愛なんか、知らない。 第3章⑦二軒目のミニチュアハウス、完成
冬休みに入り、古谷さんにミニチュアハウスを渡すために老人ホームを訪れた。
「こんにちは、あなたが葵さんね」
市原さんと50代ぐらいの白髪交じりのおばさんが、入り口で待っていた。
「おばあちゃんも楽しみにしてるんですよ」
部屋に案内される。隣が市原さんのおばあちゃんの部屋で、市原さんから「後で隣にも挨拶してね」って言われた。
「こんにちは。私のわがままを聞いてもらって、ごめんなさいね」
古谷さんのおばあさんは車椅子に乗っている。今年の初めに転んで足を骨折して入院してから、介護が必要になったのだと古谷さんに聞いている。家ではお世話しきれないから、施設に入ることになったんだって。
「えと、こん、こんな感じで作ってみました」
壊れないように入れていた段ボール箱からそっとミニチュアハウスを取り出す。
とたんに、歓声が上がる。
「まあまあまあ、すごいわねえ」
「わ~、まさに昭和のタバコ屋さんだわ」
「タバコまで一つずつ作ってあるの? 細かいわねえ」
「葵ちゃん、前回よりもパワーアップしてるんじゃない? もっと細かくて、もっとリアルになってる感じ」
3人は「テレビに映ってるの、昔のドラマ?」「よくそこまで再現してるわねえ」と、釘付けになってる。
「あ、昔のドラマの画像をコピーして貼り付けただけです」
「へええ。何てドラマ?」
「これは『おしん』でしょ? 小林綾子ちゃんよね」
「へええ、お母さん、よく分かるね。私、『おしん』って見たことないのよねえ」
「学校に行ってたからでしょ」
「そうか」
私はドキドキしていた。
「おばあちゃんの人形は?」って聞かれるかな。そうしたら、「やっぱり、あるほうがいいですか?」って聞いてみよう。
「あら」
おばあさんが視線を止める。あ、言われるかな。
「椅子の上に乗ってるの、私が昔使ってた膝掛けね」
「ホントだ。あれ、お兄ちゃんにプレゼントされたんだっけ?」
「そうそう。正和が初任給で買ってくれてねえ。家にまだあるんじゃないかしら」
「今度、探して持ってくるね」
あれ、何も言われない。と思ったら、市原さんが。
「今回のは人形がないのね」
そうだよね、市原さんは気づくよね。
「あら、そう言われてみれば」
「や、やっぱ、おかしいですか? こ、今回は、思いきって人形なしで作ってみたんですけど」
「ううん、いいんじゃない? なんか、人形がないほうが、懐かしさとか、もの悲しさを感じるっていうのかな。今どきの若い子が使ってる、エモいって言うの? うちの息子たちがよくエモいって使ってるけど。あの言葉がピッタリな気がする」
市原さんの言葉に、古谷さんも「確かにそうね。人形がないほうが、切なさを感じる気がする。不思議ね」と同意する。
「この引き出し、ちゃんと開け閉めできるのねえ」
おばあさんは、すっかりミニチュアハウスにハマってるみたい。
ふと、ミニチュアに影ができていることに気づいた。
窓から西日が射しこみ、おばあさんの膝の上のミニチュアに影をつくっている。誰もいないタバコ屋に、影が伸びる。それがさらに郷愁を感じさせて。
いいな、こういう光景。
人形はないほうが、イメージが膨らむ理由が分かった気がした。
古谷さんから1万5000円いただいた。ミニチュアハウスを見に来た他の入居者さんからも「私のも作って」と言われて、また市原さんを通してやりとりすることになった。
嬉しい。来年も、こんな感じで作品を作ってお金をもらえたら嬉しいな。
帰りの電車の中で、スケッチブックを広げてコンテスト用の作品のラフを描き出した。
テーマは三世代の家。
古谷さんとおばあさんのやりとりを見ていて、それぞれの世代で観たテレビドラマって違うんだなって、当たり前だけど気づいたんだ。
そこから、三世代のテレビがある風景を描いたら面白いかもって思いついた。
一階はおじいさんとおばあさんの部屋。
昭和のブラウン管テレビがあって、コタツとミカンがあって。
二階はお父さんとお母さんの部屋。
薄型の大きなテレビがあって、ソファとテーブルがあって。リモコンも作らなきゃね。
三階は私たちの世代の部屋。
スマホをベッドの上で寝転んで見てる感じかな。うーん。机の上にはノーパソも置くと、若者って感じが出る?
思いついたことをスケッチブックに描いていく。
今まで真っ白なスケッチブックを前に、何も浮かばなかったのに。堰を切ったように、次々とアイデアがあふれ出す。
締め切りまで時間がないから、それぞれの階でリビングしか作れないかな。その代わり、細かいところまで作り込もう。望月さんのようにコンセントとか。電気のスイッチとか。
三階建てなんて初めて作るけど、できるかな。
それでも、やってみよう。ギリギリまで、限界まで。自分の限界を試すんだ、望月さんのように。
ああ、作りたい、作りたい、作りたい! ものすっごく作りたくなってきた!
