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旅する日記⑧広島県生口島の日本茶とビキニ

 福山でマリコさんと別れたあと、わたしは同じ広島県の生口島に来た。ここにもADDressと提携しているゲストハウスがあると聞いたので、一度訪れたいと思っていたのだ。
 予定が定まらず、予約のときにけっこう迷惑をかけてしまったのだけれど、ゲストハウスのオーナーであるご夫妻はやさしく迎えてくれ、わたしにいろんな話を聞かせてくれた。
 ご夫妻はかつて世界一周をしたことがあるそうだ。それも、赤ちゃんだった息子さんも連れてというから驚いた。
 世界を見てきた人たちが、自分の暮らす場所として選んだ土地。そう思うと、この生口島にぐんと興味が湧いてくる。

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 生口島はどこをとっても景色が美しい。画家の平山郁夫さんがこの土地を愛し、風景を描いた理由がよくわかる。いつまでも眺めていたいけれど、仕事からは逃げられない。わたしはゲストハウスの共有スペースで黙々と作業をした。
 お昼休みは貴重な散策タイムだ。海沿いをふらふらしていると、通りがかったおじいちゃんに声をかけられた。このあたりに住んでいる方だという。

「このあたりは魚がようけ獲れるから、南蛮漬けにするとうめえんじゃ。でも、昼はいけん。船が通るから魚が逃げる。釣りをするなら朝早くじゃねえと」

 おじいちゃんは「餌があれば明日の朝も釣りにくるけえ、見にきんさい」と言ってくれたので、翌朝、わたしは早起きしてその様子を見に行くことにした。ところが、教えてもらった釣りスポットに行ってもおじいちゃんはいなかった。釣りの餌が用意できなかったみたいだ。
 めずらしく早起きしたので、ただ部屋に返ってしまうのももったいない。しばらく朝日が昇るのを待とうと思い、海沿いの石段に座っていたら昨日とは別のおじいちゃんに声をかけられた。

「おねーちゃん、何しよるんじゃこんなとこで? あれか? ツーリストか? 誰と来とる? え、一人? そりゃつまらん。ほら、こっから自転車でパーっと走るとな、サンセットビーチいうのんがあるんじゃ。そこでビキニ着て待っとったらええ。男なんてな、みーんなそんなもんじゃ。ほら、見てみんさい、あそこの山のてっぺんにな、白いもんがあるじゃろ。あれは『未来心の丘』ゆーてな、おねーちゃんみたいな若い人に元気出してもらうために、有名な彫刻家の先生が作ったんじゃ。じゃけえな、こんなところで落ち込んどったらつまらん。ウチの孫も今年でハタチじゃけどな……」

 そんな感じで、おじいちゃんの話は二十分くらい続いた。

 ひとしきり喋ったおじいちゃんは「おねーちゃん、落ち込んどったらいけん。元気出し!」と島中に聞こえそうな大きな声で言って、自転車で去っていった。特に落ち込んでいたつもりはなかったのだけれど、早朝から一人で海を眺めていたわたしの様子が、どうも思い詰めているように見えたらしい。
 
 自転車のおじいちゃんと別れたあと、いくらもしないうちに今度は昨日の釣りのおじいちゃんと再会した。やっぱり餌が確保できなくて、今朝は釣りをあきらめたのだという。釣りのおじいちゃんとはすぐ別れたけれど、彼のお友達の女性と話が弾んだので一緒に散歩をすることにした。
 女性はわたしの祖母くらいの歳で、生口島にある商店街でお茶屋さんを営んでいるそう。彼女はわたしを自分の店に連れていくと、「わたし、他の人にはめったにこんなことしないんだけど」とくり返し言いながら、淹れたての日本茶をごちそうしてくれた。このお茶がまたものすごくおいしい。口当たりがとてもまろやかで、どこかほんのり甘いのだ。実家の祖母が好きなので日本茶は昔からよく飲んでいたけれど、いままで飲んだなかで間違いなく一番おいしい一杯だった。
 茶葉を買って帰ろうと思ったのだけれど、淹れかたにコツがあってこの味を家庭で再現するのは難しく、馴染みのお寺くらいにしか卸していないのだという。まさにここでしか味わえない味だ。

 そんなおいしいお茶をいただいているあいだ、彼女は子どもの頃から今に至るまでの、自分の生い立ちについて話してくれた。彼女の質問のしかたがうまいせいか、わたしも自分の生い立ちを話すことになる。今朝……というかついさっき知り合ったばかりなのに、わたしたちは互いのことについてすっかり詳しくなってしまった。なんだかもう他人という感じさえしなくなってくる。

 この日、わたしは愛媛の佐島に行くためにいったん生口島を出ることになっていた。二日経ってからまた生口島に戻ってきたときにこの女性に再会したのだけれど、彼女はわたしのことを覚えてくれていて、みかんを渡してくれた。 
 思えば、尾道邸の家守さんがおすすめしてくれたたこ天を食べにいったときも、他のお客さんが声をかけてくれて話が弾んだ。いつも誰かしら声をかけてくれるから、一人旅なのになんだかさみしくない。生口島はそんな気分になれる土地かもしれない。

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 佐島から戻ってきた翌日、仕事が休みだったので島内を回ってみることにした。レンタサイクルを借りにいくと、平山郁夫美術館や耕三寺などの観光施設のチケットと近隣のレストランで使えるお食事券、それにレモンケーキの販売店で使える割引券がセットになったなかなかお得なパスが売っていた。そのパスを買って、さっそく島内を観光してみる。

 はじめに向かったのは耕三寺。日本の寺院にしてはカラフルで装飾も多く、見ているだけで楽しい気持ちになれる。お寺なのにどうしてこんなに彩りゆたかなのかというと、亡くなったご母堂が極楽浄土に行けるようにという願いを込めて、耕三寺和尚が建立したからだそう。愛する人のためにつくった場所が、いまこうしてたくさんの旅人を楽しませている。とても素敵なことだ。

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 自転車のおじいちゃんが言っていた「未来心の丘」もこの耕三寺にある。白い彫刻が並んでいて、その名の通り小高い丘の上にあるので瀬戸内海を見渡すことができる。真っ白な彫刻が海や空の青と絶妙なコントラストをつくっていて、まるでギリシャのサントリーニ島みたいに美しい。いるだけで気持ちよくなれる場所だった。
 彫刻はどれもふしぎな形をしていて、触れるとすべすべとしている。見方よっては顔に見えてきたりするのも面白い。写真の撮りがいのある場所だけあって、多くの観光客が訪れていた。

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 その後も平山郁夫美術館に行ったりサンセットビーチに行ったりして生口島を満喫した。わたしは恥ずかしながらこの島のことをほとんど知らないまま来てしまったのだけれど、思っていたよりもずっと観光資源が充実していて驚いた。特産品であるレモンケーキをはじめ、食べ物もどれもおいしかった。何より、出会う人がみなやさしい。「この人たちに会うために、またこの土地を訪れたい」。そう感じる出会いが、ここにはたくさんあった。

 生口島を出たあとは、その日のうちに小田原に帰ることになっている。小田原の仲間たちや他のADDress会員に生口島のことを聞かれたら、きっと「一度は行ったほうがいい」と答えよう。そう強く思った。

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生口島の旅のおとも:
「しまなみドルチェ」の伯方の塩ジェラートと「ミナミたこ焼き店」のたこ天

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