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もうすぐ「18歳成人」。親・先生が知っておくべきポイントを神内 聡さん(弁護士・社会科教師)に聞いてみた!

2022年4月から、成年年齢が20歳から18歳に引き下げられます。SNSでは、今年になって急激に 「#18歳成人」の投稿も増え、メディアでも特集が組まれるなど、18歳成人に対する世の中の関心の高さがうかがえます。

私には子どもが2人いますが、親として思うのは、子どもがリスクにさらされるのではないかという不安です。

そこで今回、2022年1月に刊行した『大人になるってどういうこと? みんなで考えよう18歳成人』の著者であり、弁護士・社会科教師の神内 聡さんに、親や先生が知っておくべきポイントについてインタビューをしました。(インタビュアー マーケティング部 小宮)
      

<18歳でアダルトサイトも運営できる>

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――法律上、成年になると「契約に親の許可が必要なくなる」ということを本書から学びました。成年年齢が18歳に引き下げられることにより、子どもたちがさらされるリスクについて、教えてください。

神内
たとえば、18歳の誕生日が過ぎた子どもが、保護者に内緒で契約をしたとき、未成年を理由に取り消すことができなくなります
いままでは、すべての18歳は未成年であり、未成年のうちに結んだ契約は、親の同意がないことを理由に取り消すことができました。しかし、改正後は、高校生であっても18歳になった後に結んだ契約を取り消したい場合、未成年であるという理由以外の要素を探す必要があります。

――本書の付録にある親向けのQ&Aを読むと、未成年でなくなると、契約を取り消すのが難しいことを改めて感じます。

神内
そうですね。特に「高額の買い物」はリスクが高く要注意です。
不動産の購入や賃貸契約などは、たいてい保証人などをつけなければならない分、リスクは少ないと感じられます。しかし「大人となった高校生」同士で保証人となり、借りることは防げないですね。もちろん借りる際には、支払い能力などを確認されるとは思います。
ほかにも、契約で気をつけなければならないのは、課金制の取引などで雪だるま式に費用がかさむような契約・アダルトサイトの契約・さまざまな労働の契約といった部分です。

――出会い系サイトも運営できようになるとありましたが、そうなんですか。

神内
そうなんです。出会い系サイトの運営ができるようになります。条例などを作り、規制することは可能だとは思いますが、少なくとも法律上は可能です。

――未成年を理由に取り消すことができないことを考えると、高校生のうちに契約についてしっかり子どもと学び合うことが必要ですね。

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▲本書の目次部分

<最近の子どもは幼くなった>

――そもそも、なぜ成年年齢が18歳に下がったのでしょうか。

神内
だいたいの先進国は18歳を成年としています。これがひとつの理由だと思います。ただ、個人的にはそこの議論に、教育現場の意見がうまく反映されていないのではと感じています。
今回の成年年齢引き下げは、大きな民法改正の中の一部です。明治時代に作られた民法を大々的に改正する中のひとつに過ぎません。メインは財産法の契約などの改正です。
改正する事項が沢山ある中でのひとつである、成年年齢の引き下げについて、集中的に議論がされたわけではないようです。

たとえば、18歳になった高校生が、あやまって高額の商品を購入する契約をしたとします。
仮に、「18歳は精神的に成熟しているのか」という議論がしっかりされないままに引き下げられたのだとしたら、「もう大人になったのだから、100%本人の責任」となかなか言えない部分もあるのではないかと思います。先生たちの間では「最近の子どもは以前より幼くなったよね」という話も出ることがあります。

また、多くの先進国で成年年齢が18歳であっても、それぞれの国によって事情が違うという部分も理解しておく必要があります。アメリカなどが成年年齢を引き下げたのは1970年代です。背景には、ベトナム戦争がありました。徴兵制が18歳であり、軍隊に入る年齢と成年年齢を合わせるために、引き下げが行われました。

――日本では、高校3年生のクラスに「大人」と「子ども」が混在する状況が生まれます。すでに18歳が成人である海外では、問題は生まれていないのでしょうか。

神内
海外では、高校生は選択授業でホームルームがなく、日本の大学のような、つまり、個人で授業ごとに教室を移動する形式をとるところが多いですね。日本も大学では、大人と子どもがいても気にしていないと思います。しかし、日本の高校はクラス単位で行動することが多いので、そのあたりも影響が大きいと思う部分です。

<法律が合理的か考えるきっかけに>

――実際の子どもたちはどのように思っているのでしょうか。

神内
私のクラスで高校生に大人になることについて、アンケートをとってみました。多くの生徒は不安を感じているという結果になりました。18歳とはいえ、大人になる実感がわかないし、その能力を備えていないと感じる生徒が多いという傾向でした。生徒たちの中からは、「19歳の4月に一斉に成人になるほうがいいのではないか」という意見も出ていましたね。私も、もし18歳であったら不安であったと思います。

