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杏夏さんは本が好き「プロローグ」
仕事終わりに電車に揺られ、たどり着いたマンションのドアを開けたとき。家の明かりとともに夕食の匂いが現れることは本当に幸せなことだ。茉波は帰宅するたびに実感する。
「おかえりー」
鍋を混ぜながら声をかけてくれる杏夏は化粧もせず髪もぼさぼさだ。今日も一日外出しなかったのだろう。羨ましい。大学時代からブログで稼いでいた杏夏は卒業後もブログを継続しつつ、たまにライターとして外部でも記事を執筆して生計を立てている。
「ただいま」
茉波はパンプスを脱ぎ捨てて家へ上がった。さっさと自分の寝室へ行き、仕事着を脱ぎすてて部屋着へ着替える。その間に、杏夏はよそったカレーをリビングの机へ運び出した。
着替えた茉波はリビングへ向かい、一緒になってサラダやカラトリーを運びながら杏夏の様子を伺った。生まれたときから二十三年間も付き合いがあるのだ。顔を見ればだいたい分かる。
「今日はなに読んだの?」
「あ、聞いてくれる?」
杏夏は本が好きだ。昔から一人で黙々と読書をしている姿ばかり見ていた気がする。
就職で茉波が家を離れるとき、杏夏は「私も行く」と言い出した。そのとき茉波はたいへん驚いたが、今ならわかる。杏夏は読んだ本の話をするのも好きなのだ。そしてその話を聞くのはいつも茉波だった。
「いいけど、お腹すいたらから食べながらにしてね」
「うん」
杏夏は嬉しそうに椅子を引いた。茉波も反対側の席につく。
「いただきます」
「いただきます」
こうして今日も、杏夏は嬉しそうに本の話を始めるのだった。
※小説形式の読書感想文です。不定期更新予定。
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