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百物語2「秋田の畦道」

秋田に住んでいた時の話です。僕は小学校の6年生でした。

その日は学校の帰りに時間を忘れるほど夢中になって遊んで、家に帰る時にはあたりが薄暗くなっていました。僕は、子どもの頃から怖い話が好きでしたが、反面、人一倍怖がりでした。

小学校から家までは歩いて15分ぐらいでした。自宅近くまでは、わりと賑やかなところを歩くので怖くはないのですが、当時、自宅の周りには、田んぼが広がっていて、田んぼですから街灯もなくて暗いのです。しかも狭い畦道を歩かなくては自宅には戻れませんでした。実は10分ほどの遠回りをすれば良いのですが、子どもですから近道しちゃうのですね。

自宅近くまで来ると、目の前には田植えが済んで水が張られた田んぼが広がっていて、その向こうに自宅の灯りが見えました。家は僕の家だけではなくて、5~6軒が軒を連ねるようにして建っているので、その家々の灯りが水を張った田んぼを照らして、ところどころが小さな鏡のように光っています。それが僕の恐怖心を和らげてくれました。

僕は畦道をトボトボと歩いて自宅まで歩いていきます。すると、目の前に小さな人の影が見えました。どうやら老婆のようでした。背中が曲がった小さな影が、僅かに飛び跳ねるように少しずつ僕の方に進んできます。遠くなので顔は見えませんが、家の灯りで時折、顔が見えそうになります。

人一倍に怖がりだった僕は老婆らしき人影を見て恐怖しました。すると、金縛りにかかったように、その場から動けなくなってしまいました。老婆は少しずつ僕に向って近づいてきます。あと少しで顔が見えるくらいまで老婆は近づいてきました。

そのとき、僕は恐怖から解放されて「わああっ!」と大声を出してしまいました。すると、老婆らしき人影も僕の声に驚いたようで、一瞬ビクッとしたと思ったら、もの凄い勢いで真っ暗な田んぼを横切って走って行ったのです。ところどころ家の灯りが当たった田んぼがピシャピシャピシャと音を立てて割れて、そのうちに灯りの当たらぬ漆黒の闇の中に消えてしまいました。

家に帰って父親にそのことを話したら「それは狸だろう」と笑っていました。「狸より大きかったよ」と言っても相手にされませんでした。

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