_閉鎖病棟_って怖いところなの__病棟勤務の看護師さんに詳しく聞いてきました_のコピー

精神科で「身体拘束」が必要な理由は? 閉鎖病棟の看護師さんに、現場の声を聞いてきました

体の自由を奪う行為として、否定的な意見も多い精神科の「身体拘束」。

自分や家族が入院した際に体を拘束されたら、確かに不安な気持ちになることでしょう。否定的な意見がある中で、どうして現在も、精神科では身体拘束が行われているのでしょうか?

・身体拘束をする目的はなに?
・拘束をしないリスクはあるの?
・病院によっては、適切ではない拘束もあるの?

精神科の看護師である沢田さんと森下さん精神科医の山谷さんに、詳しくお話を伺いました。

【1】「身体拘束」はどんな状況で行われるんですか?

■くまの
まずは、「身体拘束」がどのような状態を指すのか、定義を教えてください。

■森下さん
精神科での身体拘束の定義は、現状で統一されている考え方は示されていないんです。
体の一部分であっても、患者さんの自由を封じる拘束をすれば、身体拘束として見なされることがほとんどかと思います。

身体拘束については、精神保健福祉法の第36条において、「精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる。」とあります。

この条文のみでは、病院によって制限の幅が広くなります。そのため、厚生労働省から厚生労働大臣が定める身体拘束の基準が告知されました。

基準では、身体拘束を行うとしても、本人の生命の危機がある場合や、社会復帰のため、他に代替案がない場合のみ認められると定められています。ですが、制限内容に関しての確立された定義は現状は示されていません。

■森下さん
例を上げると、点滴の際に暴れてしまう患者さんの腕を拘束して、処置を行ったり……などです。

ただ、私たちのような看護師が、現場の判断で勝手に患者さんを拘束することはできません。
精神科で身体拘束をする場合は、必ず精神保健指定医の診察があり、その指示のもとで行うことが決まっているからです。

■沢田さん
身体拘束をする場合でも、理由もなく拘束が継続されないように、頻回に診察を行うと定められています。拘束を解除した患者さんを、やむを得ない理由で再度拘束する場合でも、必ず精神保健指定の指示が必要になります。

■くまの
精神保健福祉法では、身体拘束が認められる条件も定められていますよね。条件を見ると、自殺または自傷の恐れがある方を守るために、身体拘束をする場合もあるんですね。

ア 自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合
イ 多動又は不穏が顕著である場合
ウ ア又はイのほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合
「精神保健福祉法」第四より引用

■森下さん
そうですね。自分を傷つけてしまう方を、一時的に拘束して保護することはあります。

また、周囲の方を傷つけてしまった、または傷つけてしまう恐れがある方にも、身体拘束を検討する可能性があります。

■くまの
命に関わる切迫した状況のときに、身体拘束をせざるを得ないというのはイメージが湧くんですが……。「多動又は不穏が顕著である場合」とは、具体的にどのような状況なんでしょう?

■沢田さん
過度に落ち着きがなかったり、暴れてしまったり……。混乱して攻撃的な状態のことを、多動、または不穏と呼ぶことがあります。

例えば保護室に入っていて、骨折をする恐れがあるくらいに、激しく扉を叩き続けてしまうとか。

■くまの
攻撃的になった結果、自分を傷つけてしまうこともあるんですね……。

身体拘束をすることになった場合、ご本人やご家族の同意はもらうんでしょうか?

■森下さん
入院説明の際に、やむを得ない状況の際は拘束をする可能性もあるとお伝えして、同意書をいただいています。

実際に身体拘束をする際にも、拘束の前に「精神保健指定医の診察のうえ、こういった理由で拘束が必要です」といった内容の書類を、ご本人にお渡ししています。精神保健福祉法の規定にあり、それに従って文書を渡しているので、どの病院でも共通かと思いますよ。

■沢田さん
事後にはなりますが、ご家族にも拘束したことはお伝えしています。

ご家族の同意を待ってから拘束をするというのは、どうしても難しいことが多いんです。ご家族からのお返事を待っている間にも、患者さんは切迫した状況になっていくので……。

身体拘束を実施したあとに「こういった理由で身体拘束がありました」と、患者さんの状態と合わせてご報告をしています。

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【2】身体拘束をしないことによるリスクはある?

■くまの
医療従事者の立場から見て、身体拘束をしないことによるリスクはありますか?

