マガジンのカバー画像

畑の生活

16
LIFE IN THE FIELD 畑仕事=フィールドワークの記録
運営しているクリエイター

記事一覧

【畑の生活】自然であること。

【畑の生活】自然であること。

2週間ぶりの畑。ほうれん草、小松菜、チンゲンサイ、葉物三銃士はどれくらい育つものなのか様子を見ていたが、外側の葉が褪せてきており、どうやらこれ以上大きくなる気配はない。長老によると時期が良ければもう少し大きくなる様だが、11月に入ってからの種まきでは少し遅かったみたいだ。ほうれん草とチンゲンサイは何度か間引きながら収穫していたので、残っている分をすべて引き抜いていく。なかなかの量ではあるが、ほうれ

もっとみる
【畑の生活】土の尾途を聴く。

【畑の生活】土の尾途を聴く。

年の瀬は例年になく冷え込んだ。僕の住む里の方でも雪がちらつく日がいく日かあり、畑の様子が気になっていた。師走とはよく言ったもので、いよいよ年末ともなると別段何ということもないのだけれど、なにかと忙しい雰囲気に飲まれ、毎年体調を崩したりもする。一年という節目、区切りを意識することも大切ではあるが、一直線上ではない円環としての暦、そのリズムと調和したいものだ。結局、畑に行けたのは大晦日ギリギリだったの

もっとみる
【畑の生活】ほうれん草

【畑の生活】ほうれん草

その日、畑に出ているのは長老と僕たち家族だけだった。冬は夏に比べてやることは、そう多くない。冬の畑は静かに時間が流れていくそうだ。長老はいつもの紺色の作業着の上から黄色い防寒着を着て、農園全体をゆっくりと歩いて各畑の様子を見て回っている。「だいぶ順調だ。」うちの畑を見て長老が言った。ベビーリーフは、何度か収穫しているがまだ成長している。色んな種が混ざっているので、水菜やルッコラ以外にも若いレタスの

もっとみる
【畑の生活】密集する根

【畑の生活】密集する根

長老によると畑の水やりや手入れは夏場は1週間おき、冬場なら2週間おきでも十分らしい。それでも僕は畑の様子が気になるし、できるだけ土に触れたい。畑をはじめてから毎週末には欠かさず畑に通っていたが、その週末は雨がつづいたため家にいた。晴耕雨読だ。前の週に初めて収穫したベビーリーフはサラダにしたり、パンに挟んだり、お粥に入れたりして堪能させてもらったが、まだ少し残っている。ベビーリーフの青々としたほろ苦

もっとみる
【畑の生活】ネイキッドな場所

【畑の生活】ネイキッドな場所

長靴に履き替えて畑に出てみると、バインダーが数本外れてビニールのアーチの片側が大きく捲れあがっていた。風に煽られたらしい。土に刺さって綺麗なアーチをつくっていたバインダーの一方が土から抜けて、真っ直ぐになってしまっている。壊れたビニール傘みたいでなんともみっともない。さて、どうしようかなと考えていると長老がやってきた。長老はビニールが肌けた畑を見て「風が強かったからな。」と言った。ここ数日、ぐっと

もっとみる
【畑の生活】無我の記憶

【畑の生活】無我の記憶

此方と彼方を行ったり来たり。此岸と彼岸を往復する。此岸にあるとき彼岸を想い、彼岸にあるとき此岸を想う。僕はふたつの岸を空間的に水平移動することによって、自分の次元を垂直に拡張しつつある。それは対話にも似ている。対話は単なるキャッチボールではない。書くこと、読むこと、話すことの本質、根源のようなものは、意思の伝達という手段のもっと手前にある対象と混ざり合うことだ。空間、時間、物理、肉体、絶対的に隔て

もっとみる
【畑の生活】記憶という香り

【畑の生活】記憶という香り

つい数週間前まで農園のなかでぽっかり何もなかった空間は、ほんの少しだけ畑らしくなってきた。耕し、土をつくり、種と苗を植え、ビニールハウスを立てると、空間の広がり方がまるで違う。それは「更地」と「何かが植わっている状態」という3次元的な視覚認識の差だけでなく、ここに至るまでの段階と時間、記憶の層が、僕の知覚する畑という空間を膨張させているのかもしれない。

