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異形の匣庭 第二部⑫-1【怨故知新】

 車窓から見える景色が色濃い自然から暗闇、そしてまた自然に変わっていく。入れ替わる度に民家の数と新しい様式の物も連れ立って増え、途中の降車駅では縦に生え伸びたビルやマンションが軒を連ねていた。そのビル群の合間合間に中途半端に伸びた鉄骨と、赤と白に彩られた大型のクレーンが見え隠れするのを見て、弾けた泡をものともせず日本の近代化の波はまだまだ続くのだろうなと思わせた。
「はぁ……」
「…………」
 右側の後頭部に鋭い視線を感じつつも、到底止められそうにない溜息を吐く。
 あの一連の出来事は実は夢だったのか?
 その疑問は背中と手に走る緩い痛みがきちんと否定してくる。
 朝、鳴海のお母さんが経営していたという店を出、高速バスが出る出雲市駅を目指した。出雲市駅行きのバス停で
「もう二度と来るなよ、元気でな」
 と有り難い言葉を貰い、出雲市駅周辺で出雲そばを食べて東京行きのバスに乗った。約13時間の長旅のお供に和菓子と幕の内弁当を買ったが、殆ど手をつけられなかった。
 夏休みの目標の1つである「母を知る」は紆余曲折あれど無事に達成出来たわけで、もう1つのノートを書き写すに関しては、気持ちはあっても開く事自体に躊躇いを感じている。なんと言っても妖怪なのだから。今はまだ日中だから出てこないし、昨日は気を使ってくれていたのか老人(年齢という概念があれば)らしく出現も助言もして来なかった。意外と配慮ある妖怪なのかもしれない。実際今呼び掛けたら起きるのだろうか。
 忘れろって言われても死ぬまで忘れるなんて出来ないよ……忘れようにも手元にノートがあるんだから。どうしたって思い出しちゃうよな……。
 2回目のサービスエリアで用を済ませ席に戻ると、隣の人はまだ戻ってきていなかった。1回目の時点で煙草の臭いを醸していたからまた煙草だろう。
 話し掛けてみるか。そう思い立ちバッグからノートを取り出した……つもりだったのだが。
「え」
 確かにそこにノートはあった。けれど見た目や色こそ同じでもそれは全く別物だった。
「穢世ノ渡リ■■■」
 そう題目付けられた古びたノート。入ってはいけない洞窟で見付けたのと同じ物。
 心臓がドクンと大きく跳ねるのを感じる。
 どうしてここに? 何時から? セツさんかゲンさんが入れた? 
 いや、そんな事はしない。じゃあ自分で持ち出したって事になる。でも流石に持っていたら分かる筈だし……分からない……怖い、怖い怖い。
 まさかまた何か、きよえものが襲ってくるっていうのか? こんな人のいる狭い車内で? どれだけ死人が出るか分かったもんじゃない。今の今まで襲って来なかったのは気まぐれか、それとも東京に着いてからやるつもりだったのか。
 例え人里離れたサービスエリアだったとしても、誰がどこでどう拾うかも分からないから捨てる事も出来ない。
 一体どうしたら……。
 そうこうしている内に隣の人が煙草の臭いを纏って戻ってきた。そして無常にもバスはドアを閉め、東京へと走り出した。
 捨てるにしろ捨てないにしろ、最低でもあと2時間はこれを手元に置いておかなければない。
「君、大丈夫?」
 心配そうな表情でヤニの付いた歯を見せながら隣の人が尋ねてきた。
「大丈夫です」
 そう答えるが大丈夫ではない。暑さのせいではない汗が滝の様に流れていくのを感じながら、これを見つけた時の事を思い出していた。
 屋敷の中を迷い、少女に導かれ、本を見つけ、刺されて今に至る。あの少女がいなければ今頃も……
「まさか……」
 あの少女が入れたのか。でもそうする意図が分からない。いや、分からないと言えばそもそもあの迷宮から洞窟へと誘ったのも意味が分からない。ベスなり何なりに殺させたかったって考える方が筋が通っている気がする。
 本当にこの本を見つけさせるためだったとしたら?
 考えがまたグルグルと周り、忘れろと言われてもどんどん忘れられない状況に陥っていく。
 今自分に出来る事は何か──。
「くっそ……」
 誰にも聞こえないよう小さく呟き、膝の上に本を置く。どこか禍々しい雰囲気を醸し出し、保存状態は悪くなさそうだがカビっぽい臭いがしている。
 …………表紙を捲る。たったそれだけが果てしなく長い時間の様に思う。

「穢世ノ渡リ■■■」

 達筆で書かれた題目。えぜとは一体……あの少女と関係があるのか……
 千切らないよう優しく、畏れをその身に感じながらページを捲っ





















「ちょっと、僕」
「…………………………え」
 数秒遅れて誰かが通路に立って僕に話し掛けているのに気が付いた。顔を上げるとその誰かが困った口調で言った。
「もう着いてるよ、と言うかもう待機場所まで来ちゃってるからね」
 そう言う彼はシャツを着て平たい帽子を被っており、手には白い手袋。つまり、バスの運転手だった。
「気付かなかった僕も僕だけど、君もちゃんと降りないとさ。何があったのか知らないけどね。そうやって泣いても終点まで連れてくとか出来ないからね」
 泣いてる? 僕が? 
 手を伸ばすと止めどなく流れる涙で頬は濡れ、滴った先のズボンを濃い深緑色に変えていた。急いで袖で涙を拭い、運転手に謝罪を連呼してバスを降りる。
 時刻は午後10時42分。とにかく近くの駅へと向かうが、自然と早足になるのは最終電車に乗り遅れるからじゃない。
「早く……調べなきゃ」
 あの本の全容を調べなければならない。読めない部分もあるし、昔の言葉で書かれているから読み解くのにかなりの時間が必要になるだろうから確証はない。
 でも、時間も降車も忘れて読んだ断片的な内容がもしも事実なら、もしもこの日記を書いた人物が実際に過去に居たのなら

 母さんは『苛撫吏』という化け物に殺されるべくして殺された事になるんじゃないだろうか?


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