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マナ

「ワントゥースリーゴー!」

ボーカルの山瀬がそう叫んで、身体を宙に浮かせた。僕はそれをリズムで受け止めて、一音目を大きくがならせて、ギターを奏でる。同じくして、ドラムスのトミーがバスドラを強く撃ちつける。ベースの川名が低い音をバシバシと刻んだ。目の前のオーディエンス達が、一斉に飛び上がる。

「大きなぁ、夢を見ていた。大きなぁ、世界の果てにある。小さなぁ雨の降る、街中。小さなぁ、貴方の胸にある。僕らの夢の果てぇ!」

山瀬が魂とビートを乗せて、奏でるリリックに僕らも合わせていく。メジャーなコードをガシガシと鳴らす。簡単なコード進行なのに、あいつの声が乗ると、飛び抜けていいメロディになる。トミーと川名が自分たちを抑えながら、飛び跳ねる山瀬をもっとリズミカルにしていく。二人のリズムが観客の鼓動を揺らす。

飛び出しからサビで始まるこの曲は僕らの代表作で、目の前のオーディエンス達も良く知っているから、歓声と共に大声で歌い出す。暗いライブハウスの中、僕らの方に当たる照明の光で、観客の顔が映る。誰も彼もが僕らを観ながら、明後日に向かって飛び跳ねてる。今日より、昨日より、明日よりも。僕らは明後日に向かって飛び跳ねるのだ。

「いくぜぇ!!」


🎤


「だせぇ!」

山瀬が急に練習中に叫んだ。高校の軽音楽部の部室の全てが止まる。声も、音も、時間さえも。

「あ? 一年! お前なんつった?」

目の前で演奏していた先輩のボーカルの車田が、マイク越しに山瀬にふっかける。いや、違うか、山瀬が突っかかったんか? んで、山瀬を見ると耳に指を突っ込んだままあっち向いてる。あぁ、やり過ごす気だな。

「おい! 聞いてんのか?」

ほら、山瀬。お前そんな態度とってんと、車田の火に油を注ぐことになるぞ。早く謝れ。

「こらぁ! 中野! 聞いてんのか?」

へ? 僕?? 

「お前だ! お前!」

横を見ると山瀬が笑ってる。待て待て! 僕じゃないぞ!

「いえ、言ってません」

真剣な顔で伝えた。そうだ、伝わるはずだ。僕の気持ちも、きっと。

「あんだと!!!」

車田はそのあと、ステージから降りて、こっちにむかって走ってきた。「あとはよろしくー」と山瀬が逃げるのが見える。右フックが綺麗に決まったのは、そのあとである。





「お前なぁ・・・逃げんなよぉ」

僕が、左頬に氷をあてながら、恨めし気に山瀬に言う。山瀬はまだ笑っている。

「あんな間違いするやついるんだな。車田ってバカなんじゃないの?」

いや、僕への謝罪は!!

「いやぁ。笑った。中野っていい星のもとに生まれてるよな」

うしろからトミーが出てきて言う。

「ほんと、めちゃくちゃ面白かった」

川名も、横で笑う。

おいおい、僕は不幸だったんだけど…
だけど一瞬於いて自分でも吹き出す。車田の怒りの顔が思い浮かぶ。可哀そうに、相手を間違ってしまったあの怒りの表情は、当の怒りの元である山瀬たちの笑いの種になっている。
学校帰りの道すがら、4人で笑いながら帰る。ギターをしょった肩がやけに軽く感じる。