冬の間の水撒きは、2週間に1度くらいでいい

もっとみる
【畑の生活】当たり前の奇跡

【畑の生活】当たり前の奇跡

玉ねぎの苗を植えてから1週間。気温もぐっと下がり、シャーマンロードはうっすら紅く色づき始めている。彼方と此方をつなぐこの道を僕はこれから何往復もするだろう。でも、一瞬も同じ風景にとどまることはない。風景はつねに変化している。色、温度、風、どれもが少しずつ変わっていく。すべてが息づく永遠の中の一瞬を僕は往復する。

畑に到着し、長靴に履き替える。スニーカーが汚れるから履き替えるのではない。土を踏むた

もっとみる
【畑の生活】土のあたたかさ

【畑の生活】土のあたたかさ

土に指で浅く穴を開けて、ぽろぽろと種を入れていく。スナップエンドウの種はひとつの穴に対して3つずつ、正三角形になるように置いてやさしく土をかぶせる。長老の教え通りにやってみる。正直、これだけでいいのかと思うほどシンプルだ。葉物野菜なんて穴どころか、スコップで筋を引いてふりかけのように細かな種をばら撒いていくだけだ。拍子抜けしてしまう。土づくりや畝づくりが、どんなに複雑で骨の折れる作業であったとして

もっとみる
【畑の生活】そらいろのたね

【畑の生活】そらいろのたね

2本の畝を寝かせている間に、ホームセンターで野菜の種を買った。これまでホームセンターに行っても、素通りしていた入り口の外にある園芸コーナーの種のラックをじっくりと見る。秋冬でも植えられる野菜の種がずらりと並んでいる。思っていたよりも多い。それぞれ撒ける時期と収穫時期が書かれている。今から種を蒔くにはすこし遅そうなものもあるので、ひとつひとつ確かめながら種を選ぶ。

エンドウマメは秋植えできる越冬野

もっとみる
【畑の生活】触れる

【畑の生活】触れる

越冬野菜は育てられる種類が限られていて、10月から11月に種まき、植え付けができるのはエンドウマメや玉ねぎくらいだそうだ。これだけの広さがあれば自分たちでは食べ切れないほどの玉ねぎがとれるぞと長老は笑う。僕は正直、野菜がどれくらいの速度で成長し、どんなサイクルで収穫できるのかまったくイメージが湧かない。とりあえず長老に教えてもらいながら畝は1本できた。この畝をふたつに分けエンドウマメと玉ねぎを植え

もっとみる
【畑の生活】藁のある風景

【畑の生活】藁のある風景

牡蠣殻の次は肥料だ。ペレットと呼ばれる乾燥した犬の餌みたいな粒状の肥料をまたパラパラと撒いていく。これも有機物を発酵させたもので、栄養満点なのだと長老は笑う。撒き終わったら、これらを鍬で畝の土と混ぜ合わせていく。長老は鍬を細かく捌いて土を混ぜる。僕も見よう見まねで鍬を入れる。白く乾いた畝の中の茶色い土があわらになり、黒い堆肥、牡蠣殻、ペレットと混ざり合っていく。中央だけでなく畝の縁からも土をすくい

もっとみる
【畑の生活】乾いた雪

【畑の生活】乾いた雪

平たい畝の表面に堆肥を敷いたら、次は牡蠣殻を撒いていく。牡蠣殻とはその名のとおり牡蠣の殻を蒸して細かく砕きカラカラに乾かしたもので、カルシウムとミネラルがたっぷり入っているそうだ。黒い堆肥の上に白い牡蠣殻の破片がぱらぱらと落ちていく。雪みたいだ。乾いた雪は土のなかで分解され、土が肥えていく。土はあらゆるものを受け入れる。有機物の記憶。大地はそれを記録している巨大なレコードだ。レコードは回転する。有

もっとみる
【畑の生活】純粋経験

【畑の生活】純粋経験

長老は腰巻からメジャーを取り出し畝を実測する。長老は目分量ではなくしっかりと実測することが大切だと言う。畝には最終的にマルチと呼ばれる黒いビニールをかける。マルチの幅が1メートルで、畝の幅が1メートル。マルチは土をかぶせて固定するのでその分、畝の両端をレーキと呼ばれるフォーク状のトンボのような農具を使って削っていかなければならない。木の柄を握り、レーキの爪を刺して土をかく。ザッと心地よい音が身体に

もっとみる