■森下さん
やっぱり、自傷や自殺のリスクはとても高くなると思います。

衝動的に自分を傷つける恐れがあるときに、防ぐ方法がひとつ減ってしまうということなので……。

■山谷さん
身体拘束をする理由の多くは、患者さん本人の安全を守るためなんです。

体力が落ちていて、歩行が安定しない患者さんもたくさんいらっしゃるんですよ。本人の意識が朦朧としていることもあるので、安定しない状態で歩き回ってしまう。

そうすると、転んだときに自分で手を出すこともできずに、頭から倒れてしまう可能性だってあるわけです。場合によっては、脳に障害が残ってしまう危険性もありますよね。

もちろん、だから拘束をすると安易に決めるわけではありません。他にできることをいくつも探したうえで、どうしても危険性をぬぐえない場合に、身体拘束をする選択肢がでてきます。

拘束をすることが、患者さんの命を守ることに繋がるなら。

■森下さん
もし、身体拘束がなくなった場合ですが……。正直、怪我をするスタッフも増えるかと思います。

■くまの
それは……患者さんが暴れることで、病院側の方が怪我を負うということですか?

■森下さん
そうです。スタッフが攻撃を受けると、怪我をすること自体も大変ですけど、患者さんに対して陰性感情を持ってしまうことにも繋がりかねないんです。

< 陰性感情(いんせいかんじょう)>
看護師が患者に抱く否定的な感情
「精神科病棟において看護師が患者に抱く陰性感情と看護チームのサポートについての分析」より引用

「あの人は暴力をふるう人だ」と思ってしまうと、患者さんと距離を置きたくなってしまうこともあるんです。医療従事者として、その気持ちをそのまま行動に移すことは避けたいですが、看護師も人間なので……。

■くまの
一度暴力を振るわれた記憶は、簡単には消えないですもんね……。

■森下さん
身体拘束をしないことで、精神症状にばかり目がいって、身体症状に目がいかなくなる可能性もあるかもしれません。

体の不調を上手に言葉にできないストレスによって、攻撃性が高まってしまう方もいるんです。体の不調によって、精神状態が悪化してしまうことも。

暴力を止めるすべがないと、精神症状にばかり気を取られて、身体症状に気がつきにくくなってしまうこともあるかと思います。

【3】適切ではない身体拘束もあるの?

■くまの
すごく残念なことですが、身体拘束をされていた患者さんが死亡したニュースを読んだことがあって……。病院によっては、適切ではない身体拘束もあるんでしょうか?

■森下さん
そうですね……。身体拘束をすることによって、肺塞栓のリスクが高まるのは事実なんです。

<肺塞栓症>
肺塞栓症は、血液のかたまり(血栓)や、まれに他の固形物が血液の流れに乗って肺の動脈(肺動脈)に運ばれ、そこをふさいでしまう(塞栓)病気です。飛行機に乗っているときのように長時間動き回らずに座っている場合は、リスクがやや高くなります。
「MSDマニュアル家庭版」より引用

そのリスクが周知されていなかった時代では、病院側が問題ないと判断していたことが、患者さんにとっては危険だった可能性も否めません。

ただ、身体拘束のリスクが問われるようになってからは、「行動制限最小化委員会」という、病院内の審査機関が立ち上がったんです。

■くまの
こうどうせいげん、さいしょうか……?

■沢田さん
行動制限をなるべく少なく、短く、限定的にしていきましょうという取り組みです。

行われた身体拘束が本当に妥当だったのか、病院全体で見直す委員会ですね。

■くまの
その委員会は、どこの病院にもあるんですか?

■沢田さん
病院内に立ち上げるように通達があったので、どこの病院でもあるかと思います。

ほとんどの病院で毎月1回、必要があればさらに適宜、行われた身体拘束について病院内で評価をしています。

< 行動制限最小化委員会 >
2004年の診療報酬の改訂において、精神科を有する医療機関に対して、行動制限最小化委員会の設置が求められました。

そのなかでは、隔離や拘束の状況報告を通し、間違ったあるいはいきすぎた行動制限を行っていないか、医師や看護師、精神保健福祉士らによって検証し、改善を見出すことをその目的としています。

「もうひとつの「みんなで考える精神障害と権利」」より引用

■森下さん
医療従事者も、身体拘束を早く解除してあげたい気持ちはあるんです。

そのときの切迫した状況で、せざるを得ないと判断したから、身体拘束をする選択を取っていると知っていただけたら……と思いますね。

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【4】表に出てこない、看護師の怪我・感染症リスク

■くまの
先ほど、「身体拘束をしないことによって、怪我をするスタッフも増える」とおっしゃっていましたが……。

現状でも、医療従事者の方が怪我をすることは多いんでしょうか?

■沢田さん
多いと思いますよ。私も、患者さんに腕を噛まれたことがあります。今でも、うっすら傷跡が残っています。

私の場合は怪我だけでしたが、患者さんが感染症を持っていたら、感染していた可能性もあったなと思います。

■くまの
腕を噛まれたときは、どのような状況だったんですか?

