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母の最期の言葉と、彼女がたった一つこの世から持っていったもの

いつもトイレに置いておいて、トイレに行く度に今日のページを読む本がある。

8月16日の昨日はここだった。

母のことを思い出した。なんとなく平均寿命くらいまで行けるものと思っていた母は、それよりも20年も早くこの世を去った。

母は死ぬ少し前、病室にずっと泊まり込みで付き添った父に、ある晩の夜中に目を覚ましてこう言ったらしい。

「ありがとう。ずーーっと幸せだったよ」と。

旅立つ時はこの世のものは何一つ持っていけない。最愛の人ですら置いて行かなければならない。でも母は、愛の記憶だけは持って天に帰って行ったんだと思った。幸せな人だ。

一方残されたほうの父は、母のこの一言で生かされているんじゃないかと思う。最愛の人を、最後の一秒まで悔いなく愛しきったという自負が、一人になった今を強く生きる力になっているんじゃないかと。

そう思うとこれ以上に素晴らしい最期の言葉なんてないんじゃないかな。母、すごいよ。

ちなみに私には母はこれといった最期の言葉は残さなかった。最後に会った時に「ありがとう」と言われたけど、今週も来てくれてありがとうの意味だと受け止めていたし、本当の最期には間に合わなかったから、最期に取っておいた言葉があったのか、あれが最期の言葉だったのかは今となっては分からない。

父宛にはメモも出てきたけど、子どもたちへのメモはなく「ないのか」ってちょっとだけ思ったけれど、結婚して40年、子どもより夫を大事に想っていたなんて素晴らしいことだと思うから、嫉妬はない。

私は最期の日に何を思うんだろう。最期に手を握ってくれる人はいるんだろうか。

一人でも一人じゃなくても、幸せな記憶だけ抱きしめて旅立てたら最高だろうな。

(本は斎藤一人さんの一日一語)

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