愛なんか、知らない。 第3章さよならの家 ①新しい日々
文化祭が終わって、一週間が過ぎた。
私はすぐには気持ちを切り替えられなくて、流されるまま過ごしてた気がする。
文化祭の前と後では、いろんなことが変わった。
お昼は、私も優さんも明日花ちゃんたちと一緒に食べるようになった。
優さんは相変わらずポーカーフェイスだけど、明日花ちゃんにいじられて、ちょっとずつ心を開くようになったみたい。たまに笑顔を見せるようになった。
児玉さんと滝沢さんは、それまではリーダー格だったのに、今はクラスで浮いている感じ。みんな二人と話さないようにしてるから、居心地が悪いらしく、お昼にはいなくなってしまう。
岩田先生も二人には冷たくなった。
急に私を、「後藤、文化祭はよく頑張ったな。後藤のお陰で、うちのクラスの出し物は大成功したようなもんだよ」って褒めるから、「先生、どうしたんですか?」って思わず言いそうになったぐらい。
美術部でもミニチュアを教えることになった。
みんなパンやおにぎりを作るのにすっかりハマっちゃって、本格的なミニチュアハウスを作ろうって盛り上がってる。
ミニチュアの楽しさをみんなに知ってもらえて、嬉しい。ミニチュアを楽しそうに作ってるみんなの姿を見てるのって、最高にハッピー♪
そして、お母さんも一緒におばあちゃん家で暮らしている。
どうやら、家の鍵を失くして入れないみたい。お父さんにはお母さんが帰って来たって伝えたから、たぶん、お父さんからも連絡が行ってるだろうけど、家に帰る気配がない。
いったい何があったのかをおばあちゃんが何度聞いても、お母さんは何も言わない。
おばあちゃんはお母さんを勘当してるのにしれっと居座ってるから、どうすればいいのか分からないみたい。家の中には微妙な空気が漂ってる。
お母さんは昔の自分の部屋に閉じこもってる。
ドアがうっすら開いていた時にチラッと見たら、ベッドに寝っ転がってスマホをいじってた。化粧もしないで、髪もボサボサで、ジャージ姿。ベッドの周りにはビールの空き缶が転がっている。そんなお母さん、今まで見たことがない。
仕方ないから、おばあちゃんは部長さんに連絡した。
部長さんの話によると、タイの会社でもパワハラモード全開で、現地の社員さんにビシビシ怒ってたら、みんな一斉に会社に来なくなっちゃったみたい。
抗議が日本の会社に行って、部長さんが現地に飛んで行ってみんなを説得していたら、今度はお母さんが会社に姿を見せなくなったんだって。住んでいたアパートに部長さんが行ってみたら、すでにお母さんの荷物はなかったって。
つまり、お母さんは仕事をほっぽりだして、日本に逃げ帰って来たってことになる。
部長さんが何度も連絡をしてるみたいだけど、辞表をメールで送って、それっきり。部長さんも困り果ててるんだって。
おばあちゃんが「せめて最後は会社に行って、部長さんたちに謝って来なさい。迷惑をかけたんだから」と説得しても、お母さんは動こうとしない。
「いったい、どうしちゃったのよ」
おばあちゃんは、ついにシクシクと泣き出してしまった。
「あなたがそんな風に壊れちゃったのは、私のせいなの?」
おばあちゃんが自分を責めても、お母さんは背を向けて何も言わない。誰とも何も話そうとせず、一日中スマホをいじってる。
私も、恐る恐る「鍵持ってるから、家に行く?」って言ってみたけど、ガン無視された。廊下で会っても目も合わせようともしない。私に怒ってるのは分かるけど……それなら、どうしておばあちゃん家にいるの? アパートでも借りたらいいのでは??
昨日も宅急便が届いて、何かと思ったら、ビールやおつまみ、カップ麺だった。
もしかして、お母さん、引きこもりになりかけてる??? 大人なのに?
