幸せをテーマに書いてみよう「半年遅れのプロポーズ」
「なんで、初めて聞くような国に行ったのだろう。ホテル業界にあこがれてホテルに就職したのはわかるけど、なぜ日本を離れて?」
ヒロシは、半年ぶりに恋人のマリコがいるブルネイ・ダルサラーム国に向かう、ロイヤルブルネイ航空の機内で眼下に見える雲を眺めていた。機内では、ムスリム国家で良く見かける被り物ヒジャブをしたCAの姿が印象的である。
ブルネイは東南アジアのボルネオ島にあり、周囲をマレーシアに囲まれている小さな国。天然ガスが採掘されるので、日本とはそういった関係が深い。
ヒロシは、近所の同じ年の幼馴染で、大学まで同じだったマリコと自然と交際した。無事に一部上場企業に就職し、エリートサラリーマンとして数年。ホテルに就職したマリコとはさすがに会社が違っていたが、それでも毎日のように連絡を取り合い、休日はデートを楽しんでいた。
そして今から半年前にいよいよマリコにプロポーズをしようとしたら、マリコが突然日本を離れてブルネイという国に行くという。
「ブルネイ?なぜそんなマイナーな国に。俺、実はマリコと結婚を本気で考えていたのに」
「私、独身の間に、まだやりたいことがあるの、だからヒロシ君ごめん。結婚はあと2・3年待って」といわれてしまった。
ヒロシは、マリコへの怒りがこみ上げるのをおさえながら、「わかった」といってその場を引きさがった。
そして、その後、マリコが日本を旅たってからも、ずっと頭の片隅に残る疑問とマリコへの不満は募った。
だが、ヒロシはマリコと別れようとは決して思わなかった。物心ついた時から常にそばにいた女の子。そして同じように大人になり、そのまま自然と恋人になったふたり。
子どものころから数えても、ほぼはじめて距離が離れて生活することになっていた。今はネットを使えばいくらでも連絡は取り合えるが、リアルに会えないのはどうしても寂しさがある。
今回、ヒロシが1週間の休みが取れたので、とにかくマリコに会いたいとの一心で日本を飛び出した。ヒロシはマリコのことを頭に浮かべていたのか、気が付けば、飛行機がブルネイの首都バンダルスリブガワンの空港に到着。
淡々と入国手続きを済ませると、半年ぶりに会うマリコの姿がそこにあった。
「マリコ焼けたな」「ヒロシ君、ここは日本と違ってずっと暑いからね」そう簡単なあいさつをするとマリコとタクシーでホテルに向かった。
この日はブルネイにあるリゾートホテルであった。このホテルはマリコが、主に日本人客相手のコンセルジュとして就職しているホテル。ヒロシが来ている間はマリコも休みだったが、当然ホテルのスタッフは顔なじみばかりなので、現地の言葉であいさつをしながらヒロシを紹介する。そうするとスタッフは笑顔でヒロシに英語で話しかけてきた。
そのやりとりを見た時のマリコの表情は、日本で見かけたこともなく生き生きとしているのがわかる。
「そうか、マリコはここで働くことは本当に生きがいなんだ」ということは、当分マリコとは独身同士の方が良いのかもな」と、ヒロシは結婚だけが幸せとは限らないことを感じとった。
翌日は、マリコの案内でブルネイ・バンダルスリブガワンの町を案内してもらった。この町は常夏のリゾートの島々とは違ったが、世界有数の資産家といわれているブルネイの国王の絢爛豪華な博物館に展示している宝物や、威厳を感じるモスクの数々を見学した。
またガイドブックでも紹介されている、水上生活者の家などにも遊びに行った。
いずれにせよ、ブルネイの町は普段ヒロシがいる日本とは全く違う。案内してもらいながらヒロシは、こんなところで生活しているマリコがうらやましかった。中心部から少し離れていた町のショッピングセンターで買い物をした後は、一旦マリコが住んでいる部屋に立ち寄ってからホテルに戻る。
ふたりはレストランで食事をとっていると、マリコは意外なことをヒロシに伝えた。
「ヒロシ君、私思ったけどやっぱりヒロシ君とずっとこうして一緒にいたいの。だから私たち結婚しない」
「え?でもこの仕事は、マリコがあんなに楽しそうにしているから。俺は結婚は当分無理だと思っていたのに」
「もちろん、今すぐに日本には戻れないけど、取りあえず籍だけ入れたいなと思って。私、2か月後にいったん日本に戻るからその時に」
「そうか、籍だけ入れて別々に生活するということか」
「取りあえずはね。でもあと1・2年で私日本に戻るから、それまでのお願い。私ここに来て思ったの、なんとなくこのままだとヒロシ君と離ればなれになりそうで、すごく不安になってきたの」
そういいながらマリコはヒロシの身体に顔を寄せた。
ヒロシは、マリコの肩に手を置くと、耳元で「わかった」と、マリコとの幸せをかみしめながら、半年遅れのプロポーズの返事につぶやきながらうなづいた。
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