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愛なんか、知らない。 第2章⑦文化祭の準備、スタート!

「えーと、そ、それじゃ、今日はクロ、クロワッサンを作ります」
 第一声から噛みまくり、声は掠れまくりだ。
 今日は、美術室に6つの班のリーダーが集まって、ミニチュアづくりの基礎をレッスンすることになっていた。

 もうもう、昨日の夜は全然眠れなかったよお。何十回もレッスンの進め方を頭の中でシミュレーションして、話すことも考えて。
 窓の外が明るくなってきたら、「今日、巨大な隕石が学校に落ちてこないかな」なんて、本気で考えちゃったぐらい。      
 学校、休みにならないかな……。休みになっても、先延ばしになるだけって分かってるけど。何の解決にもならないって分かってるけど。
 心の底からそう願った。

 今日は授業中もずっと緊張してた。授業の内容なんて、一ミリも頭に入ってないよ💦
 おばあちゃんは、「一、二回やったら慣れるわよ」って言ってたけど、その一回目をどうしようって話なんだよね~。ううう。
 隣に和田さんが座ってくれてるから、ちょっとは緊張がやわらぐけど。

「ま、まず、まずは粘土をこねるところから」
「えー、このまま使えるんじゃないの?」
 いきなり不満の声が上がって、ドキッとする。
「う、うん。最初は固いから、よくこねてやわらかくするの」
「ふうん。めんどくさ~」

 えっ。しょっぱなから面倒? ここから先の作業は、もっと大変なんだけど。。。

「練ったら、このスケールで大きさを調節して」
「えー、適当でよくない? 1つずつそんな感じで作ったら、時間がかかるじゃん」
「えっ、でででも、それだと、大きさがバラバラになっちゃうし」
「そんなの誰も気づかないから、大丈夫だよ」
「でも、でも、売り物にするなら」
「ってか、璃子のヤバくない? 大きすぎるでしょ」
「いいじゃん、別に。練習なんだし」

 えええええ~。なんで、教えたとおりに作らないんだろう。せっかく、おばあちゃんに練習台になってもらったのに。
 私がオロオロしてると、
「ちゃんと作らないと、練習する意味、なくない?」
 と、和田さんがちょっと強めに言ってくれた。暴走気味になっていた凛子さんがムッとした顔になる。

「だって、私たちが班のみんなに教えられるようにならなきゃいけないんだよ? 自分勝手な作り方してて、教えられるの?」
 あまりにも正論すぎて、凛子さんも渋々教えたとおりにやるようになった。
 ありがとう、和田さん。ありがとうっ。言いにくいことをハッキリ相手に言えるなんてすごすぎます、尊敬します! 和田さんに救われました。あなたは私の守護天

「あああ~、ちょ、ちょっと待って! 手で叩き潰すんじゃなくて、これを使って伸ばしてっ」
「え~、めんどくさ~」
「そのほうがキレイに伸ばせるからっ」
「ハイハイ、分かりましたあ」

 なるほど。みんながみんな、おばあちゃんや和田さんのように素直に話を聞いてくれるわけじゃないんだなあ。いきなり自己流に走るとは、予想外。

「えーと、ここまでできたら、後で家庭科室に持って行って、レンジでチンします」
「えー、粘土をレンジでチンするの? 食べれるの?」
「さすがにそれはないわ。後藤さん、凛子を気にしないで続けて」

 私はアハハと困りながら笑った。このノリ、どうついていけばいいのか分からないよう(涙)。

「で、次におにぎり用のご飯粒を作ります」
「ご飯粒? 1つずつ作るの?」
「うん。それをおにぎりの土台のまわりに貼りつけてくの」
「はあ~、細かっ」
「粘土をちぎって、爪先で1、2ミリの粒に丸めて」
「うわあ~、お米を作るって、もう農家じゃん、農家」

「爪の中に粘土入ったあ」
「あ、爪先っていうか、指先で丸めたほうがいいかも」
「爪が長いとやりづらいな~」
「それで、乾燥させている間に、三角おにぎりの土台を粘土で作ります。これぐらいの大きさ」
「いや~ん、かわいい~」
「ちっちゃ~」

 お、みんな、だんだん作るのが楽しくなってきたみたい。ホ。

「この土台に、さっきのお米をボンドで貼りつけていきます」
「うわ~、おにぎりっぽい! おにぎりっぽい!」
「何これ、ヤバくない?」

 あ~、ウケてよかった。先におにぎりを作ればよかったかな。

「で、粘土が柔らかいうちに真ん中にくぼみを作って。ここに赤い粘土を丸めて入れます」
「梅干し! 梅干し!」
「のりは? のりは巻かないの?」
「のりを巻くおにぎりも作ってみる?」
「やるやる!」「もしかして、シャケおにぎりとかもできる?」
「うん、できるよ。時間が余ったらやってみよっか」
「やってみる!」

