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秋といえばコオロギじゃない?

コオロギたちは秋の創造主を自負していた。

熱風を涼風に変え、緑葉を落ち葉に変え、昼を短く夜を長くするのは、創造主たる使命として甘受していた。

こんな伝承が語り繋がれていた。

宇宙が擦り合い、音が生まれた。
音は空と土を造り上げた。
空と土は混じり合い太陽と月が産まれた。
コオロギの始まりはこの二つの卵である。
全てのコオロギはこの子孫である。

年々コオロギたちの数は減っていたが、ここに一匹の産まれたばかりのコオロギがいた。

彼はまだ音を持っていなかった。

音のないコオロギは、しばらくは自身もそれでいいと、自然と戯れていたが、やがて音を探すようになった。

どこかに自分の音があるはずだった。

空に漂っているかもしれないし、土の中に埋まっているかもしれない、かけがえのない自分だけの音を見つけなければいけなかった。

案外近くにあるかもしれないな、というのが彼の考えだった。

そこで、風の音に触覚で触ってみた。背筋がゾクゾクし、少しだけしょっぱかったのですぐに選択肢から外してしまった。

次に樹の上に登って、月光の音に触れてみると、硬水の水を飲んだ後のような胸焼けがしたので後ろ脚で蹴飛ばした。

時にはニンゲンの鳴らす楽器の音にも触覚を傾けるという暴挙にも出たけど、余りの幼稚さに自己嫌悪して落ち込むばかりだった。

そんな風にして音を放つありとあらゆるモノに触れてみたけれど、一向に自分の音は見つからなかった。

やがて、世界が終わろうとしていた。

コオロギたちは冬を知らなかった。わずかばかりの夏と秋の二色がコオロギの世界だった。

もうすっかり大きくなった音のないコオロギは、枯れ葉が落ちる音を千枚も聞いた。
カチコチカチコチカチコチカチコチ・・

赤く燃え尽きた最後の一枚が枝から落ちたとき、そのコオロギは初めて淋しくなった。

ひとりぼっちの自分が哀れで情けなかった。
結局生まれてからただの一つも音を鳴らすことがなかったことが悔しくてたまらなかった。

もうどんな音でもいい。消える前に一度だけでも音を創ろう。
コオロギは精一杯羽根を擦り合わせた。

不器用で、儚い音が鳴り、すぐに消えた。

わずかな静寂の後、隣の草むらから似たような、羽根を擦り合わせる音が聞こえた。

リーリーリー

驚き、ひとっ飛びして草むらに向かうと、そこには女の子のコオロギがいた。

「さっきのはあなたの音なの」
「たぶん、そう。羽根から音が出るなんて知 らなかった。」
「アタイ、初めて他のコオロギの音を聴いた わ。」
「僕も初めてだ。きっと最初で最後だ。」

二匹はしばらく、じっと互いの音に聴き入っていたが、やがて顔がニヤツキだし、同じタイミングで吹き出した。

「下手くそだね」「本当だね」

秋の創造主たちは、ふたりぼっちで不器用な音を鳴らし続けた。

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