■沢田さん
患者さんの攻撃性が高くなっていたとき、ベッドに寝ていただいた際に、首から上だけが持ち上がってきてガブッと……。

■山谷さん
患者さんが、パニック状態になっていることも多いんですよね。その場から逃げようと一生懸命になっているので、パワーもすごいんです。

■くまの
患者さんがスタッフの方に怪我を負わせた場合、患者さんの立場はどうなるんでしょう……? 例えば、罰則とか……。

■沢田さん
よっぽどのことじゃない限り、患者さんに責任を負っていただくことはないです。ご本人も、噛みたくて噛んでいるわけではありませんから。病気の症状が、そうさせているんです。

私の怪我も、自分の甘さもあったんだろうと思っています。噛まれる危険性にも注意して、介助に入らないといけなかったなと。

■森下さん
私が過去に研修をした病院では、「うちは身体拘束をしない」と言われたこともありました。ただ、患者さんが暴れた際はどう対処するのか聞いたら、「看護師が体を使って押さえるんだ」と。

■くまの
それは……拘束器具が人間の手に変わっただけのような気もします。
押さえる側の負担も心配になりますね。

■森下さん
すごく暴れている患者さんに対して、精神保健指定医から拘束の指示がなかった際に、複雑な気持ちになったこともありましたね。

スタッフの怪我は気にしないのか? と……。

■くまの
指定医の方の意図としては、それも「看護師が体をはって止めろ」ということだったんでしょうか……?

■森下さん
そこの病院では、そういうことだったんだと思います。

ただ、看護師に対しての暴力があまりにも多いので、2004年に「包括的暴力防止プログラム」というものが発足されたんです。「CVPPP」とも呼ばれています。

< 包括的暴力防止プログラム >
包括的暴力防止プログラム(Comprehensive Violence Prevention and Protection Programme:CVPPP)は2004年「包括的暴力防止プログラムトレーナー養成研修」として研修が始まりました。

医療の場で起こる暴力や攻撃性に対して適切に介入することはその場にいる全員を守るだけではなく、暴力が起こらないようにするために早期の介入が可能となることからその発生を予防したり、あるいはこのような事態が起こった後に生じるストレスや不快な感情を軽減させる効果があるといわれています。

「e-らぽ~る」より引用

■森下さん
看護師が自分の身を守るため、また、患者さんが暴力を振るわなくていいようにするために、事前のリスク回避攻撃から離脱する方法を院内の講習で学ぶことができるプログラムです。

CVPPPによる影響か、病院内に「院内の暴力はやめましょう」と啓発系のポスターが貼られることも増えました。

あとは、病院の上の立場の人が、暴力が起きた際のスタッフへのフォロー方法を学べることも、CVPPPができたことによるメリットだと思いますね。

それまでは、スタッフが暴力を振るわれた際に、上司がどう対応していいのかも示されていなかったので……。

■くまの
上司の方の対応が、スタッフの方にとっては適切ではなかったこともあったんでしょうか?

■森下さん
僕は、患者さんに殴られたと上司に報告した際に、どういう状況かも知らないのに、「お前の対応が悪かったからだろ」と言われたこともありましたよ。

患者さんからの暴力があって、休みをもらって他の病院で治療をしていたときに、上司から「休み癖がつくからすぐ出てこい」と連絡があったことも。

■くまの
それは、あまりにも理不尽ですね……。

■沢田さん
暴力を受ける看護師が男性か女性かでも、対応が違う場合があるんですよ。男性の看護師だと、怪我をしても軽く見られることが多いです。

■森下さん
本来は、男性でも女性でも、看護師なら同じ土台に立って考える必要があるように思うんですが……。

患者さんとの信頼関係ができているスタッフが女性でも、攻撃性が高いときだけ男性スタッフが駆り出されることも多々あって。

ただ、それも最近は変わってきて、暴力に関してはみんなで考えていく風潮になってきている気がします。院内暴力に対する研究も増えてきて、いい方向に進んでいるのかなと思いますね。

【5】患者さんへのケアで、意識していることはある?

■くまの
身体拘束をされた患者さんは、精神的に傷ついたり、トラウマになることもあるように思います。

身体拘束の後の患者さんのケアで、なにか意識していることはありますか?

