どうやら人を殺したらしい(落書きショートショート)

 たぶん死んだのだろう。
 真っ赤な血がじわじわとフローリングに広がっていくのを、ぼけっと眺めていた。茶色の髪の下からどんどん広がって、白い服や机の下まで侵食していく。彼女はピクリとも動かなかった。ほんの一瞬前まであんなに煩かったのに。朝からあまりにもうるさいから、カッとなって「うるせえ!」とベッドサイドの灰皿を投げた。そうしたら生まれて初めて聞く鈍い音がした。そのままドサリと倒れて、そしてじわじわと広がっていった。
 しばらく放心状態でベッドの上にあぐらをかいて眺めていたが、とりあえず抜け出すことにした。床の上に立ちあがったが、彼女の顔を覗き込む勇気は無かった。とりあえず煙草を吸おうと思ったが、灰皿は真っ赤に染まって遠くに転がっていた。昨日の晩から机の上に置きっぱなしになっているビールの空き缶を手にとって、寝間着のままベランダへ出る。
しゃがみこんで煙草に火をつけようとしたが上手くいかない。そこでやっと自分の手が震えていることに気がついた。すぐに手が離れて火が消えてしまう。何度か挑戦してやっと煙を吸い込んだが、半分も吸わないうちに気分が悪くなる。空き缶の口に放り込んで部屋に戻る。血の海はさらに広がっていた。
 のどが渇いたので玄関脇のキッチンへ移動して、水道水を飲む。とにかく死体を片づけなければいけない。冷蔵庫をちらりと見る。一人暮らし用の小さな冷蔵庫に死体など入らない。どこかに捨てに行こうにも、車など持っていない。そもそもどこに捨てればいいのか。実家は名古屋のマンションの一室だ。山など所有していない。海にでも放ればいいのだろうか。しかし運ぶ手段はない。
 シンクに手をついてうなだれていると、インターホンが鳴った。無視していたら鍵が空く音がして、ドアが開いた。驚いて顔を上げると、彼女が立っていた。
「朝ごはん買ってきたよ」
 コンビニの袋を下げた彼女はサンダルを脱いで上がってきた。
「なに?」
 絶句している俺に袋を差し出して、怪訝そうに首を傾げる。俺は部屋へ戻った。血の海はさらに広がっている。足が汚れるのも厭わず近づいて、顔を覗き込んだ。後ろからドサリと音がする。
「ねえ、まって」
 彼女の震える声が近づいてくる。俺はただ、床に転がる顔をじっと見ていた。
「ねえ、それ、誰なの」
「……分かんねえ」
 そこに転がっていたのは全く知らない女だった。

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