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18歳成人。民法改正後の子どもたちの進路判断に影響は?アルバイトの問題は?保護者や学校の先生が知っておいたほうがいいことを弁護士・社会科教師の神内聡先生に聞いてみました。<特別連載1回目(全5回)>

2022年4月から始まった「18歳成人」。

関連する報道や特集番組が発信され、さまざまな場面で議論がされています。

くもん出版noteでは、弁護士・社会科教師であり『大人になるってどういうこと? みんなで考えよう18歳成人』の著者である神内 聡 先生に、1年にわたってインタビューし、全5回の連載を掲載する予定です。1年間に起こる「18歳成人」に関する話題を切り口に、保護者学校の先生の視点から質問をし、アドバイスをいただく企画です。

第1回は、民法改正後の学校現場の様子をふまえ、保護者・学校の先生として知っておいたほうがいいことをうかがいました。

<子どもの退学について 退学には親の許可が必要?不必要?>

――成年年齢が18歳に引き下げられ、先生へどんな相談が集まっていますか。

神内:
施行前からもありましたが、退学進路に関すること、生徒の労働契約に関する相談などが来ていますね。

たとえば退学に関しては、学校の先生からこんな質問をうけます。

「生徒が退学をするケースで、校長の許可を得る際に保護者の同意が必要である旨の校則を作っても大丈夫か?」

実はこの質問の遠因となっていると思われるのが、文部科学省の以下の文章です。
【「成年年齢に達した生徒に係る在学中の手続き等に関する留意事項について」に関するQ&A(※1)】

これは、成年年齢の引き下げで生じると思われる学校現場の疑問に、文科省が具体的に回答したものです。

実はここのQ2-4の回答にこんなことが書いてあります。

Q2-4 学則等に定めを置くことによって、成年年齢に達した生徒が退学等の許可を願い出るに当たり、父母等の同意を求めることができますか。
A 学則等において、退学等に関しては父母等の同意を得ることとし、その場合には生徒が単独で校長の許可を得ることができないと定めることも可能です。

「退学に保護者の同意が必要だ」という校則を作っても問題ないと読み取れます。

確かに、学校教育法の施行規則では、高校の退学については校長の許可がいると書いています(※2)。この規定は大学にもあり、形式的には大学も学長の許可で退学するという形になっています。文科省の見解は、それに基づいているのでしょう。

しかし、大学の退学に関しては最高裁の判例(※3)で異なる見解が示されています。
 
最高裁は、「当事者である学生本人が自分の意思で在学契約の解除すなわち退学の意思表示をした場合は、当該学生の意思が最大限尊重されるべきであり、学生は原則としていつでも任意に在学契約を解除して退学できる」と考えています。
 
この判例は大学の話ですが、教育を受ける権利の趣旨に鑑みた考えなので、成人した高校生にも当てはまると考えたほうが整合的です。
つまり、「退学するには校長の許可が必要」という校則を作ったとしても、成人した本人の意思が尊重される以上、保護者の同意がないという理由だけで退学を許可しないことは難しいのではないかということです。

したがって、冒頭のご質問には、「文部科学省がいっているので大丈夫かもしれないが、裁判になったら負ける可能性がある」と答えています。

――教育委員会でも、退学に保護者の同意がいるかどうか見解が分かれているようですね。

神内:
現状では今後も退学に保護者の同意を要するとする教育委員会が多いように思いますが、実際にそのように運用するかどうかはわかりません。私立学校では契約関係が明確なので、本人の意思を尊重しようとする傾向は強まると思います。
 
成年の生徒側から言えば、「これ以上行きたくない高校に授業料を払いたくない」という主張ももっともです。仮に校長の「退学を許可しないので、これからも授業料を払い続けなさい」という主張が通るのであれば、民法の常識や最高裁の判断を覆すことになってしまうので、裁判所はその考えをとらないだろうと考えています。

ただし、現実的には高校は義務教育ではないので、高校が退学を引き留めるという動きは少ないでしょう。むしろ実際には退学よりも進路選択でのトラブルが起こると考えています。

(※1)https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kaikaku/mext_00002.html
(※2)学校教育法 施行規則 第九十四条「生徒が、休学又は退学をしようとするときは、校長の許可を受けなければならない」
(※3)他の大学に合格して入学を辞退した学生との間で、大学の入学手続きに際して支払う入学金と授業料の一部(学納金)の返還を認めない契約条項が争われた裁判
(※4)平成18年11月27日第二小法廷判決 平成17年(受)第1158号、第1159号 不当利得返還請求事件

