【小説】或る妄想、闇に沈み眠れ(完全版)
[ご案内]この小説は2024年7月に12話に分けて公開した【或る妄想、闇に沈み眠れ】を1つにまとめたものです。分冊版がお好みの方はこちらのマガジンからお読みください。
■はじめに:作者より注意喚起■
この小説は、
リスペクト・オマージュ・パロディの塊であり
私小説ではなく完全なるフィクション
…のはずである。
本気にしてはいけないよ!
(1)はじまり
わたしには、大好きな小説家がいる。
1992年……多感な小学生のころ、たまに買って読んでいた雑誌に、とあるショートショート作品が連載されていた。わたしは、普段、小説など読まない子供だったのだが、その作品だけは不思議と読むことができた。とても幻想的で、でも時に恐ろしく、目を背けたいような内容もあったが、刺激的なその世界に、心惹かれた。いつの間にか、その作品を目当てに雑誌を買うようになっていた。
ここに具体的な名前を出すことは差しさわりがあるので、その小説家については、以下 K/W先生 と呼ぶことする。
わたしは、 K/W先生 の作品に出合ってから、いろんな小説を読むようになった。そして、もちろん K/W先生 先生 の作品も追い続けた。思春期だったから、作品にかなり影響されて、夜な夜な小説を書いてみたり、 K/W先生 はどんな人なんだろうと想像したりもした。中学生のころ同人誌に自作小説を発表したりしたこともある。それなりに好評だったが、その文体は完全に K/W先生 の影響を受けていた(オハズカシイ)。
やがてわたしは成人し、社会人となり、仕事に追われる身となった。
そうなるとどうだろう?あれだけ好きだった小説を読む時間が無くなった。自作を拵えるなどもちろんできるわけもない。小説を買う経済的余裕はうまれたのに、時間がなくて本屋にすらいけない。
もともとわたしは小説の読了ペースが遅い。年に3冊読めたら御の字…そんな状況になったが、 K/W先生 の作品は追い続けていた。
K/W先生 は長編を手掛けたり、書下ろしをするようになり、最近は新刊刊行ペースが緩やかなのだ。まるでわたしに合わせてくれているようなペースなので助かっている(わたしの行き過ぎた妄想なので突っ込みは無用!)。
しかし、とある日 K/W先生 が現在インターネット上で過去の作品も新作もたくさん公開して、いろいろ活躍しているらしいという噂を聴いた。わたしは根っからのアナログ人間なので、パソコンはあまり得意でない。パソコンに触れたり、インターネットを使用するのは会社に出勤している時だけだった。なので、この情報を得た時には完全に周回遅れ……
わたしは自宅にパソコンを導入しインターネット回線を引くことにした。インターネット上で K/W先生 の動向を知ることができるなら安いものだ。
それからというもの、インターネットを通じて様々な情報を得た。すっかりわたしはデジタル人間となった。夜な夜な K/W先生 のファンと交流をしたり、ファンサイト・チャットなんかにも出入りした。もちろん K/W先生 の公式サイト・出演動画コンテンツなどはくまなくチェックしまくって……その結果、なななななんと K/W先生 ご本人とネット上で遭遇するという出来事も発生。わたしは狂喜乱舞したのである。インターネット凄いな。
そして、時は流れて、SNS全盛時代。
インターネットにアクセスするデバイスの主流は、スマートフォンになった。
作品を生み出すため常に最新の情報・コンテンツを試す K/W先生 も例外ではなくSNS『X』のアカウントを取得し、発信を始めた。
ただし、 K/W先生 は『創作の糧として最も得難く最も重要なものは孤独』というお考えである。なので、SNSに張り付きファンとつねにやり取りしたりはしていない(エゴサーチは夕方とか早朝とか変な時間に都度している様子だけど……)。たまにタイムラインに降りてきてファンとの交流を楽しんでいるご様子であった。
そして、わたしといえば……SNSってなんとなく怖い……という印象があって最初しり込みしていた。SNSとのかかわり方を考えあぐね、最終的にちょっと遅れてSNS『X』のアカウントを取得した。
『X』の素晴らしいところは、ブロックされていない限り、相手を指定してコンタクトをとれるところにある。リプライまたはDMで憧れの人に自分の気持ちを伝えることができるというのは、凄いことだ。でも若干軽々しいきらいもある。今を生きる若い人たちにとっては、手軽さは当たり前で、凄さすら感じないのだろうけれど。あと、顔が出て無かったり匿名なのをいいことにアンチリプライや空リプを飛ばしたりするいじわるな人もいるが、それは若い人ではなくいい年こいた人たちだったりする。かまってほしいのか?人って良くわからない。
わたし個人の思いとしては、【 K/W先生 に嫌われたくない、粗相のないようにしたい】ということに尽きる。ちょっと拗らせてるファンだという自覚がある。ともかく、これまでもできるだけ迷惑のかからないように応援してきたつもり。あまり直接的なやり取りはわたしのほうがつぶれてしまいそうなので避けてきた。
しかし…『X』の場合、フォローすればフォロー通知が相手に飛ぶし、無言でフォローするのもなんとなく失礼なような気がして、直で挨拶のリプライを飛ばしたいと思っていた。かなり勇気がいることだったが、思い切って K/W先生 に挨拶リプライをとばしてみたところ、昔、数回やり取りしたことを覚えてくださっていて、しかもリフォローしていただいた!やった!