僕ら4人は高校で組んだバンドメンバーで、まだまだ日が浅い。僕もトミーも最初は軽音楽部に入るつもりは無かった。同じクラスの山瀬がやたらと誘うので、ちょっと試しにってかんじで入ったんだが、どっぷり嵌った。先輩たちのビートがかっけぇし、自分でギターを奏でる感覚が溜まらない。頭の中がジーンとしびれていく感じだ。指が届かないところに届く、硬くなっていく皮、ピック一つに妙なこだわりを持ったり、なんだか一つ一つが夢中になった。こんなに夢中になれるなんて、入った瞬間は分からなかった。トミーは体格がでかく、身長185cmもある。本当は柔道部なんだが、なんだかうまくいかなくて退部したところだったらしい。バカスカ力強く叩けるドラムと、天性のリズム感ですぐに上達していった。川名は僕らより一個上だが、おなじ一年生である。留年したらしい。欠席?成績?どっちか忘れた。川名はずっとベースをしていて、めちゃくちゃうまい。インディーズだが、たまに他のバンドのスタッフベースではいることもある。まあ、一番プロに近い感じだ。
それから、山瀬は・・・・・・

天才だ。

間違いない。僕らと一緒なのが勿体ないぐらい。

ビブラートの聞いた声、高低自由に出せる音感、人を躍動させるリズム感。でもそれ以上に、唯一無二のメロディーと、そのリリックが天性のものかもしれない。僕らが最初に作った曲でさえ、ここいらのバンドの誰よりも周りを沸かした。僕なんか何回コードを間違ったんだろうってぐらいで、なのに、あいつが、山瀬が僕らを引っ張っていった。
川名も山瀬の声に惚れて僕らのバンドに入ってくれた。「あいつの声、いいな」最初に僕らが川名を誘った際に演奏を聞いてくれた時の一声だ。僕と、トミーの音を聞いた瞬間、川名は顔をしかめていたのに、結局一曲まるまるあいつを魅了したのは山瀬の声だった。

「俺、正直どっかのバンドに所属するつもりなかったんだけどなぁ」

川名はそう言いながら、僕らのバンドに入ってくれた。

「ラストピースだったんだよ。川名はぜってぇ必要だった」

あとになって山瀬が打ち明けていた。その通りというか、川名はめちゃくちゃすげぇ。安定したリズム、途切れない音、ソロでやらせると、プルやタッピングなど見事な技巧魅せてくれる。あいつ一人とびぬけてうまい。それでも川名の一番すごいところは、絶対僕らにあわせてくれること。前に出過ぎないし、しっかりバンドの土台になってくれる。あいつは分かっていて、自分がこのバンドを支えて、それから、山瀬の声をとどけることが自分の役割だってことを。

川名がはいったことで一気にバンドとしての格があがった。


🎤


夕方の軽音学部として使っている教室で、アコギを片手に山瀬が曲を紡いでいた。僕とトミーはひたすら基本の動作を練習する。川名がそれを見ながら二人に指導を入れていた。僕らはクラスが終わったらすぐに教室に向かう。一番早く入って、すぐに練習をする。だいたい、先に川名が来ている。以前、なんでそんなに早く来てんだ?って聞いたら、保健室カードを使ってすぐにここへ逃亡するようにしているらしい。

「え? 保健室って、そんな風に使えるの?」

山瀬が驚いて聞き返すと

「ばぁか! 俺がりんごちゃんと仲がいいからに決まってんだろ」

リンゴちゃんとは保健室の養護教諭の沢井凛子さんのことだ。若くて綺麗なのと、白い白衣をまとっていることもあり、椎名林檎をもじって生徒たちからりんごちゃんと呼ばれている。川名が言うには、りんごちゃんが川名のはいっているベッドにカーテンをかけてくれているので、そこから抜け出しても気付かれないように気を使ってくれているらしい。

「なんだよ、それグルじゃん。良いな」

「まあ、おれのテクがそうさせてるわけだ」

ほう、それはベースのではない方の? と思いつつ、余計な詮索をするのを止めた。なんだかんだで一個上なんだ。僕らより大人なのだと思う。

そんなわけで、川名は真っ先にきて、ベースを常に練習している。メンバーの中で一番うまいのに、一番向上心があるのが川名のすごいところである。

「まどにあたる、水雫。落ちずにたえる、ひとしずくを、君が掬った。あまいイチゴのように、唇添えて、ふっと見つめて夜を待つ。月の灯りだけで、白い肌がゆらゆらと人のいないブランコのように、揺れていた」

