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サイレント・コネクション 第3章

新しい住人

ありさが純礼と暮らすようになって3週間がたった。度々電子研究部の部室にも来るようになった。
部室で過ごす時間が増えるにつれ、10歳のありさはドローンやPT-RFIDの技術にも興味を持つようになったようだ。
貴仁や純礼から技術の基礎を熱心に聞いてくる。
子どもらしい好奇心だ。

純礼は、ありさが勉強するのに適した環境を部室に整えてあげた。彼女はありさのために快適な椅子を用意し、デスクの上には文房具や参考書が整然と並べられている。
純礼は、ありさの勉強の進度や理解度に合わせて、適切な指導を行うことを心がけていた。

「今日は算数をやろうか。」純礼は、教科書を開きながらそう言った。ありさは、算数があまり得意ではなさそうだ。スラム街では満足に教えてもらってなかったのだろう。
しかし、純礼の優れた指導力によって少しずつ理解できるようになっていた。

純礼は、ありさに問題を解かせる前に、まず基本的な概念や公式を丁寧に説明し、それを図や例題を使って具体的に説明していた。彼女は、理解できるまで何度も繰り返し説明し、ありさがつまずいたところを丁寧にサポートしていた。

「これはどうしてこうなるの?」ありさが疑問を投げかけると、純礼は笑顔で「じゃあ、一緒に考えてみよう」と答える。
二人は互いにアイデアを出し合い、問題を解決するために協力して取り組んでいる。

「実は、勉強を教えてほしいんです。純礼さんにも教えてもらってるんですけど、貴仁さんの考え方や解き方も知りたいなって思って。」
「もちろん、僕でよければ喜んで教えるよ。どんな科目が苦手?」
「特に英語と理科が難しいです」
そう言われて、貴仁も勉強を教えるようになった。
英語と理科は貴仁が、数学と国語は純礼といった具合だ。

自頭がいいのだろう。
ありさは教えられたことをどんどん吸収していく。

「なぜこうなってしまったんだろう?」
ありさを見ると、貴仁はいつも考えてしまう。
この国には義務教育があって、最低限の教育は誰でも受ける事ができる。
そのはずだった。
少なくとも自分の周りの世界では。

瑛介の石

貴仁の実家が盗難に遭った。
その知らせを受けた時は驚いた。

実家には、亡くなった父が遺した研究成果がたくさん残されている。盗まれたのもその一部らしい。
「見に行ってみるか」
週末、貴仁は母・陽子の様子を見に実家に戻ることにした。

陽子は、貴仁が戻ってきたことで安堵しているようだった。

研究の資料を片付けながら、父のかつてやっていた研究を思い出す。
父は、ドローンやT-RFIDなど、様々な技術を開発し、多くの人々に貢献していた。
エンジニアを目指す者なら多くの人がその名前を知っているだろう。
自分が今も父の研究を引き継いでいることを改めて実感し、その重みに圧倒される。

同時に、その技術が作り出した結果についても思いを寄せる。
(この研究がなければありさや潤はあんな風にならなかったのではないか?)
何度も目を通した資料なのに、視点が変われば見え方も変わる。
完全無欠だと思っていた父のプロジェクトは、視点を変えれば穴だらけだ。
『T-RFIDのタグを持っていない人がいたらどうなるか』という視点が完全に抜け落ちているのだ。
意図的に無視したのではないか?と疑ってしまうほどに。

貴仁は父が遺した様々な研究資料に目を通した。
そこには、父がかつて研究していた、まだ未完成の技術やアイデアが記されていた。
見ると、T-RFIDの問題を1つ1つ消していくものだった。
父の贖罪だったのかもしれない。

研究資料を見終わった頃、陽子から1つの石のような物体を渡される。
貴仁の父・瑛介のものだった。
「昔、瑛介は海外の考古学の協力をしていたことがあるんだ。その時に持ち帰ったものらしいわ。詳しいことはわからないけれど、これも彼の研究の一部だったのかもしれない」
物体は、ひとつの大きな黒曜石に似た外観を持っている。その石は、長さ約10センチメートル、幅約5センチメートルで、独特の形状をしており、表面には複雑な模様が刻まれている。石の質感は滑らかで、手に取ると重みがあり、どこか温かみが感じられるものだ。
表面には模様のようなものがある。