お父さんにお母さんのことを相談しても、
「今は会社を辞めてヤケになってるんじゃない? 落ち着くまでほっとけば?」
と言われただけ。
お母さんと会って話すつもりはなさそうだし、つまり、関わり合いになりたくないってことね、って私は解釈した。離婚したら、こんなもんなのかな。
私には何もできない。どうしようもない。
お母さんの部屋の前を通る時は、足音を忍ばせる。そこだけ、ひんやりとした糸が張り巡らされてるみたいだ。
モヤモヤした気持ちを吹き飛ばすために、市原さんから教えてもらったミニチュアの展覧会を観に行くことにした。
その展覧会は、浅草にある貿易センターの1フロアで行われていた。
私は浅草に行くこと自体初めてで、しかも一人で行くなんて、大大大冒険だ。
浅草駅はものすごい人手で、それだけで人混みが強烈に苦手な私はめまいがした。
池袋のハンズに行った時みたいに、気分が悪くなったらどうしよう……って思ったけど、私が行く方向はメインストリートじゃないみたいで、徐々に人が減っていっていった。ホ。
横目に浅草寺が見える。せっかく来たけど、きっと大勢の人がいるんだろうな……。うん、いつか、誰かと一緒に来よう。
何とか貿易センターに辿り着いて、会場になっているフロアに一歩足を踏み入れると、予想以上に大勢の人でにぎわっていた。
フロア中に出品者さんのブースが並んでいる。パンフレットでフロアの案内図を見たら、100個ぐらいブースがあるみたい。こんなに、ミニチュアを作る人が世の中にいるなんて!!!
作品が展示されてるだけかと思っていたけど。ここは、ミニチュア作家さんの作品を売る場なんだ。
入口入ってすぐのところに、和風の庭のミニチュアを専門に作っている作家さんの作品が並んでいる。
枯山水って言うんだっけ、こういうの。こっちは鹿威しかあ。カコーンって音が聞こえそう。この池の水、ホントの水っぽい! すごいな、何の素材で作ってるんだろ。あ、この、石灯籠にモミジの葉っぱが散ってる作品もいいなあ。池にもモミジが散ってて、キレイ。侘び寂びって、こんな感じ?
食い入るように見ていた私は、作品ごとに値札が貼ってあることに気づいた。
1、10、100……えええええっ、こ、この作品、200万円!? 20万じゃなくて? 20万でもビックリだけど。こっちの小さい作品でも、7万円。はああ。プロの作品って、すっごい高額なんだ。しかも、売約済みって。ポンと買えちゃうお金持ちがいるんだあ。
いきなりプロの世界の洗礼を受けてる気分💦
作品を売ってるおじさんは、常連さんっぽい人と談笑してる。この人が、この作品を全部作ったのかな? すごいなあ。
その隣のブースは、豆本屋さんだ。
いろんな豆本が陳列棚にずらりと並べてある。
文化祭で作ったばっかだけど、なんかレベルが全然違くて、自分の作品が恥ずかしくなる。。。
「あ、あの、手に取ってみて、いいですか?」
おそるおそる聞いてみると、「もちろん、いいですよ」と、女性の豆本作家さんはニコリと笑いかけてくれた。
黒地に金箔で模様が描かれている箱に、豆本が入っている。
「すごい、箱まで作ってるんですね」
「ええ、箱に入ってる本って、なんか特別感あるっていうか、箱から引き出す時にワクワクするんですよね」
「分かりますう~」
そっと箱から本を引き出すと、カバーはえんじ色の地に金箔で模様が描かれている。
「す、すごい、これ、ホンモノの革ですか?」
「そうなの。よりホンモノっぽく作ろうと思って」
本を開けてみると、
「わっ、わっ、わっ、家?」
「そう、表紙と背表紙がくっつくようにクルリと360度開いたら、ドールハウスになるんです」
「すごい、すごすぎるっ」
「これはお菓子の家の本。4つの部屋に分かれてて、キャンディーの部屋、ここがチョコレートの部屋、こっちはクッキーの部屋、隣がケーキの部屋。ちゃんと、部屋と部屋を行き来できるようになってるんですよ」
「すごいっ! これ、ミニ立体絵本ですよね。全部、紙で作ってるんですか?」
「そうなんですよ~」
「こんなちっちゃいのを……すごい、すごすぎますっ」
語彙力のない私は、「すごい」「すごすぎる」しか言えない。
うっ、でも、7000円もするんだ……そうだよね、これだけ凝った作品なら、それぐらいするのは当たり前だよね。
豆本作家さんは、私が値段に躊躇してるのに気づいたのか、
「これ、自分で作るキットもあるんですよ。自分で作ってみるのが苦じゃないなら、キットを買って作るっていう手もあります」
と勧めてくれた。
キットは完成品の半額だから、それなら何とか買える。
迷いに迷って、人魚姫の海の館のキットを買うことにした。
これ、優さんにも見せよう! 一緒に作ろう!
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