それからというもの、わたしは K/W先生 にちょこちょこリプライを送り、たまに K/W先生 からもお返事があったりして、一昔前では考えられないような友好な関係を築いていた。変なヤカラに絡まれたらどうしようと思っていたSNS、思ったよりも平穏で楽しい。
そんなある日……突然、Xの「おすすめ」フィードに2011年に発信された、不気味なツイートが表示された。
記憶は、あなたの存在を保証しません。
この気味悪いポストなんだろう?
何を言っているのか?
(2)ふしぎなタイムライン
アカウントのタイムラインをさかのぼってみたが全く意図がつかめない。
ただ、タイムラインを読み進めていくと K/W先生 の名前が出てきた。
わたしは気味が悪くなって、いくつかのキーワードをタイムラインから拾い上げ、検索サイトで調べてみたり、ファンの方のサイトやポストまとめを読ませてもらった。すると、このアカウントの一連のポストは K/W先生 の作品の要素だということが分かった。
K/W先生 のポストと、秘密結社の一員(架空に作られたんだよね?)のアカウントからのポストがSNS上でリアルタイムで絡み合い、読者にそれを見守ってもらうよう巻き込んでいくという作品が繰り広げられた時期があるらしい。すごい。思わずため息が溢れる。わたしが K/W先生 をフォローしていない間にこんなすごい作品があったなんて……リアルタイムで追えてなかったのがとても悔しい!!
(後からそのやり取りが作品になって単行本になっていた!これ……本で読んでも面白いんだけど、リアルタイムでの進行はずるい!面白いと思うもん!)
そういえば……ふと思い出したけれど、昔……1993年にも、 K/W先生 はこんな手法で現実と空想の間を行き来するような作品を書いていたことがあったな。
K/W先生 は当時いろんな雑誌に連載を持っていて、なおかつテレビにも時折出ていた。それを逆手にとってそれら各媒体を縦横無尽に行き来するような『謎とき小説』を書いていたことがある。 K/W先生 のファンでも、読んだことがある人はかなり通かも。ざっくり内容を説明すると『偽物の K/W先生 が世の中に現れて、入れ替わり、 K/W先生 になりすまして情報を発信し世の中を混乱させていく』というもの……雑誌連載だったし、当然進行はリアルタイムではなかった。しかもその作品は未完に終わっている。なぜ未完なのか、ファンの間でも議論があったけれども、 K/W先生 はその件について沈黙したままだった……
謎のポストに関する経緯を調べてみて、その『未完の作品』を思い出したのだけど……それにしてもなぜ……2024年のいま、この2011年のポストが「おすすめ」に表示されたのだろう……?わたしが K/W先生 のポストばかり眺めているからかな?