僕らから離れたところで、山瀬が奏でる曲が耳に入る。聞いたことが無い曲だった。おそらく新しい曲なのだろう。僕はトミーに目くばせをする。トミーは腕をまくる。川名を見ると目を閉じて耳を澄ませていた。それを見て、僕もトミーも同じように目を閉じる。

「昼になれば、君を見失わずに。いられるのだろうか。晴れた陽が、黒くてくっきりした、影を残して。君は、僕とつないだ手を放して~~」

リズムがゆっくりなのに、やけに染み入るメロディで。控えめに言っても、せつなくて最高だ。すると山瀬が、ベースをすこしずつ載せていく。このリズムで行こうって感じで。僕はさっき山瀬が歌っていたメロディのコードを思い描く。同じように進行するだけでいい。今は。まだ。あいつの曲に乗せればいい。

「おお。やってんねぇ」

ガラッと錆びて重くなった部室の引き戸を開いた音が響く。と、同時にあの人の声が聞こえる。山瀬はそっちをちらっと見てから、今度は僕らの方を見て、親指を立てる。さっきの曲の流れが良かったな、って意味だ。

「えー、あたしが入ってきたら、普通もっとテンションあがんだろ?」

そういって、真菜さんが大げさにショックを受けたふりをして、入ってきた。真菜さんは軽音学部の3年の先輩だ。ボーカルで、ずっとこの部の看板みたいな人だって聞いた。けど、僕らが入ってから一回も歌っているところ聞いたことが無い。

「真菜さん、テンション上げて喜んだら、それはそれで引く癖に」

真菜さんはすでに制服の上着を脱いでいて、Tシャツ一枚になっている。膨らんで形のいい胸が上をむいているせいか、Tシャツの裾がスカートのようにひらひらと揺れている。扇子を開いて、扇ぎながら僕らの前に片足をあげて座る。バスんと薄汚れたマットの上に飛び乗るのだ。軽さのせいでスカートが一瞬上に浮く。真菜さんそれ、男の座り方だよ。って思いながらも、スカートのすそから内ももの白い柔に魅せられて、僕は目線をそらせる。

「うぉ、見えたかも!」

トミーが喜び、山瀬は「ちっ」と大きな舌打ちをする。

「あは、見た? 戸田。お前アイスおごって。パンツ代な」

「まじかぁ!てか、山瀬お前も見たろ! お前が一番近いんだから」

トミーをにらむ山瀬が居た。あはは、声をだして、僕と川名が笑う。

「もっかい。今の聞かせてよ。フルで」

「まだできてねぇんだよ」

そういってるのに、真菜さんはスマホをかざして、僕らを録画し始めた。

「いいから、先輩の言うこと聞け」

そう言われて、もう一度、山瀬がさっきの曲の歌いだしを声に乗せた。すると今度は川名が最初から入っていった。僕もさっきの感じでコードを弾いてみる。トミーは基本のリズムを川名にあわせていく。

「昼になれば、君を見失わずに。いられるのだろうか。晴れた陽が、黒くてくっきりした、影を残して。君は、僕とつないだ手を放して~~」

「いいじゃん」

短く、真菜さんは僕らに言った。

それから、精を出せと、まるで体育教師みたいなことを言いながら教室を後にした。


🎤


真菜さんが軽音楽部に顔を出すのが、本当に稀になり始めたのは秋ごろである。それでも真菜さんが来ると、部員全員がなんとなく明るくなる。女子部員たちは普段の溜まっている何かを吐き出すかの如く、真菜さんに色々と相談をしたり楽しさを分かち合ったりする。姦しいとはまさにこれのことだ。だが、男子部員もその真菜さんを目の端に捉えながら、自分たちの練習に集中しているみたいな雰囲気でいるが、その実、自分たちに話しかけられるのではないかとドキドキしているのだった。かく言う僕もその一人だ。

「はい中野たち!」

たちって、言う顔をするトミーと山瀬。僕は僕で名前を呼ばれてふわっとなる。

「真菜さんお久っすね。何してて、部活来ないんですか?」

「え? まあ、いろいろだよ。いろいろ。それより、新しい曲できたん?」

不躾に聞いてくる、真菜さんだったけど、僕らの進捗具合を気にしてくれていた。

「真菜さんが久々なので、なんと2曲もできてますよ」

トミーが自らのごとく、自慢げに言う。いや、いいんだ。僕らのことだ。

「へぇ。すげぇ」

本当に関心したようで、顔の横に手のひらを持ってきて驚いていた。そんな、そんな驚き方するんですか?

