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異形の匣庭 第二部⑫-4【怨故知新】

「拾われたってどういうこと?」
 母さんが出雲の山中で拾われた? 見つかったではなく? 迷子だったとか誘拐されて見つけられたならまだ分かるけど、拾われたってのは理解出来ない。何百年前の姥捨山の話でもあるまいし……
「そうか。それも話してなかったか……てっきり山鳴さんが話しているものだと……いや、すまない。俺が説明すべきだった」
 父にしてはしおらしい態度で、少し待っていろと自室へと戻って行った。
 父を横目で見送った目線を天井に戻し、改めてセツさんの説明を思い返す。何処と無く分かっていた事ではあったけれど、僕はセツさんに殆ど教えて貰っていないのだなと少し悲しくなった。泣きたい訳では無い。
 あの日記の内容からしても母さんが苛撫吏とか言う化け物、忌世穢物に襲われたのは間違いなかったし、わざと襲われたのだろう。
 日記の著者の言葉を借りるとするならば
「苛撫吏の食欲を抑える為に」
 自らの身体を差し出した。差し出すしかなかったらしい。ただ、差し出したとて苛撫吏の次なる食事を先延ばしにするだけ、なのだそうだけれど。
「待たせた」
 父が古びた箱を手に戻って来た。20センチ四方くらいの和菓子でも入っていそうな、和紙っぽい質感の箱。好んで入った事は無いが、父の部屋にそんなもの置いてあっただろうか。
「本当は取っておくつもりなんてなかったんだが……どうしても捨てる勇気がなかった」
 そう言って箱を開けると二通の便箋が入っていた。封を開けると写真が二枚と手紙が認められており、色褪せ具合からしても最近の物ではないことが分かる。それらをサイドテーブルに並べ、僕の方に少し寄せた。
 僕は気怠い体を起こしそれらを手に取った。
 一枚はボロボロの着物を着た女の子が中央に写っており、背景は何処かの庭先のようだ。
 もう一枚は登山服らしい格好でどこかのベンチに座って微笑む母さんと、頬の痩けていない父が耳を赤くしている写真だった。
 いつ頃の写真かは分からない。二人にもそういう時期があり、今は見せない表情をする事があったのだ。
「結婚する前に友人が撮ってくれた物だ。今はもうこれしか持っていないが……兎に角明るい人だった。山で拾われたなんて信じられなかったが、これが発見された時の写真だ。場所はあの家の庭らしい。30年以上前のこととはいえこの格好は時代錯誤も良い所だし、よく分からない冗談を言う人だと思ったよ。実際本当の事らしいが」
「お母さんの……お母さんの親は?」
「見つかってない。あいつが言うには、いや山鳴さんから聞いた話によれば、親はどこか聞いたが山を指さしたらしい。色々と事情もあるだろうが、とにかく見つからなかった。警察に届出を出したがそもそも本人を含めて名前がどこにもヒットしなかったんだよ。親はどこか、何故1人だったのか、戸籍に無いのは何故か。全部が謎でな」
「調べようとは思わなかったの?」
 バツの悪そうな表情を薄く浮かべ言った。
「まぁ……俺も若かったからな。どうでも良かったんだよ」
「…………」
 毒気を抜かれるとはこの事か……肩の力が抜けるのを感じ、ソファに身体を預けて天井を仰ぎ見る。
 父の、父と母さんの色恋が今の状況を作ったと言っても過言では無いんだろうけど、後先顧みない性格は父から譲り受けたのかと思うと怒る気力も霧散してしまった。どこまで行っても親と子か。
「それで、その苛撫吏とかっていうのは動くの? 山にいるってのは読ん……聞いたけど」
「動くのはまず違いない。どう動くかは詳しくは知らないが…………触れられた人間がどうなるかは知ってる」
 それが誰かは言わずもがな。
「だから追いつかれないように転校を繰り返させたんだ。時期は都度連絡を貰ってな」
「そうだったんだ………………ん? え、でもちょっと待って」
 そうなるとセツさんが封印したって話は一体どこに行ってしまうんだ? それに、転校した所でもし僕が鉢合わせしたらどうするつもりだったんだろう。事前に分かって何かしら手立てがあったにしてもリスキー過ぎないだろうか。
 仮にも結婚する相手が死んでいるのだから、信じない訳にはない尤もらしい理由ではある。
 逆に僕が聞かされた話が嘘の可能性もある。実は封印なんて出来ない、とか。安心させる為の方便で、本当に動き回っているのだろうか。まさか父が転勤族である事の言い訳に使っている……なんて事はないだろう。
「大分話が変わってくるな」
 これまでの僕の体験を掻い摘んで話すと、父は腕を組みながら嘆息した。
「両方が正しい……とは考えにくいか。命に関わる事なのに何故嘘をつく必要があるんだ。嘘をつくような人には思えないが」
 その意見には同意出来るけれども、錯綜する情報がある以上全肯定出来ない。
「明日連絡してみるからそこで確認しよう」
 今から連絡出来ないの、と言おうとして既に夜の1時を回っているのを思い出した。
 同時に凄まじい眠気が襲って来たのを境に、父と子の数年分の対話が終わった。
 それから諸々済ませ、自室に戻る寸前にまた呼び止められた。
「これまですまなかった。謝って時間が戻る訳じゃないし許せないだろう。俺がお前や向こう側に関係する物から避けていなければ、違う人生を歩ませてやれたかもしれない。それに、お前との会話がこんな生死に纏わる話じゃなければもっと良かったとも思う……どう転ぶか分からないが、問題が解決してお前が良ければだが……一緒に墓参りに行かないか」
「……………………分かった」
「…………」
 頷きまた仕事に戻ろうとする父を思わず呼び止めた。
「父さん」
「……なんだ」
「……………………ただいま」
「……おかえり」

 たった数日離れていただけで、あれだけ忌み嫌っていた自室が落ち着く場所になるなんて思いもよらなかった。その理由が何であれ、悪いものではない。
 微睡み、意識が薄れゆく中で鳴海の顔が思い浮かんで消えた。
 彼女が果たして父親を殺すのかは分からないが、彼女が元気でいてくれればそれで良いかとも思う。
 いつかまた会えた時に笑いあえるような仲に









 


「来ちゃ駄目」

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