貴仁は、石のような物体に興味を持った。
インターネットでの検索を試みたが、それらしい情報は見つからない。
電子研究部のメンバーにも相談するが、彼らも知らないようだった。

貴仁は、父の遺した物体についての情報を得るため、東京科学大学(東科大)の教授である考古学者の彩川真琴(さいかわ まこと)に助けを求めることにした。
真琴は、国内外の考古学の現場での経験が豊富であり、数々の発掘調査や研究に携わっていることで知られていた。
彼女の知識や経験が、父の遺した物体に関する謎を解く手掛かりになるかもしれないと、貴仁は期待を胸に真琴に会いに行く。

貴仁: こんにちは、真琴先生。お忙しいところお時間をいただきありがとうございます。実は、私の父が亡くなった後に遺されたこの石のような物体について、何かわかることはありますか?

真琴: こんにちは、貴仁くん。これは興味深い物ですね。一体どこで見つかったのでしょう?

貴仁: 父が昔、海外の考古学調査に協力していた時に持ち帰ったらしいんです。でも、どこの国で見つかったかまでは知りません。

真琴: なるほど。まずは、この物体の材質や形状から推測してみましょう。しかし、すぐには判断が難しいですね。

貴仁: そうですか。困りました。どうすればこの物体について詳しく知ることができるでしょうか?

真琴: もしよろしければ、私がこの物体を持ち帰って、詳しい調査を行いましょう。その結果、何らかの手がかりが見つかるかもしれません。

実家が盗難を受けたこともあり、すこし考えたが、やはりプロに任せるのがいい。そう考えて調査を依頼することにした。

真琴: 私も興味が湧いていますし、貴重な研究材料になるかもしれません。では、調査が終わり次第、結果をお伝えしますね。

貴仁: お願いします、真琴先生。父の謎についても少しでもわかることがあれば、ぜひ教えてください。

真琴: もちろん、貴仁くん。何かわかったらすぐに連絡します。それでは、引き続き頑張ってくださいね。

貴仁: はい、先生。ありがとうございました。

未来と疑念

その日、貴仁は高田重工業の会議室で緊張感に包まれた空気の中、PT-RFIDに関するプレゼンテーションを行っていた。彼はこの技術の研究開発のための出資を求めるために、緻密に計算されたデータや革新的なアイデアを提示していく。

プレゼンテーションを聞いていた高田圭司社長や小林純一課長は、興味津々な表情で質問を投げかけてきた。

「このPT-RFIDはどの程度の距離まで通信が可能ですか?」

「現在のプロトタイプでは、おおよそ100メートルまでですが、今後の研究開発によってはさらに距離が伸びる可能性があります。」

「セキュリティ面での対策はどのように行っていますか?」

「データの暗号化技術や認証システムを導入することで、セキュリティを高めています。また、不正アクセスに対してはリアルタイムで検知し、対処する仕組みも検討しています。」

プレゼンテーションが終了すると、高田社長は満足そうな笑顔を見せた。

「素晴らしいプレゼンテーションだったね。君のPT-RFIDに対する情熱と知識には感服したよ。」

「ありがとうございます、高田社長。この技術が社会に大きな変化をもたらすことを信じています。」

高田社長は少し考え込んだ後、貴仁に提案を投げかける。

「君のような才能を持った人材は、是非とも我々のチームに加わってほしい。高田重工業の社員にならないか?」

貴仁はその提案に驚きつつも、内心複雑な思いが交錯していた。

「高田社長、お言葉光栄に存じますが、現在の研究チームと共に続けたいと思っています。ただ、我々のプロジェクトへの協力や出資については、大変ありがたく思っております。」

