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愛なんか、知らない。 第2章⑧みんなでミニチュア作り♪

 その日も、放課後は班ごとに制作をしていた。
 うちのクラスのミニチュアは校内でかなり話題になってるらしく、いろんな先生や他のクラスの生徒が様子を見に来る。
 美術部の先輩や同級生も、見学に来た。

 ミニチュアの指導をすることになってすぐに部長さんに相談すると、「それは大変だね。夏休み中に正門アーチの模型は後藤さんに作ってもらったし、後はこちらで作業をするから、大丈夫だよ」と言ってもらえた。
 文化祭に出品する油絵も夏休み中に完成させておいたから、美術部の活動をしなくてよくて、何とかなってる。

「うわあ、小さな本を作ってるの?」
 部長さんが手元を覗き込んで目を丸くする。
「は、ハイ。まめ、豆本って言うんです。教科書やノートは粘土で作るより、紙でつくるほうが早いし、ホンモノっぽいなと思って」
「へええ~、これ、ホンモノの教科書?」
「ほ、ホンモノの教科書を12分の1にカラーコピーしたんです。パソコンでデザインする方法もあるんですけど、ホンモノを使ったほうが面白いかなって」

「うんうん、面白い! リアル現国の教科書だ~」
「コピーしたのを切り取って、折り畳んで本にするんだ。なんか、子供のころ、こういう小さい本を作った記憶がある」
「ねえ~、懐かしい!」
「わっ、中もちゃんと教科書になってる! 何ページかコピーしてあるんだあ」

「あの、先輩たち、あんまり見られてると緊張します……」
 明日花ちゃんが弱々しく言うと、
「ああ~、ごめんね! 見てるだけで楽しくて」
「そうだよね、見られてるとやりづらいよね」
 と先輩たちは苦笑した。
「後藤さん、文化祭が終わったら、うちらにもミニチュアを教えて。みんな作りたがってるから」
「ハ、ハイ、もちろん!」
 先輩たちは「頑張ってね~」と去って行った。

 人に教えるのは、だいぶ慣れてきた。
 もちろん、今でもどもっちゃうし、どう教えたらいいのか分からなくてパニクることもあるけど、何とかなるもんだと分かってきた。
 それに、みんな作ることに夢中で、私のしゃべり方がどうとか、気にならないみたい。
 そんなもんなんだなあって、なんか、気が楽になったっていうか。どもりが少なくなってきた。

「私、カッターマットとデザインカッター買っちゃった!」
 明日花ちゃんはニコニコしている。
「私も! 100円ショップで買えるしね」
「樹脂粘土も買っちゃった♪ 樹脂粘土でアクセも作れるんだねえ」
「うん。それを専門に作ってる人もいるんだよ」
「私、お弁当箱の中身も作りたい」
「あ~、いいね! おにぎりを入れるとか?」
「そうそう。後は卵焼きとかソーセージとか。葵ちゃん、作り方教えてくれる?」
「もちろん!」

 いつの間にか、私は自然にみんなの会話に入り込めるようになった。みんなと名前で呼び合うようになって、距離がドンドン近くなってく。
 ああ。この役割、引き受けてよかったなあ。
 そんな風にしみじみとしている横で、優さんは黙々と豆本を作っていた。
「み、水木さん、丁寧だね」
 私が話しかけると、優さんは顔を上げて、じっと私を見る。その鋭い目。何もかも見透かされてるようで、ドキドキする。
 他の人のことは名前で呼べるようになったけど、優さんだけ、どうしても「水木さん」になる。なんか、優さんにはしっかりと距離を置かれてる感じがして。

「ホホラ、線に沿って、キレイに切ってるから。ボンドのつけ方もキレイだし」
「ホントだあ。私なんか、線の内側を切っちゃってるよ。見えないからいいかって」
「私も。ボンドでベタベタ」
「性格が出るよねえ」
 優さんはみんなの会話に興味なさそうな顔をしてる。
 
「み、水木さん、この間の洋書も作ってみたら? えの、絵の具でこの辺とか塗れば、古びた感じも出せるんだよ」
「へええ~、面白そう」
 優さんはちょっと首を傾げてから、「うん、やってみる」と短く答えた。
 優さんは、誰かが話しかけたら話すけど、基本的には自分からは話さない。話しても、短く答えて終わり、なのは前と同じだ。
 みんなといるのに仲間外れな感じ。私もずっと、そんなポジションだった。
 だから、優さんに、なるべく話しかけるようにしてる。
「一緒に話そうよ。楽しいよ」って心の中で呼びかけながら。
 でも、優さんはなかなか心を開かない。もったいないな。ここのみんなは、いい人ばかりなのに。

 その時、岩田先生が顔を出して、「児玉~、いるか~?」と声をかけた。
「児玉さんは帰りましたあ」
「なんだ。みんな準備してんのに。しょうがないな」
 それだけ言うと、さっさといなくなる。岩田先生は放課後にクラスのみんながミニチュアを作っていても、ほとんど顔を出さない。吹奏楽部の指導で忙しいのかもしれないけど、あまりにも興味なさすぎな気もする。

「岩田ちゃんって、えこひいきするよね」
 明日花ちゃんが声を落とす。
「するする。児玉さんと滝沢さんには、すっごい優しいもん」
「私、前、先生に保健体育の質問しに行った時、児玉さんと滝沢さんと楽しそうに話してて、『お前らなあ』って頭を軽く叩いたりしてデレデレしてんの。でも、私が話しかけたら、『え? これぐらい、考えれば分かるんじゃない?』って言われた……」
「ええっ、何それ、ひとすぎる」
 みんなでコソコソ言い合う。

 私は黙り込んだ。文化祭のことは岩田先生に相談しようとしても、「あ~、オレには分からんから美術の先生に相談して」って言われるから、美術の先生や尾野先生に相談している。
 それを話したら、「岩田ちゃんひどすぎる」って盛り上がるだろうけど、悪口みたいで、言う気になれない。

「後藤さん、ちょっといい?」
 呼ばれて振り向くと、凛子さんと、凛子さんの班の子が立っている。
「私たち、児玉さんと滝沢さんと同じ班なんだけど、二人とも、一度も放課後残ったことないんだ」
「えっ、そそうなんだ」
「どんなに頼んでも、『実行委員会があるから』とか言うんだけど、そんなに毎日委員会があるわけないし」
「ってか、他のクラスの子に聞いたら委員会やってないし」
「昨日の帰り、あの二人がカラオケ屋から出てくるのを見ちゃったんだよね。男子と一緒だった。私たちに押しつけて、自分たちは遊んでるんだもん」
「ひどいよねえ」
 4人は口々に話す。

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