見出し画像

燃え上がれ!エイブラムス !前編

みなさんこんにちは、最近一段と暑くなってきましたねぇ。ただでさえクソ暑いのに今回はエイブラムスと炎について書いていきたいと思います。

可燃物がタップリ詰まった戦車と火災は切っては切れない関係にあると言っても過言ではありません。


ここでM1エイブラムスの中にある可燃物を上げていくと...


a. エンジンを動かすための燃料   b. 変速機とエンジン冷却に用いられるATF/オイル c. 砲塔旋回・昇降装置を動かすための作動油 d. 座席クッションやケーブル被覆等の樹脂製品 e. 搭載弾薬 f. NBC防護装置

こんなに沢山あるんですね、こりゃ大変だ。

それでは、まず a. エンジンを動かすための燃料から火災のリスクについて詳しく見ていきましょう。

画像1

↑M1A1のエンジン区画を縦から見た断面図。

M1エイブラムスの燃料タンクは軽量で成型がしやすく内圧変化に強い樹脂製(ポリエチレン)で、これがエンジンの周りとスポンソン内部、そして操縦席の両脇にある隔壁の向こうに配置されています。では、全ての燃料タンクを満タンにすれば495 USガロン、約1874.8リットルもの燃料を積載することができます。

主燃料として長らく使われているのはJP-8と呼ばれる軍用ジェット燃料で、発火点はおよそ38℃〜50℃。そして、稼働時におけるタンク内の燃料温度はおよそ63℃。お察しの通りこれがまぁ〜よく燃えるのです。装甲を貫通した運動エネルギー弾や化学エネルギー弾による金属ジェットが極超音速で燃料タンクを貫くと、急激な圧力変化により燃料はキャビテーションを起こし(これをハイドロダイナミック・ラム効果と呼ぶ)大量の燃料が破孔から吹き出します。この燃料に貫徹時に生じた赤熱した破片や高温のガス、燃焼する曳光剤から引火してしまうと車内とエンジン区画は炎に包まれてしまいます。ここで出火しなくても、エンジン区画の燃料タンクを貫通された場合は漏れ出た燃料がアッツアツのガスタービンエンジンに触れて発火する可能性があるのです。そしてポリエチレン樹脂製タンクは熱により溶解し、文字通り「火に油を注いで」しまいます。

お次は b. 変速機とエンジン冷却に用いられるATF/オイル。燃料ほどではありませんが、これも火災に繋がる危険性を孕んでいます。エンジンの右には冷却用のオイルタンク(容量170.3リットル)とポンプがあり、これが損傷してエンジン等の高温部に触れると発火する可能性も。1990年12月5日にはトランスミッションから出火、全焼したエイブラムスもあります。

画像2

↑エンジンの横にあるオイルタンクとポンプ

次にc. 砲塔旋回・昇降装置を動かすための作動油

これは戦史に詳しい方やお仕事で重機などを扱う方ならご存知かもしれませんが、損傷した高圧状態の油圧ラインから噴き出した作動油は燃えやすくてとっても危険。実際にイスラエル国防軍は第四次中東戦争において作動油の火災により多数の戦車乗員を失っています。M1エイブラムス は従来の燃えやすい作動油に代わり、難燃性(引火点215°C)の作動油を使用していますが、霧のように噴出してしまうと引火点より温度が低くても引火する恐れがあります。因みに車内にはアルミ製作動油のタンクがデカデカと鎮座していますが、こちらは加圧されていないただのリザーバであるためオイルが霧の如く噴き出す危険はありません。余談ですが、稼働時における作動油の温度はおよそ77℃なので仮に引火しなくても直に浴びたらメチャクチャ熱そうです。

続いては d. 座席クッションやケーブル被覆等の樹脂製品。

こいつらは少し特殊で、a〜cのように大規模な火災の要因になることはありません。が、小規模な火災を発生させる恐れがあります。これは劣化ウラン弾が車内まで貫通した場合、戦車内部には通称「ファイアフライ」と呼ばれる自然発火し高温で燃焼する劣化ウランの破片が飛散します。この物騒な蛍たちは発生してから2秒以内に消滅しますが、これがケーブル被覆や座席クッションのような樹脂製品と接触し発火させてしまうのです。

画像3

↑ 車内に飛散する「ファイアフライ」の写真

そして e. 搭載弾薬。

弾薬火災の危険性とエイブラムスがそれにどう対処しているかは前回の記事で書きましたので詳しくはそちらを参照のこと。エイブラムスの主砲弾は乗員とは隔離されていて安全ですが火災を起こすには十分。ブローオフパネルから噴き上げる火炎とその輻射熱で車外(砲塔後部)に積んであるダッフルバッグや寝袋、MREなどの車外装備品はたちまち燃え上がってしまいます。この時、砲塔後部から燃えかすや火がついた樹脂がエンジン吸気口に吸い込まれ、その結果エアフィルターから出火してしまいます。同軸機銃の弾薬も火災原因になりうるかと思われますが、それについて記述された資料が見つからないのでパス。

画像4

↑装備品てんこ盛りのエイブラムス。よく燃える

そして最後に f. NBC防護装置。

どうしてNBC防護装置から火が?と思われる方もいらっしゃるでしょう。実はM1A1から加圧式NBC防護装置が装備され、これは汚染された外気をヒーターで処理しそれをフィルターで濾過したら17℃から27℃のうち任意の温度で車内に送り込む、というシステム。このヒーターというのも燃料を使う高温になりやすいもので、NBCフィルターが目詰まりを起こすと熱が抜けずにオーバーヒートしてしまうのです。そのままNBC防護装置を稼働させ続けると最終的に出火し車内を焼き尽くしてしまいます。

画像5

↑これは実際にアメリカ海兵隊のM1A1 FEPが火災事故に見舞われた後の車内画像。火は途中で消し止められましたが重傷者が出ました。ケーブル被覆や樹脂部品は焼け落ち、火の勢いが強かったことが見て取れます。

余談ですが、NBC防護装置がオーバーヒートすると車長が警告されるようになっています。こうなるとNBC防護装置を停止する必要がありますが、幸いエイブラムスには補助のNBC防護装置も付いているのでご安心ください。こちらには温度調節機能はありませんけどね。

画像6

M1A1の車長用コントロールパネル。上で示されている症状が見られる場合はオーバーヒートの疑いがあります。M1A2からは車長用液晶ディスプレイユニット(CDU)に警告が表示されます。

さてさて、いかがだったでしょうか? 

こんな戦車のどこが「生存性が高い」んだよ、ふざけんな!と思う方も少なからずいらっしゃるかなと思いますが...
そんな方のために、後編ではこんなファイアハザードだらけのエイブラムスから乗員を守る消火装置について触れていきます。

参考文献

Capstone Depleted Uranium Aerosols: Generation and Characterization

PREDICTIONS OF PROBABILITIES OF SUSTAINED FIRES FOR COMBAT DAMAGED VEHICLES

Haynes M1 ABRAMS MAIN BATTLE TANK Owners’ Workshop Manual

Memorandum for Commander, XVIII Airborne Corps, Subject: "Law and Order Significant Activities (SIGACTS)," December 9, 1990

Final Technical Report Fires Experienced and Halon 1301 Fire Suppression Systems in Current Weapon Systems 1A/1 February 2003

Maintenance Manual TURBINE ENGINE, FIELD SERVICE MODEL AGT1500 (M1/IPM1)

NBC Protection System M1A1 Series 

RD&E PASSIVE FUEL TANK INERTING SYSTEMS FOR GROUND COMBAT VEHICLES 1988


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?