Xのおすすめフィードのアルゴリズムが良くわからない。
そして、わたしのおすすめフィードにこの言葉が追加で現れた。
失わず保持していると思っている記憶、
あなたの中に残っている思い出も実は本物ではありません
目に入った瞬間、なんとなく、ざわっとした。
K/W先生 が創作したポストのはずなのに。
そこから数日後、わたしのXのおすすめフィードは、啓蒙のような、悪く言えば説教のようなポストで埋め尽くされた。つい数日まで、ゲームの話や漫画の話であふれかえっていたのだけれど…わたしはそこはかとなく違和感を感じはじめた。
そして、違和感に追い打ちをかけたのはその日以降の K/W先生 のポストだった。うまく言えないが、ポストの書き方が、以前に比べて「なにか違う」と感じる。
わたしは、X上で仲良くなった ファン仲間のK.Nさんに思い切ってDMを飛ばし、相談してみることにした。
(3)ファン仲間のK.Nさん
わたし『突然DMですみません。あの、とても抽象的な話なのですが……なんか、変じゃありませんか?最近の K/W先生 のポスト』
K.Nさん『じつは、気になっていました……最近ちょっと違いますね』
わたし『なにかお気づきの点ありますか?』
K.Nさん『しいて言えば…… 全角文字を使うようになった』
わたしは、K.Nさんからそう言われてちいさく「あっ」と声が出た。
違和感の正体は、それだ。
K/W先生 は今まで、文章中の数字や英字は”半角文字”を使っていた。
けれど、数日前から
このように、すべての数字と英字を”全角文字”にして、ポストしていた。人一倍、世に出る文章に気を遣っている K/W先生 が突然、ルールを変えた……
わたしの中に、ふと……疑問が沸いた。
(この、 K/W先生 本物なのかな?)
いつも、なんとなく、 K/W先生が『X』に参加されていて、新刊の情報や、イベントの情報、カフェの開店情報( K/W先生はカフェを経営してらっしゃる)なんかを発信しているのをあたりまえのように眺めていたけれど……そのアカウントの『なかのひと』は、本当に K/W先生 なのだろうか?
ひょっとして、K/W先生 はご自身がお書きになった小説のように……別な K/W先生と入れ替わったのではないか……?
さすがにそれは飛躍しすぎか…な?
そもそも著名人がアカウントを複数人で管理しているということはざらにある。DMも事務所や会社が管理して、著名人の安全を守っていることは昨今あたりまえのことだ。でも……そうだとしたらなぜこのタイミングで?
そこから数日間、わたしはいつも以上に慎重に K/W先生のポストを見守ったが、全角文字が半角文字に戻る気配はなかった。それに、以前までは1日3件~4件だったポスト数が、いまでは1日10件~20件と多くなってきている。しかもやや不可解な内容だ。
疑念が深まる。
わたしが気にしているだけ……?
みんなは気にならないのかな?
実際カフェに言っているような方に、何か変わった様子がないか聞いてみよう。そう思った。ちなみにわたし自身は、 K/W先生 に直接会うのがどうも怖くてカフェに遊びに行ったことがまだなかった。
実際カフェに足を運んでいる「常連」さんに、何か変わった様子がないか聞いてみよう。そう思った。
(4)カフェ常連のSさん
『X』で相互フォローしている、カフェの常連「Sさん」とスペースで話を聴いてみた(スペースとは『X』上で音声を使ったリアルタイムの会話ができるシステムである)。
わたし『突然お誘いしてすみません』
Sさん『いや~変な時間にリクエスト来たからびっくりしました~どうかしました?』
わたし『最近、カフェって特に変わりなく営業していますか?』
Sさん『仕事場から近いし、開いてる時は、できる限り寄ってるんだけど、特に変わったことはないかなぁ…?』
わたし『そうですか』
Sさん『あ、でも…』
わたし『なんですか?』
Sさん『ここ数か月、金曜日を休む分、木曜日に開けることがありましたね』
わたし『え?!ブログやXに書いてありましたっけ?わたし、こまめにチェックしているのに気が付きませんでした』
Sさん『僕も、たまたまふらっと通りがかかって、気が付いただけだから。でも先週の木曜日の営業は、ブログにちゃんと書いてあったかも?最近、開店3時間前に突然内容が書き換わったりするよ』
わたし『そうなんですか』
Sさん『はじめは設備点検とか、先生の体調とか、お仕事の都合とかで変更になってるのかな~って思ったんだけどどうやらそうじゃないっぽいね。詳しくは聴いたことないけど』
わたし『最近の雰囲気はどうですか?営業内容は、特に変わりがありませんか?先生のご様子とか……』
Sさん『う~ん、まぁ、いつも数人常連さんがいて、先生の小説のファンや、ゲーム好きの人が出入りしているイメージなんだけど……最近は、仕事関係なのか、編集者なのか、結構見たことない人が出入りしたりしてますね、最近。先生は健康そう。前よりなんか元気な感じ。』
わたしは、何気なくスペースの聴取人数を見た。
「3人」と書いてあった。
でも参加者のアイコンはわたしと、Sさんだけだ。
スペースは「匿名でリスニングする」というチェックを入れて参加すると、アイコン非表示となり、人数だけが増える。ある意味盗み聞きできるのである。
わたしは咄嗟に、
『内容が、傍受されている』
と感じた。
誰が?何のために?