高田社長は少し残念そうな表情を浮かべつつも、理解を示す。

「それは残念だけど、君たちの団結力や情熱を尊重するよ。では、我々としては、出資や技術面での協力を行っていくことにしよう。」

貴仁は感謝の気持ちでいっぱいだった。

「本当にありがとうございます。これからも一層努力し、高田重工業が誇れるような成果を出せるように励みます。」

小林課長も笑顔でうなずく。

「我々も全力でサポートしますので、何か困ったことがあれば遠慮なく相談してくださいね。」

会議室を出てロビーへ戻る時、三浦剛志と会った。彼は瑛介が高田重工業に所属していた頃の同僚であり、貴仁にとっては恩人のような存在だった。

「三浦さん、お久しぶりです。」
「貴仁くん、元気そうで何よりだ。会議は上手くいったかね?」
「はい、高田社長には好意的な反応をいただきました。これからも研究を続けていく予定です。」
「それは良かった。瑛介さんも喜んでいることだろう。お前さんは彼の意志を継いでいるんだから。」

その時、ふと目に留まったのは、純礼だった。彼女がロビーにいることに驚いた貴仁は、声をかけようとするが、間もなく純礼は出て行ってしまう。貴仁は純礼の後姿を見送りながら、彼女が何のためにここに来ていたのか気になっていた。

「どうしたの、貴仁くん?」
「いや、純礼がいたんですが、どうやら用事があったみたいで、すぐに出て行ってしまいました。」
「そうか、また今度会える機会があるだろう。大丈夫だ。」

貴仁は三浦に会釈し、気になる心を押さえつつ、高田重工業を出ることにした。

高田重工業は、東京を拠点とする大企業で、過去30年間で急速な成長を遂げてきた。創業者である高田雄太は、国際競争力を持つグローバル企業を目指し、独自の経営戦略と技術革新を推進してきた。その成果もあって、現在では日本を代表する企業の一つとなっている。

高田重工業で最も有名な製品は、T-RFID(Terahertz Radio Frequency Identification)システムだろう。これによりさらなる市場拡大と競争力向上を遂げた。T-RFIDは、テラヘルツ周波数帯を利用した次世代のRFID技術で、幅広い産業分野で活用されている。

それ以外にも幅広い事業を展開している。自動車や航空機に使用される部品の製造においても実績があり、国内外の大手自動車メーカーや航空機メーカーとの取引がある。
産業用ロボットや自動化システムの開発・製造にも注力しており、製造業だけでなく、物流、医療、農業など幅広い分野で利用されている。

父・瑛介は、T-RFIDの開発の他にも幅広い事業に携わっていたようだ。
自動車部門で働いていたことがあり、燃費性能の向上や環境に優しい技術の開発に取り組んでいた。瑛介の研究は、高田重工業の自動車製品ラインナップにおいて、エコカーの普及や排出ガス規制への対応に役立っている。

また、彼は産業用ロボットの開発にも携わっており、その分野での高田重工業の競争力を向上させる技術の開発に貢献していた。瑛介は特に、自動化や人工知能を活用したロボット制御システムの研究で成果を上げていたそうだ。

高田圭司と同じ部署で働いていることもあったらしい。
その後、瑛介が高田重工業を退職したことを考えても、良好な関係とは言えなかったのだろう。

2年前、2代目社長として高田圭司が就任し、新たな時代の幕開けを迎えた。高田圭司は、父である創業者の意志を継ぎつつも、新しい風を取り入れることに積極的であった。彼は環境保護やサステイナビリティにも力を入れ、企業としての社会貢献にも注力している。

一方で、高田重工業は、競争の激しい業界において、新たな技術開発や市場拡大を目指しており、経営陣は常に厳しい決断を迫られていた。

貴仁は、純礼を高田重工業で見かけたことが気になっていた。
高田重工業と椎名純礼の関係は一体どのようなものだろうか?
彼は考える。まず思いつくのは、奨学金だ。高田重工業は、優秀な学生や社員の家族に奨学金を出していることで知られていた。
確かに、純礼の両親は亡くなっており、彼女は大学に通うために奨学金を受けていると聞いたことがあった。純礼の両親も高田重工業で働いていたのだろうか?

