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災害にまつわる日

「防災の日」(関東大震災)

9月1日は防災の日です。ご存じの方が多いと思いますが、大正12年(1923)9月1日に発生した関東大震災にちなんだものです。また例年であれば9月1日頃が台風襲来が多い「二百十日(にひゃくとおか)」(立春を起算に210日目のこと)にあたることから「災害に備える心構えを忘れない」という意味を込めて昭和35年(1960)を防災の日と当時の内閣閣議で制定されました。防災の日をまたいだ8月30日~9月5日が「防災週間」となっています。

ところで、防災の日以外にも災害に関する制定日があります。

「防災とボランティアの日」(阪神・淡路大震災)

(1995年1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」では、政府や行政の対応が遅れた一方で、学生を中心としたボランティア活動が盛んになり「日本のボランティア元年」と言われました。これをきっかけにボランティア活動への認識を深め、災害への備えを強く意識させることを目的に「防災とボランティアの日」が、1995年12月の閣議で制定が決定されました。防災とボランティアの日をまたいだ1月15日~1月21日が「防災とボランティア週間」になっています。

「津波防災の日」(安政南海地震による津波災害)

「津波防災の日」は11月5日です。これは2011年3月11日に発生した東日本大震災(東北では東北地方太平洋沖地震)後の津波災害の甚大な被害を踏まえて同年6月に制定された「津波対策の推進に関する法律」から津波対策についての意識を強めてもらおうという目的で11月5日を津波防災の日とされました。国連でも同日を「世界津波の日」と制定しました。

気になるのは、何故3月11日ではなく、11月5日が津波の日なのでしょうか?

安政元年11月5日(新暦では1854年12月24日)は、安政南海地震による津波が現在の和歌山県広川町を襲った際に、濱口儀兵衛(梧陵)という人が、稲むらに火をつけ、退避の目印として津波から逃げ遅れた村人を高台へ導いて、多くの命を救ったという伝承 「稲むらの火」がありますが、11月5日というのは、この伝承を由来としたものなのです。

濱口儀兵衛(梧陵)とは何者でしょう? 明治時代の政治家であり、実業家でもある人で、ヤマサ醤油の当主です。広村には当時では最大の「広村堤防」を築き地元に貢献した人のようです。

僕個人としては、江戸時代の伝承に由来するものではなく、津波災害の印象が強い3月11日を津波防災の日とした方が良かったと思います。しかし、その3月11日も「いのちの日」として制定されています。

「いのちの日」(東日本大震災)

平成23年(2011)3月11日に発生した東日本大震災にちなんで制定されたのは「いのちの日」です。東日本大震災では多くの命が失われました。そこで命の尊さ、命の大切さを考え、震災経験により学んだことを風化させることなく、想定外の災害に備えることを目的としたものです。

9月1日に防災訓練が行われるのと同様に、3月11日には健康、医療、災害時の体制などを考える機会を設けたいとの思いから「災害時医療を考える会」(Team Esteem)が「いのちの日」を制定しました。

12月1日も「いのちの日」なのですが、こちらは厚生労働省が2001年に自殺予防活動の一環として制定したものです。であるならば、東日本大震災の制定日を違う名称にした方が良いと思います。

「いのりの日」(長崎県島原市 雲仙普賢岳火砕流)

平成3年(1991)6月3日は、長崎県島原市の雲仙・普賢岳の大火砕流によって死者・行方不明者43人という大きな被害が発生しました。同市は毎年6月3日を「いのりの日」と定めており、発生時刻の午後4時8分には市内にサイレンが鳴り響き、市民らが犠牲者の冥福を祈ります。

この他にも災害にちなんだ「記念日」があります。我が国は毎年のように想定外の災害が発生する世界でも未曾有の災害国であるからです。

しかし、「記念日」という呼称はどうなんでしょう? 被災者の冥福を祈るための日を記念日と表現するのは、被災者への冒涜というか、あまりにも軽薄すぎる呼び名だと思うのですがね。


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