窓を見る猫


ここはタイの首都大都会バンコクの街の中にある、とある高層マンションです。
3階の一室では、一匹のオスの白猫が窓を見ています。
白猫は三角に尖った耳と足の先と尻尾、そして顔の前だけが黒くなっていて、サファイヤのような青い瞳をしているシャムネコでした。

この猫は生まれたときから人間の手によって大切に育てられました。
生後3ヶ月の子猫の時にペットショップにいたところを、ちょうど日本からある上場企業のバンコク支社長として駐在することになった、家族たちの一員としてマンションに引っ越してきました。
3人家族であるご主人様たちからは、その毛並みの良さと、彼が正統なシャムネコであることを気に入られました。
それから家族の一員としてこの家にやってきたのでした。

本場タイのシャムネコということもあって、非常に可愛がられ大切に育てられました。
栄養のバランスを考えた食事を与えられ、冬も夏も年中空調の効いた快適な家の中で、何の不自由も無く生活して、気が付けば2年がたちました。
ところが最近どういうわけか、マンションの窓を覗き込むことが増えてきました。

「うーん、ここから先にいろんな物が見えるけど、ここから先にはどうしても進めないにゃー。いったいこの先には何があるんだろう?」
ご主人様の家族からは「外に出ては危険だから」
と、ベランダの窓の鍵もかけられています。

しかし、そろそろ人間の年でも大人になろうという彼は、とにかく好奇心が旺盛。
外に出ることができないことに日々退屈を感じているのでした。
「ラップラオ! ちょっとそこどいてね。空気入れ替えるから」
ご主人様のひとり母さんにいわれて、その場を離れるラップラオという名前で呼ばれるシャム猫。

母さんが窓を開けている間は外を覗くことが出来ません。
「ラップラオは外に出たらダメよ! 外は危ないから中で遊んでね」
人間とはいえ、子猫の頃から愛情いっぱいに可愛がってくれた母さんに優しく言われると、おとなしく従うラップラオ......。

ドアが開いているから、いつでも外に出れるけど、その勇気がありません。
母さんに怒られるかもしれないし、それ以上に外には何があるかわからないので怖いのです。

ただ部屋の中では味わえない自然の風を、この時ばかりは体に感じることが出来るだけです。
この日もここまではいつもと同じでした。

その時に電話のベルが鳴りました。
「アラ!電話ね!」 いつもならすぐにドアを閉める母さんが、この日は閉めるのを忘れて電話に出ます。
電話の相手は母さんの親友からのようで、母さんはドアを閉めるのを忘れて長い会話が始まっていました。

ラップラオはしばらく考えたが、ふと「行ってみよう!」と思うと、恐る恐るドアの外に出る決心をします。
「怒られるかな、でもちょっとだけなら」こうしてラップラオは初めて外に出ました。

「ラップラオ」と呼ばれし猫は、自らの意思で初めて部屋の外に出たのです。
部屋の中から窓越しに覗いている風景と大きく変わりません。
でも、何かが違います。
それは体に時折感じる生ぬるい風の存在でしょうか?
それとも、狭い室内とは違う心地よく感じる気の流れでしょうか。
外は、空調の中と違い、明るい太陽からの熱い光に当たり続けると、不慣れなためか少し疲れてきました。
でも、めったにないことだし、自然の太陽の光は暑いけど何故か落ち着く気がしたので、もとの部屋に戻ろうとは思いませんでした。

しばらくこの心地よさを味わうように佇(たたず)んでいたラップラオが、ふと目を下に合わせると、すぐ目の前に一本の大きな木の枝がみえます。
そこに大いなる誘惑がラップラオに襲ってきました。

この距離ならジャンプ一つで木に飛びついて行けば、さらに未知なる世界に行くことが出来ます。

でも、ラップラオは一瞬ためらいました。

気にはなるけど、これ以上先に進んでしまえば、取り返しがつかないのではと......。

でもラップラオは、すぐに決心しましたた。
この部屋に来て2年ついにラップラオは「冒険」という2文字を追いかけることにしたのです。

ラップラオはついに塀を越えて、目の前の木にジャンプしました。
とりあえず着地に成功したものの、バランスを崩しつつそのまま木を一気にすべり降ります。
一瞬恐さもあったけど、それまでとは違う感覚への快感がそれを上回りました。

気がつけば木のすぐ下に到着していました。

そして地面に土が剥き出しのところは、今まで部屋のじゅうたんや床とは違う複雑な感覚です。
足に付く自然の土の感触.....。
.初めての経験ばかりで、思わず身震いするラップラオでした。
身震いしながらも、外に出たラップラオ、ここから未知の世界に向けて一歩ずつゆっくりと歩き出しました。

するとどこかで聞いた声で「ラップラオ!」と呼んだ気がする。
ふと振り向くと、体が急に大空に向けて上に吸い取られていきました。

よく見ると大きな人間の手に抱かれていました。

「あら、ラップラオ!下に降りて来たの。
勇気ある仔ね!そうかもう大人だなもんね。
でも、ここから先は怖いところでね、あなた一人では絶対に生きて行けないの。
だからお姉ちゃんと一緒におうちに帰ろうね」
と、母さんに似て声の若い女性。
そう母さんの娘(お姉ちゃん)に抱かれながら、戻るラップラオでした。

先ほどまでの身震いと未知の世界の新鮮な空気に触れたのか、気がついたお姉ちゃんの腕で眠っていましたた。
でもラップラオは夢を見ます。 
まだ未知の世界、怖いところと聞いても魅力的に感じる外の世界のことを。

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