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パラポリンカ

三百年前の第三次世界大戦により地球の陸地面積の78%が核で汚染された。人類たちは放射能汚染から逃げるために、大飛行船(ガランカ)に乗って天空へと生き延びた。ガランカに乗り込めたのはわずかで、地上に残った人類のほとんどは死滅したと言われている。天空、もうそこでしか生きられなくなった。ガランカが唯一の大地であり、この物語は天空を駆けるしかなくなった人類たちの話である。


 
 

 


 
紫と翠色が混ざり合っているような夕刻の空。雲が遠く、近くと峰をつくる。上空一万メートル。地表の色は黒く、空の色とあいまって、綺麗なツートーンを水平に描いていた。風が強く、甲板に出るとゴーグルなしには目を開けることができない。突如、近くの雲から小さな爆発のような破裂音が聞こえる。我らローバルト空団の大ガランカ(直径二キロメートルの母船)の船先が顔を出した瞬間だった。ガランカに粉砕された雲が後ろに流れていく。
「ナユタ、ガランカが出てくる。周囲の警戒を怠るな」
「ラジャー」
俺は短く答えて、ガランカ周辺をくまなく確認する。ガランカは水平に直径二キロメートルあり、天頂まで八〇〇メートルある巨大な天空の移動住居空間だ。船体の全貌が見えるならば、まるで空飛ぶピラミッドのように壮大だ。ローバルト空団は人口九万に満たない中規模な空団である。ガランカにはそのうち六万人が住む。徐々にガランカの身体が雲から出てきた。強化ガラス張りの天窓が見える。その中には都市空間が広がっている。数十階建てのビルや、居住地、水や川、山さえ見える。都市空間はドームのようになっていて、地平は少し外側に湾曲している。ガランカの操縦にあわせて水平をとる為、地平がスライドする仕組みになっている。ガラス張りの天球の上には戦闘指令官が乗っているブリッジがある。ガラスから少し浮いたブリッジは、いざとなった時に分離することが可能だ。都市空間の下にはエイのようにひらべったい飛行船が巨大な翼を両側に伸ばしている。底面には角度の違う羽が幾数枚もあり、大きな翼とその小さな翼で揚力を産み出していた。
ガランカの周辺には駆逐艦隊として、俺が乗っているデュラル七艦が配置されている。前方、後方、上下の空の脇を固めガランカを守るように航空している。
「現状、問題はない。本当にシャンユーが現れるのか?」
現在、ローバルト空団はシャンユー空団と戦争中だ。中国アジア中心に活動をしている世界最大の空団だ。その空団が、ローバルト空団との不可侵条約を侵して領域侵犯を行ってきたため、戦争状態となった。幾度となく小競り合いがあった。奴らは強くて多い。流石は世界最大規模だ。しかし、いつも本隊を隠して戦っていた。いくら攻撃は強くても守勢にまわるのは初めてであろう。我々は奴らの無線を傍受し、この辺りに出ることを掴んだ。奴らの本隊を叩けるチャンスだった。