それならば、純礼が高田重工業の奨学金を受けている可能性は十分にある。
もしそうだとすれば、彼女は同社に対して何らかの恩義を感じていることだろう。
しかし、それだけでは高田重工業で彼女を見かけた理由にはならない。
もっと深い関係があるのではないか?

いや、考えすぎなのかもしれない。彼女は優秀な学生である。
貴仁と同じように、高田重工業が行っている何らかのプロジェクトに参加しているのかもしれない。

統計

純礼はありさや潤のようにT-RFIDタグを持たない人の存在に疑問を持っていた。
おそらくあのスラム街の住人のほとんどはタグを持っていないだろう。
そんなにたくさんのT-RFIDタグを持たない人がいるだろうか?
また、これまで教育を受けていた中では、あれほどたくさんの人がスラム街で生活をしているとは聞いていない。

情報が統制されているのではないか?
誰かが、意図的に日本の状況を隠している。
理由はわからないけれど。

彼女の直観は正しいと告げている。
そうだとすれば、どこにほころびがあるか?

「統計データ・・・」
統計データだけは、ほころびを隠せない。
嘘のデータで塗り固めたとしても、必ずどこかに矛盾が生まれる。

純礼は妹の彩音に調査を依頼することに決めた。
高校生だが、IT技術に詳しく、自作のHPを作成したり、ハッキングもやったことがあるようだ。
彩音は純礼からの依頼を快諾し、統計データを調べ始めた。

彩音は純礼に調査結果を伝えるため、彼女の部屋に向かった。部屋に入ると、純礼はデスクに向かって何かを書いていた。

「お姉ちゃん、調査の結果が出たよ。」彩音は興奮気味に言った。

純礼は顔を上げ、彩音の言葉に耳を傾けた。「本当に?何がわかったの?」

「まず、公式の人口統計データに不自然な点があることがわかった。高齢化率が予想よりも大きく下がっていたり、就業者の給料が不自然に増えているんだ。」彩音は息を切らしながら説明した。

純礼は驚いた表情で聞いていた。「それだけじゃなくて、インターネット上の非公開フォーラムやSNSでT-RFIDタグを持たない人たちのコミュニティを見つけたんだ。彼らが情報交換や支援を行っている場所で、T-RFIDタグを持たない人たちの実態や困難な生活状況が語られていたよ。」

「それはすごい発見ね。でも、どうやってそんな情報にたどり着いたの?」純礼は興味津々で尋ねた。

「実はね、匿名のハッカーたちが作成したデータベースにアクセスして、非公式な人口統計情報を入手したんだ。そこには、T-RFIDタグを持たない人たちがどのような状況にあるか、どの地域に集中しているかなどの詳細な情報が記録されていたよ。」

純礼は目を丸くして彩音を見つめた。「それじゃあ、公式発表されている人口数よりもはるかに多くの人々が日本で生活しているってこと?」

「そうなんだ。その存在が統計データに影響を与えている可能性が高いみたい。」彩音は緊張感を持って言った。

純礼は深刻な表情でうなずいた。「これは大変なことね。誰かが意図的にこれらの人たちの存在を隠しているのかもしれない。

彩音は、純礼が悩んでいるのを見て提案した。「あの人に聞けばいいじゃない?」貴仁のことだ。

純礼は顔をしかめて「そんなことできない」と答えた。
彼女には貴仁に対して、明かせない秘密がある。
罪といってもいいほど重いものだ。

「私はいつか裁かれる。彼にこれ以上頼ることはできない」と純礼は心の中でつぶやいた。

彩音は純礼の表情を見て、彼女が心に抱えている何か重いものを感じ取る。しかし、その秘密を知らないのに、どう助けてあげればいいだろう。

「お姉ちゃん、一緒に何とかしようよ。私も手伝うから。」彩音は純礼を励ましたが、純礼はただ苦笑して彩音に頷いた。

純礼は心の中でいつも思っている。
自分の秘密が明かされたとき、貴仁は彼女を許してくれるだろうか?
罪はいつか晴れるのだろうか?

純礼はその答えを見つけることができない。

次章


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