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シネマノスタルジア【愛すべき映写技師のおっちゃんたち】

しばらくお待たせしていました。
またこのシリーズをそろりそろりと再開したいと思います。
前回まではこちらをどうぞ。

今回は4回目になります。

今日は予告していた「映写技師さん」たちのお話です。

映写技師とは映写を行う技術者のことである。
映写技師は主に以下の業務を行う。

フィルムの装填
上映作品を映写機にセットする。
上映の開始
時間表通りに映画をスタートさせる。また、映像・音響を必要に応じてコントロールする。
フィルムの編集
映画作品は通常5-8巻ほどに小分けされて届くため、それらを上映できる状態に仕上げる。
映写装置の保守管理
掃除やメンテナンスを行う。必要であれば調整・修理する。(wikipediaより)

私が勤めていた映画館の映写技師さんは2人いらっしゃいました。お2人ともおじちゃんです。

お2人は主にB館とC館のフィルムの装填や上映のつなぎ操作を行なっておりました。
A館は当時の最新の映写機だったので、私たちアルバイトでも操作できるし、専務も常駐していたので、お2人は時々ハプニングがあれば立ち寄る程度でした。

映写技師さんたちはそれぞれ何となく持ち場が決まっていたのですが、いつも2人がいる訳ではなく、出勤はほとんど交代制でした。なので、自転車でB館とC館を移動しながら、映画の終演・上映の切り替えの時間に作業をしていました。

1人目 ナカさん(仮名)
ナカさんはいつもサングラスをかけていました。服装はポロシャツやシャツにチノパンという出立ちで、ちょっと差が高くスタイルは中背でした。雰囲気は少しダンディな感じで、石原軍団にいそうな人でした(←あくまでもイメージです)

ナカさんはそんなに口数は多くないのですが、パートのおばちゃんたちに人気があり、冗談などにも付き合って下さる気の良い方でした。
仕事も着実にこなし、その動きはとてもスマートです。
あまり自らを主張しない人でしたが「今日は元気ないな。大丈夫か?」と私の体調なども気にかけて下さるような紳士的なおじちゃんでした。

かっこいいですよね。

ただ、ひとつ気になるところ以外は完璧なおじちゃんなんです。

私が唯一気になっていたことは

ナカさんの片手には小指が見当たりませんでした。

うーん。何回見てもない....。

やさしいナカさんから感じるオーラは、やさしいだけでなく、どこか人を寄せつけすぎない影を感じるものでした。

私は、ナカさんに直接その小指の事を聞いた事はなかったのですが、パートのおばちゃんが「あれは組を辞める時にそうなっちゃったみたいよー」と笑いながら笑顔で教えてくれました。隠してなかったのねーと思いながら、でもなんとなくその事にはふれない私なのでした。

2人目 ニシさん(仮名)
私はC館に配置されることが多く、映写技師さんのニシさんもC館にいることが多かったので、ナカさんよりも一緒に過ごす時間は多かったと思います。

ニシさんは小柄なおじいちゃんで、少し痩せ形でした。お顔は間寛平さんを彷彿とさせるような顔立ちで大変穏やかな印象を受けました。

ニシさんもナカさん同様に私たちアルバイトにやさしく、その姿はさながら孫を心配するおじいちゃんでした。

世間話もよくしましたし、その彼の穏やかな表情と佇まいは人をリラックスさせるものでした。人見知りの私もニシさんの前ではそんなに緊張しなかったのを覚えています。

しかしニシさんには二つ程、困ってしまうところがありました。

・飲酒疑惑
ニシさんはお酒が好きでした。
時々なのですが、夕方頃になると仕事中なのにアルコールの匂いがすることがありました。顔色もややほんのり赤いので、私たちアルバイト組はすぐ気がつき「ニシさんは今日も飲んでるよね」とお互いにアイコンタクトを交わし合っていました。

まあ、正直多少酔っ払ってるくらいなら、私たちもそんなに気にしないのですが、お年寄りなので各館移動の自転車走行時に転倒しないかみんなで心配をしていました。

それと、酔っ払っているとフィルムのつなぎが雑になりました。

いきなりブツ切れになるんです。

最初見た時は私もびっくりしました。

例えば、まだエンドロールが終わってないのに途中で切れたりとか

CMが中途半端に切れたりとか

オープニングが変なところから始まったりとか

そういう事が起こりました。

「これは...いいのかな....?」と疑問に思ったのですが、フィルムを操作できるのは技師さんだけでしたし、お客さんからそのような事でクレームをもらったことはなかったので、私たちも基本スルーでした。

「またやってる...ニシさん。」

噂では専務が薄々気づいてたようでしたが、あまりお咎めはなかったようです。

・モコズキッチンならぬ「ニシズキッチン」が始まってしまう
ニシさんは私たちの事が本当にかわいかったんだと思います。その事についてはアルバイトたちもそれぞれが心の底から感謝していました。
けれども、夕方になるとバイトの山田さんがそわそわし始めるのです。
「またニシさんが怪しい動きしてるわよ」

ニシさんはご機嫌がいいと、映画館の中で勝手に料理をし始めるのです。

館内に台所なんてものはなかったので、普通の手洗い場みたいなところで包丁やまな板や材料を広げて、作り始めるのです。

その調理過程は明らかに不衛生なものでした。

ちなみに、手洗い場は昔の小学校みたいなやつをイメージして頂けるといいかと思います。

そして、完成した料理を「お腹が空いてるから食べなさい」と言って満面の笑みでふるまってくれました。

私たちはニシさんの笑顔と好意を無下に断るわけにもいきません。

ある時は山田さんが「私、昨日ニシさんの料理を食べてからお腹の調子が悪いのよ」と告白して、ロキノンさんが「超ウケるんだけどー」というやり取りをしていた事を私は何となく覚えています。

今思い返してみても、ひどい食中毒などにならなくて良かったと思います。みんなのお腹が比較的頑丈で良かったのかもしれません。

このニシさんとはこれっきりで私は会うこともなかったのですが、人生とは不思議な縁があるものです。
10年くらいの月日を経て、私の職場でニシさんの妹さんとお会いする機会があったのです。ニシさんの妹さんと私はお互いによくニシさんのお話をしました。

妹さんによると、ニシさんはその後、脳卒中を患い、やや体は以前より不自由でしたが、1人できままに暮らしているとの事でした。

人生って何があるのか本当にわからないものです。

今回は愛すべき映写技師さんたちのお話でした。

時々しか入りませんでしたが、映写室のあの独特の匂いや、雑然とした風景、薄暗さなどを、私はまだ思い出すことができます。もう失われてしまった風景ですが、私の心の中にいつまでも大切に置いておきたいものの一つなのです。

また次回に続きます。


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