<子どもの進路について 三者面談で親の代わりに40代の彼氏が同席?>

――先ほど、実際は進路についてトラブルが起こる可能性があるとおっしゃっていましたね。相談からはどんなことが起こると想定されますか。

神内:
成人した高校生が希望する進路と、その親が希望する進路が合わないといったケースは十分考えられます。
民法改正前にも親子で意見の相違があるケースは多々ありましたが、進学にも就職にも親の許可が必要で、どこかで折り合いをつけなくてはいけませんでした。でも、18歳が成年になったことで、本人の意思で進路を決定することができるようになったわけです。

また、進路を話し合う三者面談で、成年した高校生が自分の親ではなく、恋人や配偶者を連れてくることも想定されます。

たとえば、生徒がバイト先の店長と付き合っており(あるいは結婚しており)、経済的にも親から独立できるケースですね。まさかと思われるかもしれませんが、実際、水商売の人と付き合っている生徒がいて、面談に付いてきそうだといった話も入ってくるくらいなので、今後、学校でいろいろなケースが起こるかもしれません。

――そんなことは考えてもみませんでした。現場の先生方もそんな場面に遭遇したらとても困りますね。「うちの妻(旦那)にはこういうふうになってほしい」と相談されても、どのように答えていいのやら……。

神内:
高校生に向けては、自分で進路変更をすることができるけれど、現実をちゃんと考えたうえで、あり得る選択肢を決めたほうがいいという話を前もってしたり、来年度に成年者になる学年の保護者に向けては、しっかり家で話し合うようにうながしたりしています。

何度も申し上げていますが、『大人になるってどういうこと』の親向けQ&Aページにも書いた通り、成年者となった子どもの就職や結婚はなかなか止められないことは念頭に置いておかねばなりません。

▲子どもが高校三年生になった時、親が参加するのが当たり前だと思っていましたが……


<労働契約について 在学中のアルバイト。どのように線引きするの?>

――先生が受ける相談の中に、「労働契約」に関するものも増えているとおっしゃっていましたね。

神内:
学校が一番気にしている案件だと思います。アルバイトを禁止する学校は、たとえば「学業に支障がある」という部分で線引きをするケースがあります。
しかし、勉強をちゃんとやっていて、生活のためにアルバイトをしている成年高校生に対しては、禁止するわけにはいかないのではないかと思います。
このあたりの校則は変えざるを得ないのではないかと考えています。

そこからさらに考えておきたいのがアルバイトの内容です。例えば、「水商売」や「AV出演」の場合はどうでしょう。
校則で「品位・名誉を汚さないこと」という規定をつくっている学校もあります。
しかし、特定の職業について「品位を汚す」と学校側が一方的に決めていいものか、といった価値判断の問題になってしまうと思います。

生活のために行い、学業との両立ができており、何より、成年者になった生徒が締結した法的に有効な労働契約を学校は破棄できないといった状況で、はたして生徒を処分できるのかという問題があります。

――たとえば、成年となり、虐待する親から逃れるために割のいい仕事につき、一生懸命生活しながら高校に通うというケースも考えられますね。
かといって放置するのも学校としては困るところも出てくると思います。

神内:
そうですね。周囲の生徒への影響や、地域での評判を考えると、たとえ必要性が認められるにしても仕事の内容によっては学校が処分を検討する可能性はあると思います。しかし、学校としては非常に悩ましい問題です。

――親も悩むではないでしょうか。

神内:
やめさせたい親もいるでしょうね。労働契約に限らず、結局のところ問題なのは「誰が契約を取り消す権利を持つのか」ということです。
原則的には子どもが成年者になれば、親は子どもが結んだ契約を取り消すことはできません。しかし、これまで未成年者であった人を守るため、一部の契約については親が取り消す権利を認めてはどうかという議論も出てきています。

――しかし、成年になっても親が取り消せるとなると、未成年と変わらない気がします。

神内:
はい。単独で法律行為をできるのが成年者ですから、違和感があります。また、AV出演契約等、一部の仕事に限って取消権を認めるのも、どの仕事であれば取消権を認めてよいのか、線引きが難しいと思われます。
しかし、実際にはまだ多くの18歳の高校生が成年者としての心構えができていない状態であることも事実なので、時限立法として取消権の幅を一時的に広げるのは一案としてあり得るとは思います。

<売買契約について 生徒がマルチ商法にあったら学校どうすべき?>

神内:
その他に高校現場が抱えている悩みとして、マルチ商法等の詐欺的な要素を含む契約に関する悩みがあります。
これまで20歳代で多く相談がされていたこの問題が、18歳におりてくると考えられます。

