贖罪許さぬ愛

空っぽになったアイスココアのグラスには、溶けきらない氷とココアの雫で汚れたストローが残っている。私はストローを掻き回す。氷が弱々しくグラスにぶつかり、虚しく鳴く。
正面に座る彼女は、煙草を吸う。手巻き煙草だが美しい棒状だ。彼女は手先が器用なのだ。煙が私の肺に入り、私は咳き込みそうになるのを堪える。まるで幸せを逃すのを怖れているかのように。
私は煮え切らない棒状の磁石を思い浮かべる。私と彼女は棒磁石なのだ。向かい合って煙草を吸いながらお互いにちらりと瞳を覗き合う、まさに今。
N極とS極は引き合いながらもくっつくことはできない。同じ棒状の空間に居座りながらも相手の奥底を探ることは許されない。
反対の極へ行こうと、逆向きに強い磁場をかける。自身を麻痺させるほどの強い磁場を。自身が死ぬかもしれない強烈な力を。その悲劇は光が瞬き出来ぬ間に一転して、喜劇と化す。
N極はS極になり、S極はN極となる。かつての己が存在し得なかったのと同じ世界で、私は彼女になり、彼女は私になる。煙草の灰ほどの存在感もなく、完全な無となる。
私はすべてを知っている。私は彼女を、愛しすぎたのだ。

#小説 #詩 #短編 #エッセイ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?