――確かに18歳になったとたん、急に大人だと言われて責任が重くなったら、不安になります。しかも裁判員に選ばれたら、なおのこと精神的な負担は大きいように思います。

神内
確かに、裁判員などは不安に感じると思います。裁判員裁判が扱う犯罪は凶悪犯罪ですし、その事件の背景事情は18歳の生徒には重荷に感じるかもしれませんし、そのような不安はあると思います。一方で、年齢が2つしか違わない20歳になれば、すでに裁判員に選ばれる可能性もありますし、18歳と20歳でそれほど違いがあるのかという視点もあります。

個人的には、裁判員の仕事をしっかり学んでもらったうえで、社会を担う市民の義務として、それに参加することに自信をもって臨んでほしいと思います。

また、18歳が裁判に参加したほうが事件によっては意義があるとも考えています。たとえば犯罪の背景事情に、ネット利用などの事象がふくまれている場合などは高齢の裁判員よりも理解しやすい可能性があり、裁判に新しい視点をもたらすことがあると感じます。
事件の手続きなどは裁判官が教えてくれるので、心配する必要はありません。

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――そのような経験や学びが大人としての成長につながりそうですね。

神内
そうです。実は今回、私が伝えたかったテーマが、「人間の成長と法律」という部分です。
法律だと、18歳の誕生日になったら、急に「未成年」から「成年」になります。しかし、人間はそうではありません。18歳の中には、大人らしい人もいれば、子どもらしい人もいます。「法律が人間を規律するのに向いていない側面がある」ことを意識・議論してほしいと思いました。
「法律が本当に合理的にできているのか」ということを、高校生の時に考える、そんなきっかけにしてほしいと思っています。

――確かに、法律と聞くと「守らなければならないもの」という意識が先に立ち、あまり懐疑的には見てこなかったように思います。

神内
私は、生徒と接する中で「法律は合理的なのか?」という疑問をもつ経験をしています。法律学では「成年」か「未成年」ですが、教育学ではその間に「青年期」があります。青年期に何をするかが教育学では大切で、その部分についても本書では示したかったです。

――教育にも法律にも精通した先生だからこそ書くことができる本だったわけですね。

神内
確かに本業は弁護士なのですが、研究者としての専門は教育学になります。現場で起こる教育と法律の矛盾、それを「18歳成人」があぶりだしていると思っているので、これを機に考えてみてほしいですね。

<原点は不幸な境遇の子どもへの思い>

――それにしても、先生はなぜ弁護士でありながら、教育を専門とされているのでしょうか。

神内
本書では、「子どもは親を選べない」というコラムを書きました。自由と平等を両立させるのは難しいですが、努力ではどうにもならない、生まれた環境に基づく不平等を少しでも是正したいという思いが、私が法律と教育の両方で働く原点です。
虐待を受ける子どもや、理不尽な親を持つ子どもは、好きでその環境に生まれているわけではないですが、法律の原則は幸福な子どもと一律に扱います。
教育現場にいると、人間が平等に生まれてこないという現実を如実に実感するのですが、法律家が教条的に重視するのは「法の下の平等」です。でも本当にそれで子どもたちが幸福なのか、という問いが自分の原点ですね。

――そう考えると、子どもの中には18歳に成年年齢が引き下げられて、親からこれまでより早く独立できることで救われる子もいると思います。

神内
そうですね。そういう意味では、早く大人の権利を得ることが武器になる子どももたくさんいると思います。

<保護者や先生の対応について>

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▲大人・先生が読んでも学びとなる付録やコラムがついています。

――2022年4月に向けて、保護者や先生がどのような準備をすればいいのでしょうか。

神内
基本的なことですが、契約する際には親に相談しなさいと伝えることです。また、契約するときは金額、期間、取り消しするための条件など、重要なポイントについて、しっかり指導することです。
私もリアルな授業ができているときは、スマホの契約書を見てもらい、大切な部分を伝えるなどをしていました。オンラインでなかなか現物を使った授業ができなくなってからは、消費者庁のホームページなどを伝えたりしていました。

――保護者も情報を仕入れて、少しずつ伝える必要がありますね。本書は高校生向けに書かれていることもあり、難しい法律用語が少なく、説明もていねいで保護者の方にもおすすめです。

