいと思うようになった。「ちゃんとした」というのは、
一点物ではなく、温度変化や部品のばらつきを考慮してあるということであ
る。
 目標としたエンジニア像のために必要な技術や考え方を得ることができた
のは、会社員になったからだと思っている。

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