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中国で子どもたちに日本の国語を教えている、わたしの悩み

わたしは日本人補習校で教員もしています。

どの子どもたちも個性的で、自分の考えがあり、接していて興味深いです。人生経験が6年とか7年しかないのに、深いことを言うこともあり、油断できません。これからも個性を爆発されるのは困りますが、自分らしく伸び伸びと過ごして欲しいと思ってます。

さて、授業をする側として悩みがあります。

それは、授業の難易度をどうするかということです。
文部科学省のHPによると、補習校の設置目的について次のようにまとめられています。

補習授業校は、
・現地校に通学する児童生徒が、【対象】
・再び日本国内の学校に編入した際にスムーズに適応できるよう、【目標】
・基幹教科の基礎的基本的知識・技能および日本の学校文化を、【内容】
・日本語によって学習する【方法】
教育施設である。

補習授業校の性格

つまり、補習授業校は「日本語教室」でも「日本語文化体験サークル」でもなく、児童が日本国内の学校に編入するときに必要な知識やスキルを、日本語で提供する場所ってことです。このスキルというのは日本式の教育スタイルや、授業で使う用語などを含むと理解しています。

さて、わたしにとって難しいのが「日本語で提供する」ということです。もちろんわたしの日本語レベルに問題はありません。難しいのは児童がです。

クラスには日本語のスキルが十分でない児童がいます。教科書の内容が難しいのに、日本語での授業となると難易度が爆上がりします。

例えば、1年生の国語の教科書で「わたしは(悲しい)です。どうしてかというと(先生の話す日本語がわからない)からです」みたいな文章を学びます。()の中を入れ替えて、自分の気持ちを説明するという練習です。

これがとっても難しい。

この練習問題、「悲しいです」「どうしてかというと」「普通形+からです」「わからない」など、重要な文法項目や語彙知識がミックスされた文章なので、日本語初学者には難しい内容です。これを日本語がほぼできない子どもに教えるのは、難易度高めです。

さらに子どもたちの日本語レベルに大きな隔たりがあります。わたしの話す日本語を理解できる子もいれば、推測できるレベル、さらにはまったく理解できないレベルの子どもたちが同じクラスにいます。また家庭では日本語を使わないと児童もいます。

そうなると、授業の内容がわからないのではなくて、わたしの話す日本語がわからないってことも生じます。これは児童にも辛い、わたしも辛いって状況を作り出します。

その中で、この状況に対処するベターな方法は「グループ授業の形式をとった、マンツーマンスタイル授業」じゃないかなと思うようになりました。

全体に学習内容の方向性を示しつつ、それぞれの児童が課題に取り組む。その中で、個別にヒントを与えたりする。例えば単語のリストを提示したり、参考となる例文を提示して、児童に気づかせる。ヒントがなくても答えられる児童も、ヒントがないとだめな児童も、それぞれ自分でできることがあれば達成感があるのではと思ってます。

ただ、この授業の準備がハード過ぎるという別の問題も引き起こしています。さらに、子どもたちの無邪気なまでのストレートな批判にさらされることもありますので、身体的にも精神的にもかなりの余裕をもって教室にいかないと、ご機嫌な先生というテンションを保てないこともあります。

加えて「無力感の谷」に落ち込むと、批判的になったりすることもあります。無力感の谷って言葉があるのか知りませんが、これは「頑張っても無駄という気持ちが、心の中に渦巻いて、出口が見えない状態」のことです。

こういうメンタルに落ち込むと、児童や保護者の努力や、そもそも児童がもっている能力や優れた性質が見えなくなったり、彼らの背景や置かれている状況に思いやりが示せなくなったりします。結果、言うべきではないことを言ったり、言っても仕方がないことをネチネチと言いかねません。

そうならないように、どうすれば児童のためになるだろうか。自分はどうすれば彼らを助けることができるだろうかと考えるようにしています。そして、自分ができたこと、また児童の成長の記録を確認して、自分の仕事は無駄ではない。彼らのためになっているのだと思うようにしています。

さて、今年度カリキュラムも前半戦が終了しようとしています。国慶節に休みが取れそうですので、その時に前半をしっかり振り返り、後半のカリキュラムを作り直したいなと思います。

そして、子どもたちが大きくなったとき、授業の内容は忘れても、補習校で学んだことは楽しかったと言ってもらえるように努力したいと思ってます。

今日も最後まで読んでくれてありがとう。また明日。

追記
わたしは日本語教師としての訓練を受けていますし、経験もありますが、国語教師としてはアマチュアです。それも事態を難しくしていると思います。
日本語教育と国語教育ってまったく別のものなんですよね・・・用語から違いますしね、

ぜひぜひ、サポートをお願いします。現在日本円での収入がなく、いただいたものは日本語教材や資料の購入にあてます。本当にありがとうございます。