「#旅のようなお出かけ」企画に参加してくれた、 さや香さんの「遠足のしおり」を読んだ感想。
人は生まれて最初の「お出かけ」と言えば、両親をはじめとした家族と共に行います。その次に友達同士とかになるのでしょう。
それとは別に「遠足」というものがあります。小学校で行く、このお出かけ行事にちなんだのが今回の物語。
第10弾は落語ジャーナル・さや香さんの参加作品「遠足のしおり」、懐かしい遠足の思い出かと思いきや。
1、時空を超えた旅のヴァーチャル行程
1週間前に起こった不幸。長く付き合っていたパートナーとの別れ。そんな衝撃的な状況でダメージが続いていた主人公が、見つけたもの。それを手にしたときに、遥か時空を超えた子供時代に記憶が戻ります。
それは「遠足のしおり」。それだけなら懐かしい学校の行事というだけで終ります。ところがこの「しおり」そういうものとは違う。かつて病弱で遠足に行けなかった、主人公のヴァーチャルでの遠足のプログラム。
空想で行きたい遠足(お出かけ)先を病室で考えながら書いてみる。頭の中だけでも旅をしたかったのでしょう。
2、ヴァーチャル世界を表現する落語との出会い
そんな主人公、唯一楽しめたものがありました。それが「落語」蕎麦やら煙草を、あたかも本当にそこに存在するように演じる噺家の世界。彼らもある意味、バーチャルの世界の表現者だと思います。なにしろ実在しないものを音(声)とジェスチャーだけで表現しているという点では、主人公の空想旅行と相通じるものがあったのかもしれない。だから落語であればたとえ病室でも、カセットテープ(レトロ感がありますね)から流れる音だけで、その世界に引き込んでくれます。主人公が「パスポート」と呼ぶ理由も頷けます。
3、ヴァーチャル行程は実現された!
「みんなで」に加われないから「自分だけのもの」を構築。その集大成が「遠足のしおり」でした。その内容は当時の限りある情報を元に書いたから実際に不可能な設定もあります。でもそれは大人になった今だから解ること。それでいいのです。だから実現可能な範囲で、その「遠足のしおり」をもとにできるだけ忠実にお出かけしようと。
まさか
「過去の旅を、未来でたどる」
そんなことができる、『“時空を超えた”遠足のしおり』になるとは思わなかった。
もし、10年来の別れが無ければ実現しなかったかもしれない。それもあのダメージが冷めやらぬ状況で出てくるこのタイミング。全てにおいて「行程実現」へのおぜん立てが整ったのです。
かつて見舞いに来てくれた叔母との思い出が残る寛永寺の参拝。
でも不忍池ではお昼は食べない。今はお金に余裕があるから、近くの伊豆栄でじっくり味わうホクホクのうなぎをおいしくいただきます。また焼き加減の香ばしさと、うなぎの身に絡みつくタレの調和のとれた味わいが最高の気分に。その余韻を残しつつ鈴本演芸場で堪能する落語の数々。
上野と言えばジャイアントパンダや西郷隆盛像あるいは国立博物館とかがクローズアップされがちですが、そうではない粋な上野のお出かけ。読みながら疑似体験させていただきました。
「遠足のしおり」にはその後、新宿編があります。行けない距離ではないが、東から西へは意外とと距離がある。だから無理に回る必要もない。パーラーと末廣亭は次回の楽しみなんでしょうね。
4、新しい生活に向けて
「遠足のしおり」を元に、時空を超えたお出かけを無事に終えた主人公。しかし10年来の付き合いのあった男との別れはそう簡単には行きません。
作品を通じて男とは学生時代から知り合い10年。ところが海外赴任になってから毛色が変わる。赴任が延長になるならと遠距離関係が続く。
そしてかつてふたりが付き合い始めたころには、既に今の自分たちの年齢になっている女。職業に恨みは無いけど、その女がやっているというだけで恨めしくなります。
さらにいくら高級品だからって、割れたバカラを選ぶというあの判断。悔しさと悲しさが入り混じったお出かけ。本来笑うために演じられる噺なのにそれを聞いて涙する... ...
でも最後に出て来た娘の存在。もう一つのボロボロのしおりが出てくる。百人一首の下の句札をしおりに使った男はもういない。でも娘がいる。ここはまだまだ途中駅。新たな生活に向けて終着駅を目指す人生の旅は続くのだ。
そして、この作品の凄いのは、最後に注釈がある点。難しいキーワードは本文中に登場人物に語らせる方法を取ることも考えられます。でもそれをすると作品全体のバランスがおかしくなるなどできないときは、最後に注釈があると、読んでいる人間にとってはありがたい情報ですね。
あれ「自然対数乃亭吟遊さん?」この人って確か、台湾からのクルーズ船の... .... あ、それはこれ以上追及しないでおきましょう。
5、もし私がこの小説書いたら?
そうですね。たとえば最後に主人公の娘が出てきて、その父親は別れた男と読めます。となればこの男との関係が法的な結婚なのか実質婚なのかを明確にしたいですね。結婚していたら離婚で慰謝料の問題でのやり取り。実質婚なら何もないけど、「もし籍を入れておけば、海外の遠距離状態でも引きとめられていた。式場で働く髪結いの女にも勝てたはず」といった言葉を追加しそうです。
あとは実際に行かれて、そこで涙した演芸場について、もう少し詳しい情報があればという気がしました。落語が裏のメイン的な存在になっているためでしょうか?それがちょっと弱く感じたのです。噺の具体的な内容は難しいかもしれませんが、たとえばチケット売り場のこととか席の配置。可能であれば登場する落語家さん(該当の話を得意とするベテランとかの名前それを入れるのが諸事情で無理ならニュアンスでごまかす)の様なものを入れて見たいですね。
まとめ
落語には精通されていますが、小説は初めてというさや香さんの作品はとてもはじめてとは思えない展開・ストーリに驚きを隠せません。
そして時空をうまく「お出かけ」と絡ませていて、目の前にある現実と過去の追憶が上手く混ざり込んだ作品で楽しませてもらいました。
さらに付け加えるように、落語というエッセンスが良いあんばいに混ざり込んでいました。
そんな、さや香さんも今、企画を開催中です。誰でも気軽に参加できる、創作落語のシナリオ「心灯杯」を募集されています。
2020年9月5日 23:59 まで受け付けているそうです。あと3日余りですが、もしチャレンジされる方は是非どうぞ。
ちなみに先日私もチャレンジしてみました。さや香さんらと出会う前までは、私の落語の知識などは素人というか初心者レベル。笑点とかテレビに出ている落語家さんを少し知っている程度です。だから動画でプロが演じている落語みながら、見よう見まねで書いてみました。
※事前エントリ不要! 飛び入りも歓迎します。
10月10日までまだまだ募集しております。(優劣決めませんので、小説を書いたことが無い人もぜひ)
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