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色気と甘美と悪意。つくること。

今日は雑記です。
タイトルがなんかあれですね。えへへへ。

①大人の男性の色気について

表題の通りなんですが、私これ、ずっと考えていて、結論から言うと

たぶん、私めちゃくちゃ理想高いんじゃね?

というところに自分の中では落ち着きました。

というのも、今まで生きてきた人生の中で、私が出会った男性に対して、そのようなものを感じたことが全くないんです。これは、一部の方にはかなり失礼な発言をしているかもしれません。(もちろん夫含めての話)

最初は「ああ、私、鈍くさいからこういうものへのアンテナがたぶん壊れてるんだな」とか、「そういうものを醸し出してそうな人がいる場所へ積極的に参加してこなかったせいかしら」とか色々考えたのですが、なんとなく上記の結論に今のところ至っております。

(ちなみに女性には感じたことはあります。露骨なのじゃなくて...控えめなやつ)

それで、娘と息子にそんな話をこの間してみたんですよ。(どんな親だ)

私はまわりの方に正直そんなこと感じたことはない。けれどももしかして例えば俳優さんとかでいるかもしれない....。

と話すと、娘は

「私が思うにマッツ・ミケルセンとかかな?」

と言うので

「ああ!マッツだね!!」


と声を大きめにして賛同しておきました。

うわさのマッツ・ミケルセン

(まわりに「かわいい」男性はたくさんいらっしゃるとは思っています)

(娘とは色々趣味が合いそうな気がしてます)

②甘美について

漫画の話です。
ブルーピリオドで有名な山口つばささんの短編集。「ヌードモデル」を読みました。

一言で言うなら

「甘美」

かなぁ。

そしてあえて付け足すなら「背徳」かなぁと。

そんな印象でした。

甘美って....と思って、そこで考えたこと。
私はよく永井玲衣さん関連のPodcastのラジオを聞いているのですが、そこで出てきた「甘い毒」の話を思い出したんです。

「甘い毒」について、いろいろと例えられていたのですが、永井さん的には「自分が思っている自身の能力より過剰に認められたり賞賛される体験」と話しておりました。他の方は「これやってればいいや。ずっとこれだけしてればいいやみたいなやつ」と例えられていて、おもしろいなと思ったのです。

そんな体験を人によってどう捉えるかってそれぞれ違うと思うんですよ。「もうずっとこれでいい!」って思う人もいるかもしれないし「なんでこんなことが起こるんだろう?どうしたんだろう?」と思う人もいるかもしれない。

そのまま甘美な体験を享受する人もいるだろうし、その状況に懐疑的な人もいると思うんですよね。後者の人が「甘い毒」だと思うタイプかもなのですが。

私は割と後者なんです。

たとえば、自分が仕事をしていて、利用者さんの状態がすごく良くなって感謝されることもあるのですが、その賞賛のされ方が過度であった場合。私は、単純に嬉しい気持ちと同時に「これはいかんこれはいかん」と自分に言い聞かせていたりもする。

どこかブレーキをかけがちです。
冷静な...メタな自分がいて「調子に乗るなよ、自分」みたいに後ろから自分に対して声をかけたり、自分の首根っこをひっぱっていたりする。

でも甘美にひたってみたい...と思うこともある。
我を忘れて甘美に浸ることに対しての欲求もどこかにあるし、憧れもあるんだろうなぁとも思います。

でも、それはただ甘いだけではなくて...やはり遅発性の毒みたいなものも含まれているとは思うのですよ。

ヌードモデルを読んでそんなことも感じました。主人公たちはそれぞれ甘美な世界に惹かれていって、それぞれの顛末は違いますが、みな危ない橋を渡ってしまいます。そんな危うい....魔法にかかったような異質な世界は、あなたの前に、もしかして急に訪れるかもしれません。

こわやこわや。

③悪意について

何かに憤っている人がいたとしますよね。

対象は個人でも社会でもなんでもいいんですが。

それで基本的には、私は話を聞いていきたいなと思って最初は聞いてるんです。
「この人はまじめだなぁ」とか「こういう価値観だな」とか「大事にしている思いがあるんだな」とか思いながら聞いてるのですが、あまりにも批判的な内容が続いたり、分断を感じる発言を長く聞いていると

もやもやしちゃうのです。

私の心が。

そのもやもやが嫌だなぁと思って。

そんなこと思っちゃう私が未熟だなと思ってます。


「私だって、そんなことは前から思ってるんだよー」とか
「でもその相手にも大事な人がいるんだよー」とか
「どんなにあなたにとってダメなやつでもダメなやつらと共に生きていかなきゃいけないんだよー」とか
「攻撃しても解決に至らないんだから、もっといい方法を考えようよー」とか

色々思っちゃって、ダメです。

私は、自分が分断を作った時に世界でも分断が起こっていると思ったりしちゃうタイプです。それは私の思い込みなのかもしれないのですが、基本的には必要じゃない人やものはいないと思いたい。

このもやもやは、私の悪意のようなものかなと思ったりもします。(異論は認めます)

批判をしている人をついつい批判したくなってしまう衝動を備えている私はかなり悪いやつだなと思ったりします。でも抑えられないんだよねー。とめられない私の中のクリティカルマインド。
わかり始めたマイレボリューション(←これはかんけーない)

強い意見に対して抗いたい!みたいな性質を持ってるのかもしれません。

強くさせない!みたいな。

光っていたら影をぶっこみたくなるし

影があったら光を差し込ませたくなります。


ついついです。


年取ったら変わるかなぁ。うーん。謎。


④つくること


創作を書いてまして。

挿し絵をぷんさんに頼んでおります。
その挿し絵として、お話の中で入りきらなかったでてこなかった部分の絵を、ぷんさんが公開してくださっております。


ぜひ、ご覧あれ!!

私は彼女の絵をひと足お先に見せてもらったりしています。でもここに描かれている絵の中には私も見ていないやつもあって

「えええーー!!こんな素敵な絵が没に?!」

と驚き桃の木山椒の木(死語)でした。

彼女が向き合う「もののつくりかた」について。

いろいろと考えていらっしゃることを聞かせてもらうのは、すごく贅沢だと思っています。

共につくることについては、これほど楽しいとは思っておりませんでした。想像以上です。

なので、幸せだなぁと思っています。丁寧で密な時間を過ごさせてもらって、きっとこの先この経験を思い出したり、何かに反映されることがあるのだろうなと予感しています。

あらためましてありがとうございます。


今日は雑記でした。
運転が多い仕事なので、運転しながらいろいろ考えたりしてます。「これnoteに書こうかな」と日々思い浮かぶのですが、なかなか実行にはうつされず消えていってしまった思いもあります。でも、たぶんいつの日かまた舞い戻ってくることもあるので、気が向いたら頑張って書きたいです。

それではまた〜。




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