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掴んだらいけないチャンスでも、女神の前髪しかないのは同じ

毎月初旬、会社の部署会議があって、その後は決まって飲み会がある。

7月の初旬、湿気と気温が嫌な感じに混ざった空気の今日も、飲み会があった。

ベンチャー企業なだけあって、会社は活気があるし仕事へのやる気が高い。飲み会は数少ないイベントなので、みんなその日に向かって仕事を必死にすすめている。

いつもなら盛り上がる飲み会だが、別の支社からたまたま遊びに来ていた部長が飲み会に参加していて、雰囲気はいつもと違う。

若者たちがワイワイガヤガヤする雰囲気ではなく、部長同士で話が盛り上がり、飲みが好きな人たちはその話をずっと聞いていた。

飲み会が得意じゃない人は、その雰囲気を察して各々仕事に戻っていく。今日の飲み会は、シケ決定だ。

飲み会は割と楽しみにしているイベントだ。元々酒は好きだし、何より気になってる同僚の女の子と飲める数少ない機会。楽しくないはずがない。

しかし、これは楽しくふざけ合いながら飲めた時。今日みたいに偉い人が多かったり参加人数が少なかったりすると、割りと満足せずにお開きになる。

おまけに、

「お前、まじで結婚してるヤツと子持ちだけはあかんぞ!」

その支社長、セクハラが激しいこと。うちの支店の女の子に付き合うべき男とやめておくべき男の指南が30分以上続いていた。

いや、言われてる女の子がどこまで気にしてるかわからないからセクハラなのか?わからない。しかし、その女の子は俺が気になってる子だ。俺が許せない。

セクハラ親父への受け答えをギリギリの笑顔で受け流す女の子。かわいい。

まったく、こんなことからも守れないなんて、我ながら甲斐性のないことである。

—-

シケた飲み会なだけあって、お開きの時間はすぐに来た。

うちの部長がセクハラ支店長と部長飲みをするそうで、早めに切り上げたようだ。

(・・・なんか物足りないし、飲み直そうかな)

そう思った俺は、片付けを早々に終わらせて一通り原状復帰をしたら、「おつかれっす!」と挨拶をしてさっさと家路についた。

「お疲れ様です!」

そう思って会社を出た時、後ろから挨拶してきたのは例の女の子。相変わらずかわいい。

「お、おつかれっす」

どもりながらもなんとか挨拶を返すが、気が気じゃない。文字通り、心臓が飛び出しそうである。

しかし、帰り道は違う。すこし会話して、別れる感じだ・・・

「あ、○○駅ですか?私今日終バスないんで、一緒にいきます」

「え、バスないんすか?」

「そう、ちょうど4分前にバス出ちゃって・・」

いつもバス通勤の彼女は、今日は駅まで一緒だ。大チャンス。めっちゃ話せるじゃん。

そう、話せるじゃん・・・コミュ障言い訳にしたくないけど、大丈夫かな、俺。

「マジ、あの支店長アク強いっすね。いつもあんな感じなんですか?」

笑いながら最初に発した俺の言葉は、死ぬほどどうでも良い話題だ。自分のコミュ力のなさに涙がちょちょぎれる。

「ね、いつもあんな感じじゃないんですけどね笑」

「前話してた支店長だよね。俺、絶対あの人変態だと思うんだ」

「え、やっぱそう思いますか?」

「うん、だって話題選びがねえ」

「ね!うち、そんなに不倫とかしそうなのかなあ」

笑いながらそう言う彼女の表情からなにか読み取れない。強いて言えば、かわいいぐらいである。

しかも、一人称「うち」なんだ。なんか、萌え。くそ、俺も変態じゃねえか。

年齢は1年しか変わらないので、お互いに敬語がついたり取れたり。どこかでお互いに敬語やめられたらなあ・・・

とか言いながらも、なんとか談笑しながら10分ほど。

あ、ちょっと肩が触れた。結構距離近いし、ドキドキする・・

「あ、私地下鉄なんですよね。もうすぐかな、入り口」

「そうなんだ。俺はJRだから、もうちょっと先だなあ」

ふと、上を見ると地下鉄の駅が見えた。ああ、もうお別れか・・・

「マジ、今日早く飲み会終わったよね。うち、全然シラフだわ」

「ね、わかる。もっと飲むつもりでいたから、なんか変な気持ち」

と話してるうちに、地下鉄の入り口を通り過ぎた。あれ、入らないのか・・・・?