すると、川名が後ろでベースを奏で始める。

僕も、合わせてギターを弾いた。トミーはドラムセットの前に行って先輩と交代し始める。山瀬が渋々という感じでマイクを取りに行った。周りのギャラリーもぞろぞろと集まってきた。

「いいぞぉ」

野次というか応援というか、なんとなくみんなが僕らを後押しする。山瀬も目をつむって躍動し始める。マイクをもって身体を揺らし始める。それにあわせて、トミーがスネアとハイタムを交互に小さく鳴らす。

「どこかの遠くの国で、きーみは夏の朝のように、そーの花弁の先にしずくを垂らす」

山瀬の歌いだしをきいて僕は長いストロークを鳴らす。その音が鳴りやむ前に山瀬が跳ぶ。僕はしっかりリードを鳴らしながら、山瀬の唄声を乗せていく。

一番前で、真菜さんが喜んでいた。

彼女のための曲を僕らは唄いならすのだった。

ポニーテールにしている髪が尻尾を振っていた。

眼を閉じて、聴きいった

「季節が通り過ぎる。枯れて、生けて、花咲くのだろうとしても。君が去り行く、遠く、忘れて、忘却のむこうへと。行かなくてはならないないのだとしても。僕が、大人になったのなら、君を覚えているのだから、美しい花咲くだろう」


いつしか周りのギャラリーも飛び跳ねる。山瀬と川名が人々を躍らせるのだ。

ただの教室だったそこは、間違いなくライブハウスのようになっていた。照明が無くてもいいのだ。



🎤


「いいなぁ。そーだ、あんたたちいい加減バンド名決めなよ。ファンも応援しにくいよ」

僕らはまだバンド名を決めていなかった。新曲2曲を披露したあと、真菜さんが僕らにコーラをおごってくれるそうで、自販機の前でそう言われた。

「確かに、中野ーず飽きてきた」

川名が冗談半分にした、名前でやっている。え? 飽きたの?

「確かに、だせぇ」

いや、山瀬くん、僕の名前だぜ。それは酷い。

「コカ・コーラとかは? 弾けそうじゃん」

トミーそっちのほうが酷いよ。商品名だしな。中野ーずで行こう。

「確かにそっちのほうがいいよな」

ひぇ。川名。お前まで・・・・・・

「あはは、見て。中野の顔。めっちゃショックそう。意外と気に入ってたんじゃない? 可哀そうじゃん」

「いや、別に、ぜんぜんっす」

「まあ、でも真剣に考えるかぁ」

川名がなんとなくそう言うと、みんな思案顔になる。

「じゃあ、真菜さん考えてよ。それでやるから」
山瀬が今度はぶっきらぼうにお願いする。

「え?」

一番驚いたのは川名だった。いや、僕も驚いたけど。

「なんで、わたしぃ?」

そう言いながら、真剣に考える。ベンチようなところに座っていたので、真菜さんは長くて細い脚を膝に抱えて考え始めた。

「じゃあさ、スリーピースは?」

「え? 僕辞めたほうが良いですか?」

僕は間髪入れずに返す。

「あ、そうか、じゃあダメか」

「いや、意味は? それ聞いてからでいいよ」

バンドでスリーピースというのは三人編成という意味だ。ボーカルがギターを奏でて、ドラムス、ベースという編成が基本的に多い。まあ、そうすると必然的に僕がいらないみたいに感じてしまったのだ。山瀬は真菜さんの真意を聞きたいみたいだった。