突如、地球が割れるような轟音が鳴り響き、数十キロメートル先に火柱が天地を貫いた。直径にして8キロメートルある地上からの大噴火「ボルカ」だ。
「前方、ボルカ、右舷に切れ。巻き込まれるぞ」
「総員、ベルトを繋げ。船体、急速旋回」
「おぁぉぉ、ボルカだ!」
「熱い。やばい、船体が解けるぞ」
目の前でボルカが起こったせいで船内は怒号が飛び交った。数秒後、衝撃波がデュラルを大きく揺らす。備えてなかった兵士達数名が、振り落とされた。空団は急速旋回する。船内には、慣性の法則による途轍もないGがかかる。皆、腰に付けたベルトを近くのものフックさせなければ、この旋回によって激突死する。しかし、もたもたした人間は見殺しになる。船団そのものが危険な状況である。我々の大地はこのガランカしかないのだ。船を生かすことを最優先せざるを得ないのだった。
「早く、旋回しろ。このままじゃ、巻き込まれるぞ」
俺は、船のGに耐えながら、ボルカをにらみつける。地中からの絶え間ないマグマの上昇は、轟音と共に、熱をぶち上げていた。凡そ、七分間ほどマグマと火山灰が吹き上げ続けた。ボルカはデュラルやガランカの遥か上空、地球の成層圏まで届くという。三百年前の核戦争により地球の地殻はかなり柔らかくなった。また、核が刺激となり、マントル部分のマグマが増えてしまい、太古の地球のように活発になったそうだ。それによって、頻度は少ないものの、ボルカが散発的に起こるようになった。一説によるとボルカが起こった地域には二本目のボルカが起こりやすいという。実際、ボルカを回避したと思った空団が巻き込まれて全滅したこともあったらしい。
「ナユタ、知ってるか? シャンユーは、ボルカを狙ってるらしいんだ」
「あ? 奴らはアホなのか? 巻き込まれて空団ごと壊滅するだろうがよ」
「さあ、理由は分からないけど、どうしてもボルカに遭遇したいんだろうな。領域侵犯までしてくるぐらいだからな。まあ、実際この辺は最近ボルカが増えた」
隣に居たランバルトが説明をしてくれた。今、目の前でボルカが起こったわけだから、相当な頻度で発生しているのかもしれない。しかし、寝ている間に大地ガランカが割れて、ボルカに焼かれて死ぬなんて、俺はごめんだ。
「まあ、奴らの狙いがなんだろうが、俺が叩き潰してやる。俺はローバルト空団を守る一角獣騎士だ。俺らが負けるわけにはいかない」
胸に縫い付けられた、一角獣騎士が熱くなる。先輩のヤバルさんから、受け継いだこのエンブレムが負けを拒否していた。それに俺には夢がある。こんな戦場で死ぬわけにはいかない。
「確かにな、ローバルト空団はそのエンブレムのエース達が守ってきた。燃えてきたよ。僕だって、シャンユーを倒して、いつかそのエンブレムを手に入れるさ」
激しく揺れる船体の待機場で、ランバルトが拳を突出した。俺はそこに腕をぶつける。闘う前のハンドシェイクだ。身に着けた鉄の防具がぶつかり合う。歯の奥に力が自然とみなぎる。シャンユーが世界最大であろうと、俺らが勝つ。

「シャンユーだ!」
哨兵が叫ぶ。前方の景色が待機場のモニターに映る。背の高い積乱雲の陰からシャンユー空団の先遣隊が見えてきた。ガランカが一艦、デュラルが七艦と敵の船影が映っている。先遣隊なのに、もうローバルト空団の全戦力と同等だ。世界最大は伊達じゃない。わくわくしてきた。電気が全身をかけめぐるように筋肉に力が入る。不安定な船体の中で、動きやすくするために腰を落とす。俺はフックを外して、ロープを手際よく腰に収納し、壁にかかっている矛を手にした。そのまま、滑空口から飛び降りた。翠色の空には何もない。あぁ、俺が一番乗りだ。重力が身体を下に引っ張った。全身を広げて、揚力を稼ぐ。みるみるうちに高度が落ちていくが、目の前に黒いパーサルポリゴーズが横切ろうとしていた。俺は矛を前に出し、パーサルポリゴーズに引っ掛けた。重力ボールのように、矛先を中心点に身体ごと回転して、天空向きに浮きあがる。視界が地上から天空に早変わりだ。自分の周辺にもパーサルポリゴーズが無数に浮いていた。遠くまで散布されていて、黒色の平原が広がっているように見える。さすが、展開が早い。俺はそのうちの一つに手を伸ばし、空中で引き寄せる。グローブに着いた強力磁石がバーサルポリゴーズを引き合わせ、そのまま俺の体躯を持ち上げた。パーサルポリゴーズは足場用のドローンである。人が一人乗れるほどの亀の甲羅のようなサイズである。矛をひっかけたり、グローブで引き寄せたり、その上に乗ったりすることで、空中での白兵戦が可能になった。空団同士の戦闘は砲撃戦がメインだ。デュラルの主砲はほとんどレーザー兵器になる。しかし、レーザーを跳ね返すために開発された防御ドローン「リフレクソー」がガランカの周辺に浮遊しており、デュラルのレーザーを跳ね返すのだ。俺たち近接兵は、そのリフレクソーを霧散させる磁力兵器を設置するのが目的だ。これを敵、ガランカの防御網にぶち込むのだ。