このことにより、相談先が変化する可能性があります。
たとえば、大学生が消費者被害にあった場合、被害者は大学を通すのではなく、自分で弁護士に相談したり、警察に行ったりするでしょう。大学生が自分の私生活のトラブルを大学に相談することはほとんどないからです。

しかし、高校生は少し違います。親しい先生に自分の私生活のトラブルを相談することはこれまでもよくありました。そのため、消費者被害に遭った場合にも高校生は学校に相談する可能性があります。その時に学校が放置してよいかと言えば、教育機関としてはそうは言いづらいように思います。

――確かに、問題が起こった時には信頼できる先生に相談しそうですね。

神内:
私自身、今でも卒業した教え子から消費者詐欺・消費者被害に関連した相談をよく受けます。
学校にスクールロイヤーが存在する場合、被害にあった生徒が先生に相談したら、先生も生徒と一緒にスクールロイヤーに相談してアドバイスを求めるかもしれません。そうした相談に応じたり、消費者問題に強い弁護士を紹介することがスクールロイヤーの新しい仕事になるかもしれません。

――しかし、高校生ですと、弁護士費用を捻出するのが難しそうです。

神内:
その点では、親に頼らざるを得ない部分は大きいと思いますが、法テラス(※5)のような機関を利用することも可能かと思います。このような機関を紹介することも大切になってくると思います。

▲神内先生の授業では、「契約書のポイントはどこか」といったことも扱われていたそうです。

(※5)法テラスの公式HPはこちら

――法テラスの件もそうですが、もっと生徒に積極的に伝えないといけないことがありそうですね。

神内:
実はそこも悩ましいところで、前述のいかがわしいアルバイトの問題や、消費者トラブルの問題に関する情報を生徒に教えることはとても大切だと思うのですが、情報を提供することでかえって生徒の好奇心を刺激し、安易にいたずらでやってみる、友人を巻き込んでみるといった生徒が出てきてしまうリスクがあります。

例えば、自分たちの意思だけで結婚ができると伝えたら、本当に勢いで結婚してしまう生徒が現われることも十分考えられます。
 
ですから、生徒指導の先生の中には、生徒にいろいろ教えないほうがかえってよいのではないか、という意見もあり、私もその意見に賛同するところがあります。

一方で生徒を大人としてあつかうことで、主体性を伸ばし、責任を持った行動ができるように育ててあげたいと思う先生も大勢いらっしゃいます。そのような先生は、板ばさみになっているのではないかと考えています。
 
判断能力が高い生徒は、あえていろいろなリスクを伝えずともトラブルに巻き込まれる心配は少ないので問題ないのですが、そうでない生徒もたくさんいます。
どこまで伝えるか、どう伝えるかは、学校現場にとって非常に難しい問題ですね。

<答えのない問題、さまざまなケースにどのように対応すればいいか>

――今回、先生に寄せられる質問を切り口に、さまざまな観点からお話をうかがいました。
正直、今回のインタビューで学校の先生が抱える課題の大きさや、自分自身で想定しきれていなかった事象の数々に驚いています。

神内:
確かに、学校が抱える課題の複雑さや、高校生の時点で子どもが成年することへの保護者の不安の大きさはあると思います。
一方で、前回のインタビュー(もうすぐ「18歳成人」。親・先生が知っておくべきポイントを神内 聡さんに聞いてみた!※リンク張ります)
にも書きましたが、成年年齢引き下げは、若者の自主性を伸ばすいい機会であるととらえることもできます。

連載では、1年の中で18歳成人と関連して取り上げられたトピックスや寄せられた相談を切り口に、それらの課題や不安の背景を丁寧に解説し、課題の本質を追求していき、そのうえで予想される状況を紹介していきたいと思っています。少しでも保護者や先生方の悩みや不安を解消し、前向きな議論を起こし、子どもたちへ良い環境が開けるヒントになればと思っています。

――ありがとうございました。もうすぐ参院選も始まりますね。次回は選挙についてもお聞きできればと思います。

神内 聡
1978年、香川県生まれ。弁護士、兵庫教育大学大学院准教授。東京大学法学部政治コース卒業。
同大大学院教育学研究科修了。中高一貫校の社会科教師として勤務しながら、各地の学校の
スクールロイヤーとして活動している。テレビドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」の法律考証や、「公共」の教科書執筆なども担当。著書に『学校弁護士』(角川新書)、
『スクールロイヤー』(日本加除出版)など。

神内 聡先生の著書、『大人になるってどういうこと? みんなで考えよう18歳成人』の詳細はこちら

<写真提供:ピクスタ>