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クリスマスと夢の後ー夢(かなえ)編ー

「本当にごめんなさい。俺・・・・・・このままじゃあなたと付き合えない」
俺がそう伝えると彼女は困惑を露わにした。
それは無理がないよな、と俺もそう思う。説明してよと言われても俺自身まだ信じられないし、説明した所でまあ信じて貰える訳がない。
去年死んだはずの夢(かなえ)が死ぬ前の姿でずっと視界にいるなんて、どう説明したらいいんだ?
彼女が大きく溜息をついて俺に向き直る、と同時に夢の口角が上がっていくのが見える。
「もういいよ、私帰る」
「ちょっと待って」
「何?説明してくれんの?」
「いや・・・・・・」
「あっそ、それじゃあね」
ヒールをカツカツと響かせて店を出る彼女と、満面の笑みを浮かべる夢。

・・・・・・いる、と気付いたのは夢が死んで三ヶ月が経った頃だった。同僚といつもの定食屋で昼食を食べている時、厨房で佇んでいる夢が目に入った。最初は見間違いだろうと思ったが、それから職場でも家の中でも至る所に姿を現わすようになった。影こそないがくっきりと寸分違わぬ姿でそこにいて、大抵は何もせず微笑んでいる事ばかり。だから俺が気にしなければいいだけの話と思っていた。
しかし、半年前。縁あって付き合い始めた女性が階段から転げ落ちて大怪我を負ってしまった。
つまづいたとか不注意ではなく、明らかに夢が背中を押したのを俺は真横で見ていた。数日前から彼女が視線を感じると相談されていたのに、夢を無視する様にその相談を無視した。まさか触れるなんて思ってもみなくて、恐れを感じた俺は彼女に別れを切り出した。
夢は彼女の背中を押した時も別れ話の時も笑みを浮かべていた。
それからというもの事ある毎に、夢は俺に好意を持ちそうな人物を片っ端から怪我させていき、時には毎夜夢(ゆめ)に出てきて精神的に追い込んだ。


「今年のさ・・・・・・の事なんだけどさ」
そういって去年部屋にやってきた時、俺は仕事が上手くいっておらずかなり苛立っていて、夢と口論になってしまった。次第にヒートアップして抑えきれず
「売れ残り」「夢見がち」
と散々罵ってしまい、夢は部屋を飛び出して家のすぐ目の前で車に轢かれた。
多分・・・・・・俺にも同じ目にあって欲しいんじゃないだろうか。

だから一年越しになってしまったけど、夢の後を追おうと思う。きっとそうして欲しいはずだ。それくらいの事を俺はしてしまった。
そういえばまだ夢が買ってくれていたプレゼント、まだ開けてなかったな・・・・・・
リボンを解いてボロボロになった包装紙を一枚一枚剥がしていく。
すると中には一枚の紙切れが入っていた。


「いつでもおよめさんにしてあげるけん」


と、ピンク色の紙に書かれたヨレヨレの掠れた文字。
それは幼稚園の頃に俺が夢にあげたものだった。お姫様になりたいとか言って、でも俺が無理だとか言って泣かせてしまった。だから俺は
「お姫様は無理でもさ、ぼくのお嫁さんにならなれるよ」
と渡したのだ。
そんなのまだ持ってるなんて・・・
葬式後に夢の友人から聞いた話だが、夢からは殆ど恋人の話を聞いた事がなかったらしい。いつも相談に乗り人の手助けをするばかりで色恋沙汰には縁が無かった、話があっても断ったと言っていた。
俺は分からなかった。あれだけお互いの話をしていたのに、何故わざわざ恋人の話なんて。
「きっと振り向いてくれるよ」
なんて、どういう気持ちで言っていたのだろうか。

俺は夢の事をちっとも見ようとしていなかった、自分の事だけだったんだ。

ふと、テレビ下に陳列している1本のDVDに目が止まった。
死んで白骨化した女性と生きた男性が結婚するしないで大騒動する話。そういえば夢と一緒に観たんだったか……最後はどうなったんだったっけ?
まぁいいか……もしかしたら向こうに行けば一緒になれるかもしれないし。多分それが夢の夢(ゆめ)なんだ。

外は痛みを感じるくらい寒々として、今にも雪が降りそうな程分厚い雲が空を覆っていた。目の前を何台も車が通って行く。
あと一歩踏み出せばいい。あと一歩……目をつぶって

「真澄」

クラクションを盛大に鳴らしながら車が走り抜けていく。
はっと振り返ると、この1年電気の点いていなかった夢の部屋にぼんやりと明かりが点いていた。

夢が立っていた。あの日と変わらぬ姿で。
俺は何か言おうと口を開いた。
でも何を言えばいい?謝罪?ちゃんと話を聞かなかった、夢の事をちゃんと見ていなかった、近過ぎていつも傍に居てくれるって甘えていたと言えばいいのか?

夢は、ふと視線を横にずらした。俺もそれにつられて視線の先を追った。

そこには昨日、いや、もう遠い過去の様に思えるが、付き合ってもないのに振った女性が立っていた。
「ごめん……急に来ちゃって……なんか……思い詰めた顔してたから気になって眠れなくて……」

夢の部屋にチラリと視線を戻すと、そこにはもう夢はいなかった。
「その……もう1回ちゃんと話聞こうと思って。私達まだやり直せるかな」
「……俺……俺さ」
俺が言い淀んでいると

トン

と、夢は背中を押した。



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