 6人の声がそろった。おおう。みんなすっかりミニチュアのトリコになってますねえ。ホッホッホッ、ええ子たちじゃのう。って、何キャラなんだか。

 和田さんが、私のおにぎりをじっと見つめていることに気づく。
「あ、お米がまばらについちゃった時は、ピンセットで1つずつつまんで埋めてくといいかも」
「なるほどね」
 和田さんはうなずいて、米粒をピンセットで埋めていった。

「色付きの粘土もあるんだね」
「うん。絵の具で色をつけてもいいんだけど、ムラができちゃうから、色つきの粘土で作れるものは使ったほうがいいかなって。黄色の粘土なら、プリンとかモンブランとか。赤は梅干しだけじゃなくて、イチゴとか」
「ええ~、面白そう!」
「あ~、早くケーキを作ってみたい!」

 みんなが夢中になっている様子を見て、ぐわっと感動が湧き上がって来た。
 私が教えたことで、こんなに楽しんでもらえるなんて! ミニチュアを教えるのって、意外と楽しいものなんだな。

 レッスンが終わった後、和田さんから「後藤さんが指導役でよかったかも」と言ってもらえた。
「えっ、そ、そうかな?」
「うん。私たちの手が止まってたら、すぐに気づいて、どうしたらいいか教えてくれたでしょ? みんなを見てくれてるんだなあって思って。先を読んで教えてくれるのも、すごいなって」
「そ、そ、そんな」

 それは、私も同じ立場だったからだ。
 ミニチュアのワークショップに何回か参加したことあるけど、講師さんが言ったことがよく分からなくて、周りの人の手元をこっそり見ていた。
 だから、分かるんだ。みんな、どういうところでつまずくのかって。
 そうか。そういうことを伝えればいいのか。
 私にも、できること。私だから、できること、見つけた気がする。

*******************

 文化祭まで三週間を切って、忙しさは加速していった。
 班ごとの制作が始まり、私はあちこちの班にアドバイスをしながら、自分の班の作品も制作していた。毎日ヘトヘトになって帰宅して、ご飯を食べずに眠ってしまい、おばあちゃんに起こされることもあった。

 9月最後の日曜日。
 お弁当屋のバイトの最後の日だ。
「短い間でしたけど、お世話になりました」
 みんなに挨拶して回ると、
「お疲れ様」
「寂しくなるわね」
「またいつでも戻って来てね」
 と、優しい言葉をたくさんかけてもらった。

 隣のパン屋さんも、向かいのお寿司屋さんも、「今までよく頑張ってたわね」「今度はうちにバイトに来てくれてもいいよ」と笑顔で送り出してくれる。
 ああ。私、気づかなかっただけで、いろんな人に大切にされてたんだな。
 パン屋さんは「これ、今まで頑張ったプレゼント」とパンまでくれた。嬉しい。おばあちゃんと一緒に食べよう。

「今までお疲れ様。文化祭、観に行くからね」
 市原さんは肩をポンポンと叩く。
「文化祭が落ち着いたら、老人ホームのほうもよろしく。他にも作ってほしいって人がいるから、葵ちゃんファン、増えてるわよ」
「えええ~、ホントですか!?」
「そうだ、葵ちゃんに渡そうと思ってたんだ」

 市原さんは手提げカバンから、4つに折りたたんである紙を取り出した。
 それは、ミニチュアハウスの展示会のチラシだった。

「この間たまたま入ったカフェに置いてあって。そこのオーナーさんの知り合いが、出店するんだって。毎年開いていて、かなり規模が大きくて、全国からミニチュア作家が参加してるって言ってた。興味あるなら、行ってみたら?」
 場所は浅草の公民館で、10月の下旬開催と書いてある。この日程なら文化祭は終わってるから行けるかな。

「ありがとうございますっ。わた、私、市原さんには、いろいろ教えてもらって、助けてもらえて」
「いいのいいの、そんなのお互い様。若者は年長者に教わるもんなのよ。私も若いころ、そうだったし。世の中はそうやって回ってんの」
 市原さんはいつものサバサバした口調で言った。

「これからも老人ホームのミニチュアでのやりとりは続けるから、よろしくね」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
 大変だったけど、お弁当屋さんのバイトをしてよかった。
 ここでバイトをして、市原さんに出会ってなかったら、私の人生、全然違ってたかもしれないなあ。

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