いや、そもそもこの会話の流れ、二人で飲みにいこうって誘えば良くね・・・?いや、でもこれで嫌われたら・・・つらい・・・

こういう土壇場で根性がないのが、俺の甲斐性のなさである。仕事なら踏ん張るとこまで踏ん張れるのに、何がこんな違いを産むのか・・・

と思考をぐるぐるしてるうちに、もう一つの地下鉄入り口に到着。

「あ、私こっちだ。」

「あーね、了解。おつかれっす!」

「うん、じゃあ、おつかれ」

—-

(ああああああああああああああああああ!!!!なんで誘わなかったんだよ俺!!!!)

モクモクと煙が漂うビルの一室。飲み足りないけどそれ以上にのんびりしたかった俺は、隣駅のシーシャ屋にきた。

初めての店だが、きれいだしソファも座り心地が良い。空間が広いわりに、一人でも入りやすい良い店だ。

二人で来れたら、どんなに良かったことか・・・

(いやいや、そもそも一発目でシーシャって、ちょっと・・あれじゃね・・?いや、そもそも誘えなかった理由はそれじゃないじゃん。お前、言えなかっただけじゃん)

そう、土壇場で飲みにも誘えないのだ。心が弱い。雑魚である。

思い出してはたまらず、シーシャの煙を深く吸って、吐き出す。身体に悪い深呼吸で、感情の波を煙と一緒に吐き出そうとするけど、全然うまくいかない。

もやもや、イライラ、表現しがたい感情が押し寄せてくる。

一人でのんびりしようと思ったのに全然感情に収拾がつかず、煙を吸いながら高校時代からの友達に電話することにした。このシーシャ屋、WiFiあるの助かる。

似た者同士で、仕事も業界がそれなりに近い。ふとした時に、お互いに愚痴を話し合ったりする仲だ。

「あ、もしもし?」

「おお、どうした」

事の顛末を友人に話した。ついでに煙を吸って吐く。今更どうしようもないことでも、気持ちに整理をつけないといけないのだ。

「ああね、なるほどね。わかるよ、俺そういう人いないけど」

「もうね、ダメダメですよ。次は誘いたいけど、いつチャンスがあるかわからないし・・・こういうの、破壊衝動って言うんすかね。何周も回って。」

「あー、でもそれはそうかも。すべてをまっさらにする行動って取りたくなるよね。」

さすが長年の友達。わかってくれる。

「俺も、わかってるんよ。そもそもこういうことを考えてる事自体が問題だって。可愛い女の子とサシで飲みにいかない方が良いじゃん。」

「まあ、別に奥さんが嫌いとかじゃなくて、今もってるすべてを一旦破壊したいというか、まっさらにしたい感情ってあるもんね。」

「そうそう、しかも破壊衝動って名前をつけてるだけで、ただ好きなだけかもしれないしね。既婚者って意外とこんなもんなのかね」

「まあ子供はまだいないしね。奥さん元気なの?」

「うん、今日も飲み会だって」

俺は2年前に結婚している。1年前に挙式もした。

お互いの両親も、住んでる場所も、兄弟も、弱みも、全て知っている人がいる。知り合ってから10年経つし、そんなもんだろう。

そんな俺が、同じ職場の女の子にときめいてる場合ではないんだ。

そんなことはわかっている。この気持ちを成就させた先に、良い未来はない。

セクハラ支店長の声が頭の中でリピート再生される。

「お前、まじで結婚してるヤツと子持ちだけはあかんぞ!」

マジ、それな。その結婚してるヤツにも分からせてやってくれよ。まったく。

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