「チィィツォォォォ!」
敵兵の体重全てが乗った一撃を、自慢の鉾で受ける。足場にしていたパーサルポリゴーズも一瞬高度を落とした。
「いい、一撃だ」
身体を翻し、矛の柄を滑らせて、相手の刀剣を自分から逸らした。そのまま柄の反対にある石突を相手の腹部にめり込ませる。口から黄色い液体を吐き出したのを見て、右手に力をこめて下から矛の穂先を振り上げる。手元のスイッチを操作すると、矛先の反対側からブーストのジェット噴射が出て振り上げスピードが上がる。頭を垂れた相手の首を引きちぎって、穂先が抜けた。
「あはははは。一匹目!」
そのまま、上に向けて跳躍する。俺は辺りに散布されたバーサルポリゴーズを飛び石に見立て足場にし、敵ガランカを目指した。周辺も戦闘が激化していた。総勢三千人が空中で入り乱れている。やや、うちが優勢か? 全体の様相を俯瞰で感じながら、一番弱い個所を感じ取る。敵はガランカを中心にした方円の陣を取っていた。
「妙だな、シャンユーは攻める態勢をとれるだろう? どうして防御陣なんだ?」
防御陣はどこから来るか分からないときにすべき陣だ。すでにどこから来るか分かった我々に対して取る陣ではない。それに方円は動くことが出来ない。敵の意図はこの空域に鎮座することになる。それじゃ、数の有利が効かないのに?
「全軍に告ぐ。三番、四番、五番隊で楔、それ以外は後ろ並んで横隊列で前進だ」
「ほらな、すぐこうなる。これじゃ、うちの思うつぼだ」
方円の陣形は敵中に入れば弱い。楔の陣形で一点を突破すれば壁部分を突き破れる。まるである程度時間を稼げればいいと思っているみたいだ。


 


 
「主席、持って半刻です」
シャンユーガランカ弐番艦、ブリッジでテーブルに肘をつけ、指を重ねて目を瞑る敵将がいた。名は陳慶靖ちんけいせい。世界最大のシャンユー空団を統括する王だ。軍事会議で状況報告を受けたが、微動だにしない。もう一つの報告を待っていた。
「主席、ボルカの第二次発生可能性が出ました。二五分以内に78%であります」
その報告を受けた陳は目を開いて、その場に立ち上がった。
「全軍に通達せよ。方陣を維持し、背後からも侵入を許すな。半刻でいい、この状態を維持させろ。我々人類の夢のため、私に命を預けよ」
「はっ‼」
その場の将軍各位は、陳の言葉を伝達した。
「ついに、イエールの地に……念願の大地を手に入れるときが来たのですね」
宰相、伊伊いいんが涙した。
「ジェンシーの準備はどうだ?」
「すでにガランカ壱番艦の下に展開ずみです」
「テスト通りで何秒持つことになる?」
「恐らく360秒は持ちます」
「十分だな。伊井、行くぞ」
陳がそう言ったら、全員が起立し敬礼をする。
陳達シャンユー空団は月へ行くつもりだった。ボルカのエネルギーは莫大で、本来であれば巻き込まれればガランカも無傷ではいられない。しかし、シャンユー空団の科学技師たちはドローン「ジェンシー」を開発。ジェンシーは高熱、高圧に耐えることができる。それをガランカの下に大量に配置し、ボルカの上昇エネルギーを浮力にして、成層圏を越え、地球の重力の外へガランカを飛ばす算段だった。そして、地球周回軌道に入り、月へ降り立ち大地に根を張るつもりだったのだ。
「良く聴け、壱番艦の成功が人類の希望だ。我々はついに大地を手に入れる。人類でその一歩を踏めるのはシャンユー空団だ」
陳は大きな声で宣誓した。