とりあえず余計なことを言わないようできるだけ自然にふるまう。
わたし『今度、わたしもカフェに行ってみようかな。Sさんは日曜日はお店にいってるんですか?』
Sさん『ええ、たいていはいますよ。仕事帰り、シメとして寄ってるんで』
わたし『じゃあ、いつかお会いできそうですね。会えたらご挨拶させてくださいね!』
Sさん『ぜひ!』
そうして、スペースを終了した。
(5)K/W先生のあゆみ
わたしは、 K/W先生 のことが小学生のころから大好きで、長年、先生の動向を見つめてきた。
所謂「古参のファン」ということになるのだろうが……これほどまでに違和感を感じるのは初めてのことなのである。
気のせいだとは思いたくない。少なくとも、これまでの K/W先生と何かが違う。そして、烏滸がましいことだが、それを何とか確かめたい。このままだと気持ちが悪いのだ。
やはり、K/W先生 は何かと入れ替わった……もしくはもっと単純な話として、アカウントが乗っ取られたのか……
もし K/W先生 がわたしの妄想するように何か得体のしれないものと入れ替わっていたとする。その場合、 K/W先生 になりすますには、余程のデータ量をインプットしなければならないだろう。
K/W先生 の『X』参入は「2009年8月」から。それなりにプライベートな情報もあるので、このデータを取り込んで「なりすまし」している可能性はあるが…… K/W先生 の完全体になるためには広い範囲でデータをカバーしなければならないと推測され、それは容易なことではないはずだ。
……いったん K/W先生 の情報を整理して、考えてみる。
(拗らせファンの腕の見せ所)
1962年生まれの K/W先生 が、高校を出て福岡から上京したのが1981年。上京してすぐは中野のアパートに住んでいた。貸与奨学金で入学金と授業料を払い大学(早稲田大学)に入ったとの発言あり。その後は生活費と学費のためいろいろな仕事を転々とし、上京してすぐの頃には肉体労働や、ゲームセンターで毎晩15時間働いていたとある。その一方で、物書きになりたいという強い気持ちから、都内の広告制作会社や編集プロダクションを調べ、片っ端から当たって手伝いとしてもぐりこみ、記事執筆の依頼があったら必死にこなしていたらしい。一方で20代の初めにアメリカに行ってLAを拠点に1年ほど暮らしたこともあるそう。10代、20代という若さもあったのだろうが、常人にはなかなか真似できないパワープレイのような気がする。尊敬する。
また、福岡時代ライブハウスに通う少年だった影響もあってか、1980年代前半は某バンドのマネージャーをしていた時期があった。そんな中、これからの時代はゲームが来る!と掴んだようで、ゲームコラムのライティングをあちこちでするようになった。当時はゲームについて分析しつつ記事として成立させるライターがあまりいなかったせいなのか、 K/W先生 のもとにゲーム関係の依頼が絶え間なく入るようになった模様。ありとあらゆるゲーム雑誌にてコラムを書いたため、当時出ていたすべてのゲーム雑誌を制覇したらしい。
そのうち、雑誌でゲームを紹介だけでなく、テレビを通じて最新のゲーム情報を伝えられないかと思い、企画書をもってテレビ局を奔走するようになるが、まだファミコンがブームになる前……テレビ業界はゲームを舐めていたため、なかなか実現には至らなかった。一方で、ゲームの開発画面やプレイ画面をまとめたビデオマガジンなるものを作り始め、ゲームの魅力をよりユーザーに的確に伝える仕事に身を投じることになる……先見の明があったといえよう。
やがてファミコンがブームになり、テレビゲームが生活に密着するようになると、テレビ局も手のひらを反すようにゲーム番組を作り始めたのである。また K/W先生 の活動をみていたゲームメーカーがテレビ番組で自社のゲームハードを広めたいので手伝ってほしいと声をかけた。そこから K/W先生 はゲーム番組の構成を任せられることに。そして運命のいたずらなのか、裏方であったはずのご本人も番組に出ることになる……知的なゲーム解説・天然な受け答え・捨て身のパフォーマンス・メガネを取ったら案外イケメンという複雑な要素が絡み合って一躍話題の人となり、今の地位を築かれた。
