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母娘の密な時間11

 竹子の姉妹はみな手先が器用だった。長姉は和裁を、次姉は刺繍を得意とし、竹子自身は狭いアパートでの新婚生活を経て義父母と同居になった時、足踏みミシンを買った。ハギレやリボン、ボタン等を選ぶのも楽しく、小物や子供たちの衣類、自分の普段着等は型紙を見てほとんどミシンで手作りした。月間の洋裁雑誌が数種類も発行されていた昭和後期のころの話である。

 「ばあちゃん、どう具合?そろそろ暑くなってきたから夏物のふとんと半袖の服を出しとかんと..」
 大学授業が延期中のウチの娘が様子を見にやってきた。竹子の日常はまだまだベッドの上、一日中パジャマである。
 もの持ちがいい竹子はタンスを五棹、引出の中も衣類で満杯、押し入れの中には桐製の茶箱もある。娘時代は9号Mサイズだったが、出産後太った竹子は自らミシンを使いサイズ直しした。
 ウチと娘は次つぎと洋服を引っ張り出し、「コレいる?コレいらない?」と竹子の目の前に見せ、断捨離をおこなった。
そうやなぁ。ソレはよそ行き用やから置いといて、と竹子。
「こんなに喪服があるの?すごいなぁ、そんなに招待されるんや」と驚く孫。「この頃は葬式が毎年まい年増えていくんやで、反対にだんだん同級生は減ってきたわ」。
 作業は3時間近くかかり、タンス一棹と引出2段が空になった。大きなごみ三袋ぶんの不要衣類を前に「防虫剤買ってこないとあかんなぁ」とつぶやくと、竹子が静かに目を潤ませている。

「やっぱり捨てんといて。全部いるねん」ほほを涙がつたっている。

 そのとき、竹子の次姉・好美から電話がかかってきた。「どない?痛みはちょっとましになった?」
「私より先にいったらあかんで、順番やからな、はつ姉ちゃんの次は、竹ちゃんちごうて私やで」励ましの声がガラケーから漏れてくる。
「焦らんでもええ!時間はたっぷりあるんやから。ぼちぼちいったらええねん。日にち薬やから」

 電話を終えた竹子は静かに言った。
 昔、死んだお父ちゃんと一緒にあつらえた上等のズボンがあってな、太って着られんようになったから捨ててしもてん。ええ生地やったし、気に入ってたのに、なんでか捨ててしもてん。今やったら痩せたからまた入るのに、お父ちゃんに買うてもろたのに...もう戻ってけぇへん。それが悲しくて寂しかってん。

思い出は断捨離できないのだった。

ある日の献立:マグロとアボカドとろろ丼、筑前煮、タコ酢

#いま私にできること

#母 #介護 #断捨離 #おうちじかん #おうちごはん



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