 


 
「何か、ガランカの下にないか? なんだ、あの紫色のドローンは。パーサルポリゴーズじゃないぞ」
前線を突破しようといている最中だった。敵ガランカの下に異変を感じた。目の前のシャンユー達が笑うの分かった。
「貴様らは崇高な作戦を目の前で眺めておればいい。我々が月の大地、イェールの地を手にする瞬間をな」
こいつら、月を目指しているだと! しかもボルカを利用して。馬鹿なのか? ボルカは大地の怒りだぞ。そんなものを利用するなんて。それに、だとしたら俺らはここを突破する方が危ないだろう。
「おい、後方に伝えろ! このまま突っ込めばボルカに巻き込まれるぞ!」
馬鹿馬鹿しい。敵戦艦は勝手につぶれていればいいさ。
「ナユタ、違うんだ。あの紫色のドローンを奪ってくるのが今回の命令なんだってさ」
いつの間にかランバルトが俺の後方にいた。そんなの聴いてないぞ。奪ってどうすんだよ。
「上の人たちも、シャンユーの計画を知って、同じことをしようとしてるんだよ。で、相手のドローンを奪って開発をしようとしてるんだって」
「そんなもん、失敗したらどうするんだ。ガランカが二艦あるから、シャンユーだって試せるんだろうが。バカなのか上の連中は。俺らは空以外じゃ生きていけないんだよ」
「でも、命令なんだから、突破しよう」
「あほらしい。無駄死じゃないか。ランバルトやめよう、逃げようぜ」
「嫌だ。僕は行く。紫色のドローンを取れば、英雄になれるんだよ」
ランバルトは俺の手を振りほどいて、前に進んで行く。「あほらしい」と呟かずにいられない。ランバルトの後ろ姿を眺めているうちに、後ろから来る兵に抜かされていく。……俺らは、パラポリンカを信じてるんじゃないのか。ランバルト。何やってんだよ。
 
パラポリンカは伝説の地。
ボルカが噴出した周辺の雲の上には、天空の大地ができるという伝説があった。地上から噴き出た鉱物が、雲の上で滞留し、それが恵みの大地になるのだ。人はそれをパラポリンカと呼んだ。ただの伝説ではない。少ないが目撃証言もあった。何より、ヤバルさんはそれを見たと言っていた。パラポリンカを目指すために、俺らはこのエンブレムを付けて兵士になったんだよな?

「月? そんなもん、目指してどうするんだ。俺はパラポリンカを必ず見つけるんだ。その夢の地に一緒に行こうぜ、ランバルト……」
後方に下がった俺は呟いた。ランバルトは前線に紛れ、もう見えなくなった。わが軍は敵の方円を突き破り、シャンユーのガランカの下に着いたのが分かった。
突如、その下の雲が盛り上がる。雲の中央付近が赤くなったと思ったら、ボルカが起こった。数秒、ガランカが目の前にあったのに、地球と月が激突したみたいなバカでかい音を残して、成層圏まで吹っ飛ばされた。
 
炎炎と立ち昇るそれは、神からの鉄槌に見えた。幾千もの兵士たちが、燃やされていった。



 こうして、俺たちの戦いが始まった。月の民が地球人に対して残虐になったのは、大地を手にしたことへの傲慢だったのだろう。かつて人類が大地を我が物にしていたのと同じように、わずかな大地をめぐる争いは次第に激化していった。時代が俺たちを翻弄した。



2022.07.28 岸正真宙


下記SF(サインエス・ファンタジー)ワンシーンカットアップ大賞企画に参加しました。
楽しい企画でした!続きを書こうか、どうしようか、、楽しい。
ありがとうございます。

#むつぎ大賞


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