うたかた
君がこの世を去ってから、3度目の夏が訪れようとしていた。僕は相変わらず君のことを想い、時にその名を口にしている。
記憶という、いつ消えてしまうか分からない脆さをはらんだあやふやなものの中に、君の存在を少しでも長く留めておきたくて、日々、出来る限り多くのことを思い出そうとしていた。
それでも僕は、既にたくさんのことを忘れてしまっている。
僕の頭の中には、撮りっぱなしにした写真をとりあえず放り込んでおくハードディスクのようなものが存在していて、君との思い出は全てそこにしまわれている。確かにそこに存在している。しかしそれらは、探られない限り思い起こされることはない。
僕は、何とかしてその記憶たちをそこから引っ張り出そうとするのだけれど、最初の手がかりのようなものが見つけられず、手繰り寄せることが出来ない。
そうやって放置された記憶たちは、少しずつ、長い年月をかけて風化されていく。
今この瞬間も、確実にその過程を辿っていてることはわかっている。それが一体どんな記憶なのかを、知ることすらできないまま。
そのことを思うと、僕は全身をえぐられるような罪悪感に襲われる。
君を失って以来、僕は、過去の中で生きてきた。記憶の中だけに自分を存在させてきた。正気を保って生きていく為には、そこにしがみつくしかなかった。気づいた時には、そういう生き方しかできなくなっていた。
あの夏、彼女に出逢うまでは。
白状すると、僕は君以外の一人の女性に心を揺さぶられることになる。
認めたくない感情の芽生えに葛藤する僕を、君は許してくれるだろうか。悩んでいるといつもそうしてくれたように、優しさで満たされた柔らかい瞳と、半ばあきれ顔の表情で、しっかりしなさいと背中を押してくれるだろうか。
記憶の中から、懐かしい君の声が聴こえてくる。
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