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いつでも変わらない彼に会う木曜の午後とねじ巻き
ある書類をもらいに、久しぶりに母校へ行った。
母校というのは、リハビリテーションの専門学校だ。
私は夫と年は違うもののここの同級生同士で、4年間肩を並べて勉強した。
だから、今でも学校の思い出話をたまにする。
「あの人は元気かなぁ。地元は仙台だよね。」
「あの子は結婚してから義理両親と同居生活して頑張ってるみたい」
「あの人はOTやめて違う仕事をしてるんだって」
「あの人はあそこの病院でずっと働いていて役職もついて大変そうだね」
みんなそれぞれの道でそれぞれが根を下ろして頑張っている。
そんな噂も風にのって私たちのもとへ届く事もある。
思えば遠くまできたものだなと思う。
学校に行くとそんなたくさんの思い出が、ジェットコースターのようにすごい勢いで蘇ってくる。一瞬頭がくらくらしそうになる。悪酔いしそうなほど、恥ずかしい、馬鹿馬鹿しい、でもどこか愛すべき思い出がたくさんつまっている。
事務に顔を出すと、私が思い浮かべた想像通りの人物がいた。
彼はここの事務員だ。
彼は私が在籍していた時と、同じ表情で、同じ顔で、同じ声のトーンで、私の名を呼んだ。
私も同じように、久しぶりなのに、久しぶりじゃないような変わらぬトーンで返事を返してみる。
彼はしがない事務員だが、ここの学校の土地主の一族である。
おそらく創立からずっとここの学校の事務で働き続けている。
彼は表情の変化がほとんどなく、言い方は悪いが愛想のないタイプの人である。
寡黙にたんたんと事務作業を卒なくこなす。
余計な話をせず、相手によって態度を変える事もない。
今日もその彼の一連の所作は、私が卒業した16年前となんら変わらなかった。
必要なものを確認し、疑問を共有する。
次回、書類ができあがる時間と私が訪れる事のできる時間を伝え合う。
静かな玄関のロビー。
そして事務の窓で隔てられた私と彼。
コツコツと小さくひびく時計の音。
離れた職員室から聞こえる話し声。
私は少しだけ自分の気持ちを共有する。
「また馬鹿なことしようと思っているんです。相変わらずです。」
彼も私の事をきちんと覚えているのを示すかのように確認をした。
「確か、○○さんは入学は大検資格でしたよね。」
お互い少しだけにやりとする。
これでいい。
こうでないと。
私は頭のねじが巻かれたような気がした。
きりきり
彼は私の在学中。いつでも変わらずそこにいた。
友達と廊下で声をあげて笑い転げている時も。
張り出されたテストの点数で一喜一憂している時も。
私の自身の恋が不安で泣いている時も。
喘息発作がつらくて早退する時も。
国家試験の勉強を食堂でしている時も。
教室で先生と真剣にディスカッションしている時も。
いつでもひっそりと静かに、でも確かにそこにいた。
私の在学中に、20代後半の女性の事務員さんがいた。
彼女は私が素知らぬうちに私のファンである事をまわりに言うようになった。
私は何で自分が好かれているのか皆目検討つかなかったが、
好かれているのは悪い気分ではなかったし、私もその事務員さんが好きだったので、よく事務所の入り口で雑談をするようになった。
いつものように彼女が「○○さん好きー!」と私に対してお決まりの文句を言って
「私がこんなに好きなの、わかるでしょ!」
と急に横にいた事務員の彼に話題を振った。
一瞬、止まった彼は
「わかりますよ。みんな好きなの。だって○○さんはいつも一生懸命で素敵ですから。」
と言い放った。
それを聞いて事務員の彼女は「でしょー!」と笑顔で満足げに笑っていた。
私はそんな事を言われるとはちっとも思っていなかったので、なんと返していいのか途方にくれて返事もできなかった。
あの時に彼からもらった静かなギフトとエール。
私はそこで大きくねじを巻いてもらった。
以来、彼の態度は卒業まで変わらず。
そして、卒後もいつも変わらない。
私はいつも、彼に会う事で
自分の変化を再確認する。
環境の変化
肉体の変化
心情の変化
変わらない彼と
変わり続ける私
私はたまに母校に来る事で
いつまでも変わらない彼にまたねじを巻いてもらうのだと思う。
そして、それはおそろしく正確で
確実なのだ。
きりきり
きりきり
じゃあ、また来週
私は足取り軽く玄関から出て
駐車場の自家用車へと向かった。
彼からもらったギフトとエールを
変化し続ける過程の中で
置き去りにしないように
注意をはらいながら
今日もまた歩み続けていきたいと
願うだけだ。
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