「うーん。めっちゃダサいんだけど、昔ダブルピースって流行ったの。音楽じゃなくて反戦の意味があって。で、なんだろう。そのムーブメントの中心にロックがあったから、もっかい。って意味」

「めっちゃいい」

トミーが瞬発的にそういう。川名も感心したらしく、黙ってる。

「じゃあ、それで」

スリーピース。いいかも。なんか意味を知られる前まではいろいろ言われそうだけど。でもいいじゃん。

「うん。悪くない。いいな」

川名も追従する。

「え? まじで、決まったの?」

「じゃあ、ロゴ考えようぜ」

とトミーが乗り出す。

「待って、もっと考えるから」

「いいの、もうこれで行くよ」

「そうっすよ、真菜さん。バンド名なんか曲の後についてくるもんですよ」

川名も真菜さんを諭す。

「そうっすよ。それに呼びやすいし、覚えられますよ」

「えええ。ちょっとプレッシャーだな。これで有名になれなかったらあたしのせいじゃん」

普段は絶対に見ることのないあたふたした真菜さんがそこにいた。

「真菜さんのくせに、そんな感じになるんですね」

そう、僕がいうと、頭をはたかれた。

「てか、大事な後輩のバンドの名前を適当に決めさせられた感じがして後味が悪いのよ。せめて一晩ほしかったわよ」

そう言うと、みんなが笑った。それでいい。

真菜さんは周りを見て、一緒にわらった。八重歯がすこしとがっていた。


🎤




「次がラストぉ。スリーピースのはじめてのソロライブにふさわしい曲」

12曲一気に駆け抜けた。小さなライブハウスだけど、ソロライブで満員にできた。確実に僕らの曲が浸透している気がする。

「マナ!!!」

トミーがバスドラを力強くエイトビートで叩く。あわせてオーディエンスがリズムよく飛ぶ。僕もブリジットミュートでリズムを鳴らす。合わせて川名が入ってくる。

「あぁ!! いかさまの世界の、反転した景色のなか。麗しいぐらいに、君だけの声が響く。さかさまの雨が降る。傘を広げて、雨を拾いながら、足に生えた羽を使える時をまつ」

スリーピース! スリーピース!

曲の合間に、三本の指を立てて、観客が飛び跳ねる。

もっと盛り上がれ。

沸き立つ血が興奮を助長させる。波が来る。

「歌が聞こえなくても、ここにそれがなくても。僕の羽さえあれば。マナさえあれば。飛んでいける。そんな、どこにでもあるストーリーに」

黒い影の向こう側、人々の歓声と僕らの音楽が届く。

光よつかめ! 

行くぜ。




🎤


「真菜さん完全に来なくなったなぁ」

僕がぼそっと呟くと、山瀬がぷいっと違う方向をみた。トミーも同調して悲しそうな顔をする。

「え? お前ら知らないの? 真菜さんもう来ないよ」

川名がベースを拭きながら、こっちを見て言う。

「ええ? なんで? 部活辞めたの?」

「ちげぇよ。てか3年だから普通はそんな来ねーだろ」

「え? まさか大学受験すんの?」

「ちげぇって、もう留学したの」

僕と、トミーは顔を見合わせた。

りゅうがく? 選択肢になさすぎて、漢字にするのに時間がかかった。

「ずっと英語の勉強してて、で、もう語学留学したよ。卒業の日数足りたらかな」

「そんな、卒業まで待てばいいじゃん」

「お前は子供か。真菜さんの人生だよ。なんで周りの期待に応えて、調整するんだよ」

と川名に怒られてしゅんとする。

「はやく言語だけでも追いつきたいんだって。あっちの大学に行きたいらしいよ」

「あっちって、どっちだよ!」

と、やや涙目の僕は叫ぶ。

「イングランド」

ぼそっと、山瀬が言う。

「イングランド!!!?」

イングランドって、イギリスってこと?