ワクワクしっぱなしの私は、その日の帰りも宇都宮線に乗って、土呂まで行ってしまった💦
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「あら、優ちゃん、こんにちは」
おばあちゃんが、ニコニコと出迎える。
優は、すっかりこの家になじんで、「こんにちは、またまた日曜にお邪魔します~」と上がりこんだ。
二人で豆本を作って以来、優とは急速に親しくなっていった。
自然と、私は後藤さんから葵さんになり、葵になり、優さんは優になった。
呼び捨てで呼び合うのなんて、小学校以来かも。慣れるまではくすぐったい感じだった。
私がコンテストに出品することを話すと、優は「私でよければ手伝うよ」と言ってくれた。締め切りまで時間がないから、猫の手も、おばあちゃんの手も優の手も借りたい。遠慮せずに甘えることにした。
それから、毎週末は家に来て手伝ってくれる。おばあちゃんには優の境遇を話してあるから、自分の孫のように迎え入れてくれてる。
「今日も夕飯を食べて行くでしょ?」
「いいんですか? 静香さんの作る料理、おいしいから、大好き!」
優は人のおばあちゃんを「おばあさん」と呼ぶのはためらいがあるらしく、名前で呼んでいる。おばあちゃんはそのほうが嬉しいみたい。
「うわあ、一階が着々とできてるね」
リビングのテーブルの上に制作中のミニチュアハウスが置いてある。
三階建ての家を真っ二つにした造りになっている。一階は和室、ニ階と三階は洋室。それぞれの階を行き来できる階段もちゃんとつくってある。
優には庭の芝生を貼ってもらったり、子供部屋の本棚に置く豆本を作ってもらった。今日はニ階のマガジンラックに入れる雑誌を作ってもらおう。
「もう、私、豆本作家になろうかなってぐらい、豆本ばっか作ってる」
「他のをやってみる?」
「ううん、豆本作るの好き。何冊作っても飽きない。もう豆本職人だよ、私」
優に豆本を作ってもらう傍らで、私はニ階に置く布張りのソファを作る。スチレンボードに布を貼って綿を入れて、背もたれと座席部分、ひじ掛けを作る。それを組み立てながら貼り合わせていく。
優は「そういう作り方するんだあ」と感心している。
「このソファのクッションも作ろうかな」
「それも布で作るの?」
「うん」
「それぐらいなら、私でもできるかも」
おばあちゃんが紅茶を入れながら申し出てくれる。
「ホントに?」
「ええ。どんな柄がいいかしら」
「うーん、ソファは空色だから……」
「雲柄のクッションとか、どうかしら」
「かわいいけど、そんなに小さな雲柄の布ってないかも」
「ああ、そうね。ちっちゃなちっちゃなクッションだものね」
「無地でクッション作って、後で絵の具で雲を描くなら、アリかも」
3人で紅茶を飲み、クッキーを食べながらワイワイと話してたら、「あ」と優がティーカップを置いた。
見ると、キッチンにお母さんがいる。髪はボサボサで、ジャージもずいぶんクタクタになってる。
お母さんの姿を見るのは3日ぶりぐらいかもしれない。年末もお正月もずっと部屋に籠っていて、私やおばあちゃんが一階にいない時を見計らって降りて来るみたいだ。
部屋ではテレビを観ているか、スマホを見ているか、みたい。ご飯は冷蔵庫の残り物を食べたり、自分で何か取り寄せて食べてるっぽい。
「こんにちは。お邪魔してます」
優が挨拶してもガン無視して、冷蔵庫からお茶を出して飲んでいる。
「理沙、こちら、葵ちゃんのお友達の優ちゃん」
おばあちゃんがフォローしても、チラリと見ることもなく、キッチンを出て行った。
「もう、あの子は……。いつまで部屋に籠ってるつもりなのかしら」
私も優も何も言えない。
あんなに何もかも完璧だったお母さんが、こんなにもろく壊れちゃうなんて。
お父さんに言っても、「LOINをブロックされてるから、連絡を取れない」なんて言う。電話する気も、直接会って話す気もないってことだ。
家にあるお母さんの荷物も一向に取りに行く気配がないから、「貸倉庫に入れとくって伝えておいて」とお父さんから言われた。それをドア越しに伝えても、何の反応もなかった。
家はすぐ売れて、3月に引き渡す予定だって聞いた。
私はおばあちゃんと一緒に年末年始に何度か足を運んで、ミニチュアハウスとか本とか洋服とか、おばあちゃん家に移せる荷物を運んだ。
最後にガランとした部屋の写真を撮る時は、思わず泣いちゃったけど。
初めて自分の部屋を持てて、あんなに嬉しかったのに。
あっけなく、私の家族はバラバラになった。もう戻れないのかな。家族って、こんなにもろいものなのかな。
もう、やり直せないのかな。
なんて、今もどこかで期待してる、私。叶うことはないって分かってるのに。
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