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【読書4】過去から続く今、未来へ続く今/柴崎友香著「百年と一日」

とても素晴らしい小説に出会ってしまった。
しかし、どんな小説なのかと言われると非常に紹介が難しい。

柴崎友香さんの「百年と一日」は、場所が持つ記憶のようなものを綴った短編集だ。ある場所における百年を超える出来事がまるで一日の出来事を語るようなサイズで語られている。それぞれの短編に登場する場所や人々には必ずしも名前が与えられておらず、いつの時代の出来事なのかも、どこの国の出来事なのかも明らかではない。それぞれの物語にものすごい起承転結があるわけでもない。でもそこが素晴らしい。

大根のない町で大根を育て大根の物語を考える人、屋上にある部屋ばかり探して住む男、周囲の開発がつづいても残り続ける「未来軒」というラーメン屋、大型フェリーの発着がなくなり打ち捨てられた後リゾートホテルが建った埠頭で宇宙へ行く新型航空機を眺める人々……時間と人と場所を新しい感覚で描く物語集。

引用:筑摩書房ホームページより

風変わりな人がたくさん登場する。不思議な出来事もたくさん起きる。良いこともあれば悪いこともある。ただ物語は終始フラットでただただ時が流れている、その感じが不思議と心地よい。

「今」という瞬間は線の中の一点だ。誰もが過去から続く今に、未来へ続く今に生きている。今私が暮らすこの場所の百年前の姿を思い浮かべてみる。鬱蒼とした森でたくさんの動物たちが暮らしていたかもしれないし、はたまた名前も知ることのない誰かが喜びや悲しみを日々抱えながら暮らしていたかもしれない。そして百年後、また私の知らない誰かがこの場所で笑ったり泣いたりしながら暮らしているのだろう。百年、百年、百年…時は流れて多くの出来事は記録にも記憶にも残ることなく忘れ去られて行く。人々の喜びも悲しみも苦しみも幻であったかのように忘れ去られて行く。それでいい。ただその忘れ去られて行った全てのものたちを土地だけは記憶しているのかもしれない。

「百年と一日」を読みながら読み手はそれぞれに自分の記憶をまさぐる。忘れていた記憶が蘇ったり、今はもう会うことのない人のことを思い出したりする人も多いに違いない。
そういう意味において「百年と一日」の楽しみ方は人それぞれであり、「百年と一日」を読んで思うこともまた人それぞれなのだと思う。まずは著者が描いた世界を楽しみ、その上でさらに読者それぞれがそこから独自に自分だけの世界を広げることができる、そんな無限の可能性のある小説だった。

「百年と一日」はある程度歳を重ねてから読む方が楽しめる小説のような気がする。そう思うとこうして歳を取るのも悪くないよなぁ…なんて思ったりする。

今のところ2024年に読んだ小説の中で一番好き。

柴崎友香さんと柴田元幸さんの対談(なんですか!この素敵な組み合わせは!)も合わせてどうぞ。

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