「UKロックかっこいいからかぁ・・・」

「邦楽ロックもかっけぇんだよ」

外人に取られた気分になる。

「なんだよ、中野まで好きだったのかよ」

と川名が言うから、顔が熱くなるのを感じる。てか、『まで』ってことはさ、

「山瀬もかよ。てか、お前はなんか隠してただろ」

川名は違う方向を向く。こら、お前ら僕の淡い恋心を返せ。僕は、恥ずかしまぎれで山瀬に後ろからチョークをかけながら、嫌な絡み方をした。

「どけろって、ばか!」

と意外と強い力で振りほどかれる。場がなんとなく白けて、これって僕のせいかよ。

「なんだよ、それぐらいで怒んなよ」

ギターを持ってどっか行こうとする、山瀬が居る。

「あ? お前が、変に大人ぶって隠すからだろ。ガキ扱いすんなよ。ギフテッドだったとしても、さ!」

ムカついて、出ていく山瀬に投げつけるつもりで言った。どうせ、僕らの、僕のことなど。というつもりで。山瀬はゆっくり振りむいて

「別に、そんな大人ぶってねぇし、俺は実際大人じゃねぇんだよ」

いつもマイク越しで訊く声と違う、妙に子供っぽい声が響く。

「なんだそれ、かっこわりぃな」

トミーが横で「もうやめろよ」と言うが、頭がかっかしてとまらない。

「やめろよ。中野。てかお前がめっちゃかっこ悪いって」

「うっせぇ!」

「お前、真菜さんのこと本気じゃないじゃん。その時点で、山瀬と雲泥の差があるんだよ」

ああ、うっせぇ。うっせぇ。こっちだって大人になりかたを知りてぇんだよ。

「知らねぇよ」

「引っ込みがつかないだけじゃん」

じたばたしたくなる。てか、なんだよ。みんなして冷静な振りしやがって。

「うっせぇな。でも悲しいもんは悲しいだろうよ。何が悪いんだよ」

やけに響く声が通った。あ、なんだ、これか、今の気持ちは。

「ああ、そうだな・・・・・・」

山瀬が、そう言って上を仰いだ。

教室でまだ使われていない楽器が、びーんと鳴いた気がした。



🎤


葉が全て落ちた、背の高い木が空を仰いでいた。白いかすかすの雲が絵筆で描いたように青い空に居る。空港の網柵を握りしめる。

空を旅してきた、飛行機が戻ってくる。

また、明日を向かって離陸をする。

近くできくジェットエンジンの音がごぉぉと風を切っていた。

知らない土地の、知らない空港。

鼻をつく香りが、異国の匂いだった。

遠くで髪を束ねた女性が歩いていた。

手をあげると、向こうも手をあげていた。

肩にかけていた楽器をもう一度、直した。




🎤


「てか、真菜さん、このムービーなんですか?」

コーラを飲んでいるときに、真菜さんがインカメラの状態で、僕らを撮り始めた。

「え? インスタライブ」

「うそ!」

慌てて、僕とトミーは格好を整える。

「んなわけねぇよ」と川名は冷静に言う。からかった本人の真菜さんはけらけらと笑う。

「記念だよ。記念」

「なんのだよ」

不機嫌そうな山瀬が言う。

「スリーピースの名付け親としての、私のためのもん」

そういって、三本指を立てる。

「スリーピース!」

合わせて僕らも同じ格好をした。

「これ、ださない?」

そう言って、笑う。真菜さん。

「あれ、真菜さんそのTシャツかっけーっすね」

撮られながら、僕も段々慣れてきて、真菜さんに訊いた。

「これ? いっしょ。最近、気に入ってんだ、このシリーズ」

真菜さんが、Tシャツをばっとこっちに向けて、伸ばして見せた。

「日本語でメッセージ書いてるやつ」

白地に、『#明日地球が粉々になっちゃうんだって』と緑で書いている。

「あっちいったら、役に立つかなってね」

真菜さんが、それを見ながらこぼす。

「あっちって、どっちすか?」

「あっちは、あっちだよ」って笑った。





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#8700



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