小説/黄昏時の金平糖。【タイムレコード0:07】#23 六人の声、二人の感動

師走わさび 6月3日 金曜日 午後10時00分
        愛知県 夏露町 からふるとまと

「もう一度君に会おうとして─、、、♪」
 音源は学校に持っていけないから、アカペラで歌うしかなかった。
 私は歌をぴたりと止める。
 ─なんか違う。
 というかさっきから何してるんだろう。テスト勉強を中断して。期末テスト、大事なのに。
 それでも手より口が動く。

 と、コンコンとノックの音が聞こえて「寝る時間だよー、おやすみー」という棚本さんの声がした。
 「おやすみなさい!」と私は応えてベッドに飛び込んだ。
 寝る前にスマホで聴いておこうと、天体観測を呼び出す。やっぱり素敵な曲だ。

 聴いてる途中で、アカペラってどんなのか聴いてみよう、という思いが出てきた。
 「天体観測 アカペラ」と打って、何も見ずに一番上の曲を押した。

 アカペラは、一人で音源無しで歌うこと。楽しみに広告を待ち、スキップボタンを押したところで、私は思わず、手に持っていたスマホを床に落とした。

黎明わた 6月3日 金曜日 午後10時00分
            愛知県 夏露町 黎明家

 もう10時だし、寝なきゃな。
 そうやって思って髪ゴムを外した。でも、今日が終わってしまうのがちょっと名残惜しい。
 日記は今日は面倒だからやめよう。
 そんなことを適当に思ってテレビのリモコンを手に取った。

「─次は国立音樂大学“Music Troupe × Theater アカペラ部”より“天体観測”です!ではどうぞ!」
 アカペラの番組だ。
 アカペラって、一人で歌うやつだったよなぁ。確か。人がたくさんいるから、一人ずつリレー形式で歌うのかもしれない。

 あんまり興味無いな、と思って消そうとしたその時、自分の手からリモコンが離れた。

黎明わた、師走わさび 6月3日 金曜日 
         午後10時05分 愛知県 夏露町 

 足元で、カシャン、という派手な音を立てた。

 これ、何人いる?
 
 ざっと数えて6人くらい。
 アカペラって、こんなに人数いたっけ。
 一人一人が違う音を奏でていく。

 ベースの音やドラムの音、高い音から低い音まで、六人の色とりどりの声が聴こえる。

 何これ、何これ。

 言葉にできないほどの、大きな衝撃だった。

 よく分からないけど、すごい。

 この気持ちを、この感動を誰かに表してもらいたい。

 今、この瞬間にスマホのカバーを割ったのは/リモコンの電池カバーが取れたのは、私/自分だけだろうか。

 こんなに素敵な演奏、聴いたことない。
 
 そだよね。声の幅ってこんなにあったっけ。

 私は、一緒に重ねて高い音を歌った。

 自分は、ドラムの音を一緒に奏でてみた。

 ─すごい、私、今めっちゃ歌えてるかも!

 ─自分初めてだよね、すごい上手いじゃん!

 アカペラは本当は聴いていたいけど、

 何よりも先に口が動く。

 あぁ、これだ!この感覚!

 もっとこの時間が続いてほしいって!

 私/自分は、アカペラを大好きになったんだ!

 続


読んでくださってありがとうございます!
次回もお楽しみに!

それじゃあ
またね!

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