神内
ある学校では、まず一番大事なことは保護者会で親に伝えることだと考え、保護者会に力を入れていました。

―― 今回の成年年齢の引き下げによって、高校3年生のクラスに「大人」と「子ども」が混在しますが、高校の先生方への影響はいかがですか。

神内
そうですね。高校3年生のクラスに、「親の承認なしに結婚できる生徒とできない生徒」「退学できる生徒とできない生徒」が混在するという状況が生まれてきます。
契約だけでなく、民法と同時に少年法も改正されるため、たとえば罪を犯した場合、「実名や名前が報道される生徒とされない生徒」が出てきます。

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▲本書14・15ページ「親に内緒で同級生がいきなり結婚!?」より

――同じクラスの中で、そのような違いが生まれると、どのような問題が生じるとお考えですか。

神内
大まかに2つ挙げられます。
第1に、生活指導上の問題ですね。生活指導の先生は、「4月生まれの生徒と3月生まれの生徒で、指導するときの公平さを保つのが難しくなるかもしれない」と言っていました。生徒の側からするとこうした誕生日の早い遅いによる不公平感は重大です。
すでに運転免許や選挙権でクラス内に差が生まれていますが、やはりクラス内に「選挙ができる生徒」と「できない生徒」がいることによる不満がありました。今回もそのような不満は出ると思います。

第2に、契約上のトラブルです。契約ができる生徒とできない生徒が混在すると、たとえば、「子ども」の生徒が、「大人」の生徒に頼んで、契約を結んでしまうといった事例が考えられます。運転免許などは、運転できる生徒とできない生徒が同じ場にいると、無免許の友達にちょっと運転させるなど、トラブルがおきるケースが想定されるため、多くの学校では校則などで免許取得に関して規制をしています。

定時制・通信制の先生は、クラス内の年齢層が幅広いケースもあり、ある程度慣れていらっしゃる部分があるかもしれませんが、全日制の学校は同じ学年の子は同じ年齢なので、切り替わりによる影響が大きいように思います。

<18歳成人で世の中に若い人の考えが反映>

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――これまで成年年齢引き下げの注意点を主に見てきましたが、逆にメリットは何でしょう。

神内
実は、私は良くなる点も非常に多いと考えます。裁判員制度の話で触れたように、若い人たちの感覚・価値観が吹き込まれることが何よりのメリットだと思います。
ビジネスでも18歳で取引に参加できるということになれば、売るほうも18歳の買い手にマーケティングするでしょう。そうなると、若い人たちの価値観が社会に取り込まれていきます。そういう意味では社会が動いていくことになるのではないかと思っています。

――確かに、若者が主体のSNSにも、企業が積極的に参加するような傾向が見られています。

神内
また、大人になるということは、自分で選択して決めていけるという自主性、自立心が育ち、精神的にも経済的にも成長すると思います。
たとえば、親の仕送りに頼っている大学生は多いと思いますが、18歳で成年すると「本来ならば親から経済的に自立していたとしてもおかしくない」という意識を養うことができるかもしれません。

あとは、責任感、つまり社会に自分が果たすべき責任をしっかりもっていく。契約を取り消すことができないことも、それだけ責任をしっかりとる、軽はずみなことはできないことが大切だ、ということを実感できます。

――今のお話を聞き、高校を卒業して働くにしろ、大学に行くにしろ、「まだ子ども」という意識で向かうのか、「もう大人」という意識で向かうのかで、だいぶエネルギーが違うと思います。そう考えると、逆に成年年齢が20歳の部分に違和感を覚えますね。

神内
そうですね。18歳成人については、「不安だよ」「危険だよ」という議論になりがちですが、前向きに考え、それを子どもたちに伝えていくことが大切ですね。
そして「子どもたちが自立心をもつチャンス」「法律について考えるチャンス」だととらえ、それを保護者の方や先生が見守ってあげるというスタンスがいいと思います。


――私は今回、神内先生のお話を聞き、子どもが「大人になるってどういうこと?」という疑問を持ったとき、つまり自立心が芽生えたときに備えて、親として学びを深めておくことの大切さを痛感しました。また、今まであまり考えたことがなかった「法律とは何だろう?」という問いを持つことができました。
もうすぐ「18歳成人」。この機会に学びを深めてはいかがでしょうか。

神内聡
1978年、香川県生まれ。弁護士、兵庫教育大学大学院准教授。東京大学法学部政治コース卒業。同大大学院教育学研究科修了。中高一貫校の社会科教師として勤務しながら、各地の学校のスクールロイヤーとして活動している。テレビドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」の法律考証や、「公共」の教科書執筆なども担当。著書に『学校弁護士』(角川新書)、『スクールロイヤー』(日本加除出版)など。

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