ショッピングモールにはいろいろある(落書きショートショート)

 土曜日のショッピングモールは人が多い。服を見て回る母の後ろをついていくことに飽きた少女は、向かいのテナントで雑貨を眺めていた。特に欲しい物があるわけでもない。ブラブラと歩いていたが、知った顔を見つけてとっさに棚の後ろに隠れた。
 一呼吸おいて、顔を覗かせる。
 金髪のポニーテールをゆらすちょっとツリ目の、十代後半の女が雑貨を手にとって眺めていた。少女は声をかけるべきか迷った。女の様子を伺う。一人で商品を眺めながら歩いては、時折手にとっては戻している。特別忙しいわけではなさそうだ。少女は棚の脇から一歩踏み出した。それと同時に、女の向こう側から見知らぬ男が現れた。
「こんなとこにいたのか」
「ねえ、これかわいい」
「あっそ」
 冷たーい、と笑う女を無視して「飯食いに行くぞ」と男はテナントの外へ向かってあるき出す。女は嫌な顔もせずにその後を追った。少女の表情は凍りついていた。

 少女がこの女と会ったのは、今から一ヶ月前のことだ。夕方に宿題をするためにしぶしぶランドセルを開けたところ、消しゴムを無くしたことを思い出した。
 仕方がなく近所の本屋へ歩いて向かった道の途中で、高校から帰っていた兄に会った。女はその隣りにいた。
「何処行くんだよ」
「本屋。消しゴム買いに行く」
 少女はぶっきらぼうに返事をしながらもちらりと女を見た。ばっちりと目があってしまう。女は少しニヤついた、浮かれた表情をしていた。
「ねえ、ねえ、だれ?」
「いもうと」
「やっぱり!」
 似てるー! とはしゃぎながら女は腰をかがめて少女に視線を合わせてくる。
「はじめまして」
 首を傾げて微笑む女に、少女はたじろいだ。黒目がちだが少しツリ目な瞳は、長いまつげに縁取られ、ぷりっとした唇が印象的だ。
「ゆう君の彼女です」
 目を細めて言う彼女の腕を「おい」と兄が引っ張った。「えーいいじゃん」とはしゃぐ彼女を引いて兄は歩き出す。
「気をつけてね」
 一度振り向いて彼女は手を振った。
 その夜、兄は少女の部屋に来て「母さんには言うなよ」とぶっきらぼうに言った。

 飲食店が多く入っている二階は特に混雑していた。少女は二人の跡をこっそりとつけてきた。背後から二人を観察する。
 オーバーサイズの赤いパーカーにショートパンツを履いた金髪の女は、何が入るの? というくらい小さなリュックを背負っていた。軽い足取りで男についていく。前を歩く男は女と同じ金髪で、黒地に金のラインが入ったジャージを着ていた。背は兄ちゃんのほうが高いし、と少女は心のなかで悪態をついた。
 二人は楽しげに話しながらステーキ屋へと入っていった。完全に店内へ姿を消したことを確認してから、少女も店に近づく。
 入口横のショーウィンドウを眺めてから財布を取り出す。財布を開いて値段と三度見比べて肩を落とした。入口横のレジカウンターにいる店員は声をかけてこなかった。
 とぼとぼ歩いてエスカレーター横のベンチに座る。かばんを膝の上に載せてぎゅっと持った。
 しばらくうつむいていたが、意を決してスマホを取り出した。メッセージアプリを立ち上げて、兄のトークページを開く。文章入力欄へカーソルを置いたり、通話ボタンの上で指をさまよわせたりを交互に繰り返した。そのうち諦めてスマホをかばんの上に置く。ぐう、と腹の虫がなった。そのとき目の前に気配を感じて顔を上げる。
「あんたこんなところに居たの!」
 眉間にシワをよせた母が立っていた。右手にはかばんを一緒に、見慣れない茶色の袋を持っていた。
「探したんだから。ほら、一階でご飯買って帰るよ!」
 お兄ちゃんが家で待ってるんだから、と母が続けた瞬間、少女は立ち上がって走り出した。「ちょっと!」と聞こえる声を無視して振り向かずに足を動かす。何も知らずのんきに服を買ってたくせに、と少女は母に怒りを覚えた。

 四階の紳士服を売っているテナントの中で、少女はかばんの中身を必死に漁っていた。スマホが無い。少女はかばんを床に落としそうになった。代わりにため息をついて天を仰ぐ。丸くて眩しいLEDライトが均等に並んでいた。
 少女は諦めて店内を見回す。そこに一つ、見覚えのあるマフラーがあった。
「これ……。兄ちゃんが持ってるやつ」
 少女はマフラーを手にとった。ふと値札を見て、慌てて手を離す。
「え、高い」
 少女が目を見張っていると、隣の棚の裏から声が聞こえる。こちらに向かってくる声と足音に少女はすぐに反応して身を隠した。
「あ、これこれ!」
 女は金髪を揺らしながらマフラーを手に取る。
「去年はこれにしたんだよ」
「じゃあ今年は色違いでよくね?」
「はあ!?」と女の声が響く。
「いいわけないじゃん。ちゃんと選んでよ、お兄ちゃん!」
「なんで俺がお前の彼氏の誕プレ選ばなきゃいけねーんだよ」
「だって男子のはやりとか分かんないし……」
 女はしょんぼりした顔で、男のジャージの袖を引く。少女は近くの棚に隠れてそっとそれを見ていた。しかし踵を返してテナント内を後にする。
 少女は急に自分が恥ずかしくなった。完全に浮気だと決めつけて、兄ちゃんを傷つける悪い人だと思い込んでいた。先程のマフラーが脳裏をよぎる。兄ちゃんに誕生日プレゼントなど買ったことが無い。
 私もなんか買って帰ろう。少女はきょろきょろと商品を眺めながら店内を歩く。奥の本屋までたどり着いてしまったころに、店内BGMが呼び出し放送へと切り替わった。呼ばれたのはまさに少女の名前だった。
 少女は一瞬顔が引き連れたあと、大急ぎでサービスカウンター目指して駆け出した。同級生が来店していないことだけを祈りながら。

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