見出し画像

成功したいから「感謝」にもっていくド勘違い。まずは感謝の感覚を知れ。

よく「感謝」に対する大切さを見聞きする。

感謝する、とか、感謝しなくちゃ、とか、感謝の気持ちって大切だよね、とか、感謝するべきだ、とか。

感謝している状態にもっていくことが、大切なんだな・・・とふんわり、やんわり、そしてどこか明確に感じたり、思ったりしている。

でも、、、そもそも「感謝」ってなんだろうか???

なんで感謝の状態に”もっていく”必要があるのだろうか?

そこで私は感謝している状態を想像をして「感謝している感覚」を感じてみた。

この文章を読んでいる皆さんも是非想像してみてほしい。

シチュエーションはなんでもいい。
・おいしいものを口に含んだ瞬間
・お気に入りのカフェでお気に入りのコーヒーを飲んだ瞬間
・お金が必要だった時に、必要な分の臨時収入が入ってきた瞬間
・欲しかったものが思いがけず手に入った瞬間
・行きたいところに行けることになった瞬間
・会いたかった人に会えた瞬間
・絶景を見た瞬間、、、などなど

感じてみてどうだった?

私の場合は、
心があると呼ばれる胸の中央部から溢れるようなあたたかさとやさしさがぶわぁ〜っと湧いてくる感覚が起こり、それをジーンと感じ、無意識にまた思いがけず「ありがたいな〜」と口から言葉がもれている状態でした。
(簡潔に表現できないところも、日本語って豊かだと感じる要素だな)

もっと簡単に言うと

感謝の感覚はどんな感覚?

→自分の内側から湧くエネルギーを感じ、それについて「ありがとう」と言う、つまり述べること。

これが、私が「感謝の感覚・感謝している状態」でした。

感謝は誰が述べているのか?それは魂。

自分で「感謝の感覚」をみたことで、
「感謝」という言葉の意味を調べてみました。

感謝:ありがたいと感じて礼を述べること。また、ありがたいと感じる気持ち。

ふむふむ。

「ありがたいと感じたことに礼を述べる・言葉を口を使って言い表すこと」が感謝、なんだ。

「感謝」という言葉の意味の中には「ありがたい」というワードが含まれていました。

では「ありがたい」とは?
ありがたい:存在が難しい。めったにない。なかなかありそうにない。

「存在が難しい。めったにない。なかなかありそうにない。。。」

この意味を読んだ瞬間、ハッとしました。

私たちは「肉体ベース」でみているから、感じることが当たり前になっていてる。
感じていても感じるがわかっていない。麻痺しているんだ。
だから、夢も「憶えていない」になるんだ、と。

魂9割:肉体1割 
潜在意識9割:顕在意識1割

この肉体に留まっている時間は限られたものであって、それが寿命という言い方をされている。
しかし、そもそも私たちは、魂の状態が本来の姿。

魂で活動していることが全体の9割だとしたら?
肉体を持って活動するのが全体の1割だとしたら?

私はもう一度、「感謝の感覚・感謝している状態」を思い出し、体感してみました。

そして、呼吸ひとつひとつがとても貴重に感じ、目を瞑っていても五感で感じることひとつひとつが尊く、愛らしく感じました。

その瞬間、またハッとしました。

感謝の状態が《 わたしたち本来の状態 》だとしたら?
→いつも感謝している状態になる。

毎瞬「ありがたいなぁ。ありがたいなぁ」って述べている状態になる。

口を開けて述べるのは誰?→魂(源)。

もう一度いう。
そもそも、魂の状態が本来の状態。
魂は肉体に宿らないかぎり、肉体ありきの感じる感覚がないのだ。

肉体に宿って今生きている状態というのは、魂の状態からしたら、とてもありがたい状態だから、本来、私たちは常にベースとして、感謝の状態にある、と私は思う。

そう感じていないのは肉体に宿っているベースでみているから。肉体に宿らない魂からしたら、肉体に宿っているだけで、魂視点ではすごいことなんですよって話。(だから、御先祖様は応援してくれる。)

魂は肉体を持っていない。
なので、肉体で感じること全てが、魂にとって喜びなのだ。有り難いことなのだ。

あの時、ありがたかったなとありがたいことを思い出してみたり、その感覚を思い出してみたりすると、すぐにそのありがたいと言う感覚が出てきて、

思わず「ありがたいなぁ。」て口に出して言っている。

そして、その「ありがたいなぁ」という感覚を、今、この瞬間に味わっていたりする。

おもしろいことに、それは何も直接的で外的な刺激がなくても、それは感じることはできる。

それが今この瞬間に物質界で触れていなかったとしても、感じるという反応は、肉体が実際にそれが起きているのを認識している状態なので、脳・潜在意識の上では実際に感じている・起きているということになっている。

夢でも想像でも感じることができるのは、肉体という間があるから。

これは想像だけでなく、睡眠中の夢もまた同じことが起きている。

夢は現実ではないと思いがちだけど、夢もまた現実なのだ。

だから、私たちが見ている現実は一つの一夜の「夢」を生きているようなものなのだ。

睡眠と夢に関することは人生に関することでもあるので、睡眠を侮ってはならない。それについてはまた書くとする。

今この瞬間、呼吸をしているだけで「ありがたい」という気持ち、想いになれたりする。

すでに、生きながらに常にありがたいという状態、つまり常に感謝の状態にいるとしたら?

ありがたいと述べるその一言を発する時、本来の姿、つまり魂そのものになっている、ということなのだ。

今、こうして存在し、生きているということは、
無意識でいるとしても、感謝の状態にいる本当に素晴らしいものだと、私は思う。


※ダダダっと書いたので、再編集する可能性有〼


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?