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弊社中国中小企業の会議が大嫌いな理由

先日、社内で授業の品質に関する会議が行われました。

その時に自分はやっぱり会議が嫌いだな〜と強く思ったのでその経緯をまとめておこうと思います。会議では自分が最も年長者だったのですが、本当に大人げなかったと思うのでその反省も込めて書きます。

わたしの業務は中国人日本語教師に日本語教授法を教えることです。それで学期末にこの1年を振り返り、教材や教案などの改善を目指すという名目で会議を開かれました。

6名の日本語教師が参加しました。先生たちは高校3年生を担当した人で、すでに高考(中国の大学受験)での日本語の成績も出ています。しかも思ったよりも成績が良くなく緊張しているのを感じます。

経営者より、この1年間の総括を求められます。この時点でもう無理って感じ。まさか全員が口頭で自分の仕事について報告するのか?どうしてレポートにして事前に配っておかないのか?と。

案の定、美辞麗句と言い訳を織り交ぜた何の役にもたたないお話しを60分にわたり聞くことになります。

この時点でストレスは90%

ここでボスから質問がないか?と尋ねられましたので・・・

どうして今回思った成果が上げられなかったと思いますか?

このように質問してみました。

わたしとしては個人を攻撃する意図もなく、60分にもわたる言い訳を聞かされたので、具体的な話に移行したかっただけなのですが、ここが判断ミスでした。

ボスの「質問がないですか」というのは、わたしにねぎらいの言葉をかけるようにと言う合図だったんです。

会議とは、必要な情報をやりとりし、有益な情報を共有したり、問題点を明らかにし、それを分析・解決する場と思っていたのですが・・・

中国的中小企業では単に人間関係を滑らかにする場だったわけです。

空気を読み違えたので、場の空気が変わってしまいます。その後はうまくいかなかった言い訳をさらに45分も聞かされるはめになりました。

途中で自分のミスに気がついたのですが、なんだかむなしさも感じてきたので、つい「うまくいかなかった理由が経験不足って言っていますが、あなたの学生にとってそんなことは関係がない。むしろ自分が経験を積むために、その学生を踏み台にしたことを理解して無駄にしないように」と言ってしまいました。

自分の話した内容に間違いはないと思いますし、内容を撤回するつもりもないですが、伝え方には問題があったことは認めます。

ただうまくいかなった人を慰めるのであれば、会議のタイトルは慰労会などにすれば良いのであって、改善を目的としたものにする必要はないんです。

まあ弊社の会議はいつもこんな感じなのですが、どうしてなんだろう?って考えてみました。

恐らくこれは中国のシステムとも関係しているのではないでしょうか?

密室で物事が決まり、それを受け入れるしかない社会で暮らしています。またその決定に妥当性がないと決定した人もそれに関わった人も気づいていても、決まったことを変えることはそうそうできません。

そうなるとそれなりにやっていくしかないわけです。

そうやって100年近くやってきたわけですから、会議では解決案を出すよりは、なんとなく空気を読みつつ、最後は起立して拍手して、何なら歌でも歌って終わるって言うのが正しい姿なのかもしれないです。

会議では「俺たちよくやっているよね」的な雰囲気を作り、結局は一部のハイパフォーマンスな人が問題を解決していく。これが今のやりかたなのかなって感じます。

だからこそ経営者から従業員はロボットにすぎない発言などが飛び出すのではないかなと。

またもや落ちのない話になってしまい、すいません。こんな状況で行き抜いている現地採用の日本語教師もいるよって程度の感想でも嬉しいです。

次回の会議ではもう少しうまく立ち振る舞おうっと。

ぜひぜひ、サポートをお願いします。現在日本円での収入がなく、いただいたものは日本語教材や資料の購入にあてます。本当にありがとうございます。