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A家にて【怪談】

大学構内にある食堂で、友人のAが突然
「うち、幽霊出るっぽいんだよね」
と訳の分からない事を言い出した。
幽霊だか妖怪だか、はたまたUFOだかの類いは全く信じていない私には、冗談の中でもかなりランクの低い冗談だとしか映らなかった。
「ふぅん」
と適当に相槌を打つと、Aは続けて
「それで最近凄く困ってて……全然夜眠れなくて」
などと付け加えた。顔を見れば確かに目の下に大きなくまが出来ているし、全体的に青白く、元気がないように思える。最近A宅付近で事件が起き、連日連夜マスコミが張り付いていたのもあって寝不足になり、それで変な夢でも見ているのだろうと私見を述べた。それ自体はあながち間違いではないだろう。
しかしAは
「そうじゃなくて……夜首締められたりとか、足を誰かに踏まれたりとか……とにかく寝れなくて」
そう言った。話を聴いたせいもあるが、Aの首が赤い様な気もする。
「1回ウチに来て確かめてくれない?1日だけでいいから」
私は面倒臭さを感じて断ったが、あまりにしつこい為に、明日1日だけねと約束してしまった。

翌日Aの家に向かう途中、規制線の張られた家を見た。
中が見られる様にはなっていないが、二階の窓には大きくビニールシートが張られている。事件が起きたのは二階という話だったか、よく覚えていない。とにかく物々しい雰囲気だけは伝わってきた。

それらを横目にAの家を目指した。
Aの両親は既に帰宅しており快く出迎えてくれ、私は菓子折りを渡し、早速Aの部屋へと上がった。新築らしく綺麗な部屋で、霊道がどうのと言うが特に変わった様子は見受けられない、というと
「そりゃ幽霊なんだから見えないでしょ」
と尤もな事を返された。なんだか拍子抜けしてしまい、Aの言うことが信じられなくなりつつあった。
それから暫くの間歓談し食事をご馳走様になり、気が付けば12時を回っている。
時間を意識したからか、Aの表情は暗くどこか落ち着かない様子で顔色も悪い。
「大丈夫だって」
励ましはするものの特に効果は見られない。私は半ば呆れつつも床に寝転んで励ましつつ睡魔が訪れるのを待った。
恐怖も睡魔には勝てないようで、ベッドの上でAが寝息を立て始めたのを機に、私も眠りについた。


「ふっ……くっ……うっ……」
頭上から聞こえる声に意識だけが覚醒した。声でそれがAの寝言だと分かったが、やはり上手く眠れていないのだろう。苦しそうに呻いている。
重たい瞼を少し開け足元にある時計を見ると、午前3時を指していた。
嫌な時間に起きちゃったな……Aは大丈夫かな?
そう思い体を起こし、Aの様子を伺った。
するとAは苦しそうに顔を顰めて大量の汗をかいており、呼吸も苦しそうに見える。
1回起こした方が良いかな。
と、肩に手を伸ばした時、違和感に気付いた。

首の辺りが薄らと黒い。
家の中で明かりも消しているから分かりにくく、影かと思っていた。しかし、明らかに影よりも密度の濃い黒が首をぐるっと1周するように巻きついている。
しかももぞもぞと微妙に動いている。黒い何かが動く度にAは呻き声をあげ、それに合わせて何かの輪郭がはっきりとしていく。

……煤だらけの手だ。

横たわるAの首元から2本の煤だらけの腕が伸び、ゆっくりと、しかし着実にAの首を締めている。
私は驚きと恐怖のあまり息を忘れ、Aの名前を呼ぼうとしても喉でつっかえてしまい言葉にならない。
するとAの足元から
トスっ
と、布を叩いたような軽い音が聞こえた。
眼球のみを動かし出処を確認すると、Aの両足先が布団の中で不規則に動いているのが見えた。足が痺れた時にプラプラと振る様な、つま先で小石を弾く様な、そんな動きだった。
首の腕もどうにかした方が良いが、見えない部分があるのはかくも恐ろしい。導かれるように布団に手を伸ばしてくいっと引っ張る。するすると私の手前に流れ落ちた布団。
手首から千切れた右手と親指が千切れた2本の腕が、Aの足を引っ張ろうとしていた。
体を足の方向に引っ張りたいのだろう、脛の辺りから掴もうと手を伸ばすが千切れた手では上手く掴めず、足の甲を押さえる形でベッド下にずり落ちていく。そしてまた引っ張ろうと脛を掴もうと手を伸ばす。
千切れた箇所が違うから不規則に動いていたのだと、それで分かってしまった。
私は声にならない悲鳴をあげ、抜けた腰を引き摺り後ずさる。
部屋の半分に差し掛かると、後方のドアがカチャリと開いた。言わずもがな、Aの家族ではない。
びちゃびちゃと滴る水の音に加え、べちゃりとカーペットを踏む音がこちらにゆっくりと近付いてくる。
固まったまま動けずにいる私の背後までそれがやって来て、立ち止まった。
どちゃっ
と細長い何かが背中に当たり、じわりじわりと背骨に沿って這い上がってくる。そして視界の上部から同じ速度で濡れた黒い髪の毛が降りてきて、暗くて見えない筈の嫉妬に満ちた顔が私を覗き込んだ。
その後すぐに私の髪を巻き込みながら這い上がった細長い何かが肩に落ち、私は気を失った。

細長い何かは太い縄の様に見えた。


翌朝、私は絶叫と共に起床した。Aが肩を揺らしていたらしいが、どうやらそれが昨日の事を彷彿とさせてしまったらしい。
Aに昨日の出来事について伝えると、更に恐怖を煽ってしまったのか泣き出してしまった。
私の方が怖かったのだが。そう思いつつも慰め一目散に階下へと移動した。

後日、散々調べた挙句辿り着いたとある寺の住職をA家に呼んで調べてもらった。

住職の話によれば、A家の2階、特にAの部屋を【霊道】が通っている。霊道の通り道にいれば、死者は生者を羨ましがり、あの世へ引き摺り込もうとするとの事だった。
何故今の今まで怪奇現象が起きず、最近になって起き出したのか定かでは無いらしい。
ただ可能性の話だが、本来はある1点を目指して続く筈の霊道が、霊道付近で起きた事件事故により曲がってしまいA家を通ってしまったのが1つ。
もう1つは、家屋を建てる際、本来地鎮祭などを執り行う必要があるのだが、それを怠ってしまった結果土地神ないし、土地そのものが怒り、霊道に干渉して見えるようになってしまった。これが2つ目だと言う。

結局原因が分からずじまいの為、除霊だが地鎮だかの儀式だけはしてもらい、住職は帰った。
Aはというと、階下の狭い部屋を貰い、2階は物置として使用するようにしたようだった。

それから3月経ってからだったかと思うが、A家より少し離れた地区で焼身自殺があった。
戸建ての2階だった。

私は完全に興味本位でそれら3点を線で結んでみたところ、線上に恐山の名前を発見し、それ以上詮索する事はしなかった。

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