愛なんか、知らない。 第4章②それぞれの道
その日の講義は英語と深層心理学だった。
私は講義を受ける時も、基本、一人だ。
いつものように、まわりはあっという間に友達をつくって、いくつかのグループができてた。
高校では何人もの友達ができたけど、大学ではふりだしに戻って、私はやっぱり自分からは人の輪には入れない。
ただ、ミニチュアの知り合いが何人もできたから、学校で友達がいなくてもいいかって思ってる。人の目を気にしないで一人で学食で食べてるところは、高校時代とは大きく変わった。
後は、何だろう。髪にゆるくパーマをかけてみたぐらいかな、変わったのは。
朝、毛先がはねてるのを直すのが面倒だからパーマをかけたっていう、全然オシャレな理由じゃないけど。圭さんには「葵ちゃん、オトナっぽくなったね」って褒めてもらえたから、いいか。
他の子みたいにファッションには興味がないし。合コンとかサークルも興味ないし。
なんか、全然、女子大生っぽくない生活を送ってるよね、私。
優は高2で念願のアメリカ行きを果たして、1年間留学した。
帰って来てから、「もう日本にいる意味ない」ってキッパリと高校を辞めて、大学に入るためにアメリカに行ってしまった。アメリカで支援してくれる人を見つけて、その人のところに下宿することにしたみたい。
たまにスカイプで話すけど、優は「こっちの大学は宿題が多くて大変」って言いながらも、イキイキしてる。きっともう、日本には戻って来ないんだろうな。優はアメリカで自分の居場所を見つけたんだ。
私もいつか、優に会いにアメリカに行きたい。そのためにもお金を貯めよう。
明日花ちゃんたちは、東京の大学に合格して、女子大生してる。私と違って、合コンとかサークルとか、女子大生っぽいことをどんどんしてるみたい。
もうミニチュアでキャーキャー言うことはない。話が合わなくなっちゃって、数か月で連絡は途絶えた。
ちょっと寂しいけど、学生時代の友達ってこんなもんなのかな。
その日の夜、市原さんからLOINで連絡があった。
市原さんのお母さんも昨年亡くなって、ミニチュアハウスは市原さんが引き取って家に飾ってるって言ってた。市原さんが行かなくなってから、老人ホームの作品作りはフェイドアウトしていった。
「老人ホームの職員さんが、ミニチュアのワークショップをやってほしいって。葵ちゃんが大学生になるまで待ってたみたいよ。詳しいことは直接やりとりして聞いてほしいんだけど、どうかな?」
私は即「面白そう、やります!」と返した。
「え~、お年寄り相手のワークショップなんて、大変じゃない? そんなのやめとけば?」
お母さんはイヤな顔をしたけど、気にしない。
私も圭さんのように、自分のワークショップをやってみたい。
高1の文化祭でみんなに教えたのは、今思い返してもいい想い出。楽しかったなあ。おばあちゃんに教えた時間も、私にとっては宝物だ。
大勢のお年寄り相手だとあんな風にはいかないだろうけど、やってみよう。
施設の職員さんと何回か打ち合わせをして、どんなものを作ればいいのか、意見を出し合ったけど、なかなか決まらない。
お年寄りだから、あんまり複雑なミニチュアは作れないだろうし、ミニチュアハウスを短時間で作るのもムリ。
いっそ、豆本にする? でも、デザインカッターを使うから、危ないか。どんなものを作ったら喜んでもらえるかな。
粘土のように手先を使うものだと、脳のトレーニングになっていいかも、って職員さんは言ってた。うーん。おにぎりやクロワッサンは小さすぎるから、難しそうだよね。サイズを大きくしてみようかな。老人ホームのワークショップなら、12分の1って厳密にしなくてもいいだろうし。
モヤモヤしながら、優にスカイプで相談してみた。
「お年寄り向けかあ。どうだろ。静香さんは、どんなのを喜んで作ってた?」
優は今、アパートをルームシェアして暮らしてる。髪を金髪に染めて、ピアスをいくつも開けて、すっかり現地になじんでる感じ。
優の横にはゴールデンレトリバーが舌を出しながら画面をのぞき込んでる。ルームメイトが犬好きで、優とはすぐに話が合ったみたい。
「おばあちゃんはおにぎりを作るのが楽しかったみたい」
「あれは、確かに楽しいよね。梅おにぎりとか、鮭とか、いろんなアレンジができるし。あの世代の人なら、お弁当はおにぎりが定番だったんじゃない?」
「そっかあ。ご飯粒を一つずつ作るのは難しいかなって思ったんだけど。そこまでしなければいいのか。おにぎりだけじゃ寂しいから、やっぱお弁当かな。それなら、おにぎりと卵焼きと鮭とか。それぐらいなら、お年寄りでも作れるかな」
「そういえば、この間、ルームメイトの家に遊びに行ったら、グランマがパッチワーク作ってた。70代なんだけど、あの年齢の人って、手先が器用だよね。昔は何でもかんでも、自分の手でやってたから。電動ミシンとかなかったからね」
「そっかあ。それなら、色付けも自分でやってもらうかな」
優はレトリバーを抱き寄せて頭にキスしてる。ホントに仲よさそう。
「なんか、優と話してると頭がスッキリしてくる感じ。ありがとう」
「ううん。私も葵と話すとホッとする。こっちではずっと英語漬けだから、日本語が恋しくて」
「そっか」
きっと、家族とは全然連絡取ってないんだろうな。
「豆本、こっちでも作ってるよ」
「ホントに?」
「うん。ちょっとしたプレゼントであげると喜ばれる。こっちの人は感情表現が激しいから、『あなた、こんなのを作れるの? 天才だわっ』ってすっごい褒められる。犬小屋の写真も見せたら、私にも作ってって言われた。今度、作り方教えて。作り方忘れちゃった」
「うん、いいよ!」
「『私の友達はもっとすごいよ』って葵の作品の写真を見せたら、みんな『私にもミニチュアハウスを作ってほしい』って興奮してたよ。そのうち、アメリカに送ってもらうかも。そしたら、海外進出じゃん! すごいよ葵!」
「うん、そうなったら嬉しいなあ」
優はアメリカでもミニチュアを作ってくれてるんだ。なんか、嬉しい。優の人生に私が関わった感があるって言うか。
離ればなれになったのは寂しいけど、きっと、これからもつながってるよね、私たち。
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