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毎日連載する小説「青のかなた」 第1回

(1)

 空港を出て、一番最初に目に入ったのはマンタだった。
 出入り口を出てすぐのところに雨よけの屋根がついており、その裏側一面に絵が描かれているのだ。青い海と、その中をゆったりと漂うマンタの絵。

 パラオはスキューバダイビングの聖地と言われていて、マンタに会うためにわざわざ潜りに来る人もいるらしい。特に、今は十一月になったばかり。東京は冬を迎える頃だけれど、パラオはちょうど雨期が終わり、滞在のベストシーズンである乾季に変わる頃だ。空港を出てすぐにパラオの人気者であるマンタが迎えてくれるというのは、なかなか粋な計らいかもしれない。

 そういえば、サメの絵は描いたことがあるがマンタはない。首を伸ばすようにしてマンタの絵を見つめていると、

「雨田光さん?」

 ふいに名前を呼ばれた。振り向くと、白いTシャツを着た知らない青年が立っている。光(ひかり)は返事をするのも忘れて、彼の姿を見つめた。
 日本ではなかなか見かけない見事な赤毛をしている。おまけに、毛のひと束ひと束がクルクルと無秩序な方向に渦を巻いていた。子どもの頃だったらものすごくコンプレックスになりそうな、きつめの天然パーマだ。瞳は明るい茶色をしていて、その目の下から頬にかけて、無数のそばかすが散らばっていた。

「……キジムナーがいる」

 思わずそう口にすると、青年はきょとんとした顔になった。

「キジ?」
「あ……すみません。何でもありません」
「ならいいですが……雨田光さんで間違いないですか?」

 天パの彼は日本語で言った。彫りの深い顔も、髪や瞳の色もどう見ても日本人ではなさそうなのに、ずいぶんときれいな発音だ。日本語を習いたての外国人が使う敬語とはまったく違う、整った……言ってしまえばきれいすぎるくらいきれいな発音だった。
 光が「はい」と頷くと、彼は「よかった」と微笑んだ。低いのに、どこか少年っぽさの残る、やわらかい声だった。

「僕はレイ。スーはいま手が離せないから、代わりに迎えに来ました」
「スー?」
「思南(スーナン)のこと。彼はほとんどの友達にそう呼ばれてます」

 レイは「車まで運びます」と言って、光のスーツケースのハンドルを握った。

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