■沢田さん
状態がいいときこそ、関わりを持って信頼関係を築くようにしています。どうしても、状態が悪い人に対して時間を使いがちなんですが……。

症状が安定しているときこそ声かけをして、信頼していただく。

そうやって関係性を作ることで、症状が悪化しているときでも、自分を見れば落ち着いてくれる患者さんもいるんですよ。

■森下さん
患者さんの状態を、客観的にお伝えすることも大切だと思います。身体拘束が必要なレベルまで症状が悪化しているときは、自分がどうなっているのか把握できない患者さんがほとんどですから。

「入院したときはこんな状態だったんですよ。でも今はこうしてお話しできるようになりましたね、拘束を緩められるように、先生に相談してみましょうか」と。

自分の状態を理解していただくことで、安心に繋がることもあると思うので。

■沢田さん
病院側の人間が自分を見ていると伝えるためにも、患者さんとのコミュニケーションは本当に大切なんです。

看護師に放置されていると思ってしまうと、医療への不信感が出てきてしまうこともありますから。

■くまの
人間関係を構築していくことが、とても大切なんですね。

例えば、なんですけど……。患者さんのご家族から、「身体拘束はしないでほしい」と言われたことはありますか?

■山谷さん
入院説明の際に、そういったご意見があることはありますね。

その場合は、身体拘束をしないことで起こりうるリスクを説明するようにしています。

「拘束をすることで、患者さんの回復や社会復帰に繋がると判断できた場合は行います」と、身体拘束が必要な理由をご理解していただくんです。

■くまの
意味もなく拘束をしているのではないと、まずは知ってもらうんですね。

■山谷さん
ご了承いただけない場合は、治療を進められないこともありますよ。

実際に、「身体拘束があるのなら入院させられない」と、自宅に戻られてしまった方もいました。

■くまの
ご家族が身体拘束を拒否する理由で、多いものはなんですか?

■山谷さん
拘束すること自体が、そもそも非人道的だとおっしゃる方もいますね。「拘束」の言葉に反応してしまい、拒否反応を示す方も。

ご家族側の気持ちも、よくわかります。ただ、拘束をしないことによるリスクも、きちんとご理解いただけたらなと思います。

【6】看護師から、患者さんとご家族に伝えたいメッセージ

■くまの
身体拘束に関して、入院しているご本人やそのご家族に、なにか伝えたいことはありますか?

■森下さん
身体拘束が、日本社会において「拘束するなんておかしいじゃないか」と思われていることは、医療従事者も重々承知しています。

不必要な拘束は減らそうと、私たちも日々動いています。

ただ、人間は歩けば転ぶときもある。もちろん、転倒による怪我がないように、看護師も奮闘しています。ですが……ひとりの患者さんに、1日付きっきりでいられるわけではないんです。

「病院にいるのに転ぶのはおかしい」と言う方もいますが、身体拘束を減らしたことで、どうしても患者さんが怪我をする可能性が高まることに関しては、ご理解いただければと思っています。

■森下さん
拘束を減らすために私たちが行動しても、患者さんが転んでしまった際に「どうして転ぶんだ! どう責任を取るんだ!」と言われると、看護師も拘束を減らすことにしり込みしてしまうんです。

患者さんの負担を減らすために拘束は減らしたい、患者さんの暴力から自分の身も守りたい。拘束をしないことで患者さんが怪我をすると責められる、拘束をすること自体も責められる……。

こんな状態になると、現場の人たちの身動きが取れなくなってしまっても、無理はないように思います。

■沢田さん
医療従事者も、身体拘束を減らしていかなくてはいけないという思いはあります。好んで、患者さんを拘束しているわけでは絶対にありません。

患者さんと密にコミュニケーションを取っていくことが、拘束をせずに安全に治療を進めていくためのひとつの方法だと思っています。

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■山谷さん
悪質な身体拘束なら、もちろん批判されるべきだと思います。なくしていくべき、恥ずべき行為です。

ただ、治療において、身体拘束が必要な場面はどうしてもあると思っています。「拘束がある」という事実だけを見て、現場で奮闘しているスタッフの方を批判することは、できれば避けていただきたいなと思います。

医療従事者が、世間の批判現場の切迫した状況に板挟みになって、やる気が削がれてしまったら……。いちばん困るのは、他でもない患者さんなんですよね。

病院の中から見た現状も、これからもっと広まっていけばいいと願っています。


【 さいごに 】
患者さんの精神状態を考えずに、惰性で身体拘束をしているのなら、それは否定すべき行為です。身体拘束を減らしていくためにも、すべての拘束をよしとするのは、避けるべきかと思います。

ただ、患者さんや、その周囲の人たちを守るための最低限の身体拘束は、医療の現場で必要だからこそ、現在も残っているように感じました。

「身体拘束を少なくしていこう」という考えは、怪我をしても懸命に業務に励む医療従事者の方たちこそ、強く思っているのかもしれません。


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