それと並行して、1991年ころから読み物を発表するようになり、小説家としても着々とチカラをつけておられた。わたしが冒頭で言った「雑誌のショートショート」もその一つである。今の未来を予言するような珠玉の作品。今読んでも色あせない。その後は、長編などもお書きになり、ドラマ化・映画化などメディアミックス作品も生まれた。現在は中野ブロードウェイに在住して、小説を執筆しながらカフェもやっている。たまにYouTube配信などもされており……
……とまあ長々とまとめてみたけれど、ここに書いた情報は全て、わたしがストーカー的にインターネット上から集めて拾って来たものである。真偽の程はわからないが、大半は、K/W先生 本人が発言していたもの。インターネット上だけでこれだけの詳細な情報があり、かなりの情報量なのだから、これらの情報をつかって顔を出さずになりすませば、ビギナーファンなら簡単に騙せるんじゃないだろうか。
そして、K/W先生 の情報を羅列しているうちに、思いついたことがある。
『X』上で、わたししか知らない、『ほかの人が知りえないこと』を訪ねて、 K/W先生 の反応から、現在の状況を見極めることができないだろうか?
例えば、 K/W先生 がインターネットの世界に参入した初期の出来事や、チャットや生放送などログが残りにくい形で話したこと、思い切りプライベートなこと、オフレコな情報など……古参ファンならではの、ネット上に残っていなそうな情報を切り出すことができれば、何かしらの反応を見ることができるような気がする。
幸いにもわたしは、K/W先生 とサシでチャットをした経験がある。おそらくわたしの名前も、ちょっとは印象に残っているようで、覚えてくれている雰囲気だった。
あの時のやりとりが使えたら……と思う。
ただ、K/W先生 は普段から冗談なんだか真面目なんだかわからないようなことも言っているから判断が難しいかもしれない。
でもなにか糸口くらいは掴めそうな気がする。
(6)K/W先生が大好きだから
K/W先生 は、不思議な魅力をもつひとだ。
K/W先生 は自分自身の経験をいろんな情報を織り交ぜて語っていくことにより、いわゆる現実世界にいる K/W先生 とは異なる、キャラクターとしての K/W先生 を作り上げているんじゃないかと思うことがある。
小説家にとっての糧=孤独を維持するために、キャラクターとしての K/W先生 を作り上げ、そちらを『着ぐるみ』のように、消費者の、視聴者の、ファンのみんなに愛してもらう。そして本来、小説を書くために必要な核になる自分自身の姿については、ファンにはもちろん見せない、家族や友達はおろか、恋人にも見せない……自分以外の誰にも見せずに大切にしまってあるような、そんな雰囲気がある(ややファンの妄想が入っていてすまない)。
ストイックな作家。
素敵だ。
孤独を愛して、作品を書く。
わたしには真似できない。
そういうところが大好きだ。
しかし…
K/W先生 は、寂しくはないのか。
ふと、たまに、そんなことを思う。
(気持ち悪いファンだよね、まったく)
そんなことを思って、今日も違和感のある K/W先生 の『X』をぼんやり眺めていると、DM通知がきた。
見慣れぬアカウントからのメッセージリクエストだった。
(7)見慣れぬアカウントからの接触
見慣れぬアカウントからのメッセージリクエスト。作りたてのアカウントのようだ。所謂捨てアカウントだろう。
アカウント名は「shinjuku/@shinjuku1962」
アイコンの写真はNo Imageだ。設定されていない。
プロフィールには「0QDFTYDX;WE. QR:W」と意味不明な言葉が書いてある。
この名前、このプロフィール……
胸がざわざわした。
わたしは、ピンときた。
長年、不可思議なショートショート作品に熱中してきた甲斐があったというものだ。
(これは…… K/W先生 だ)
わたしは迷わずDMリクエストを許可し、DMの内容を確認した。
署名はない。
だが、わかる。
これは間違いなく K/W先生 だ。
憧れの K/W先生 からDMが来た……
以前のわたしなら、喜んで小躍りして、一日中ニヤニヤしていただろう。だが、いまは状況が異なる。それどころではない。こんな捨てアカウントを作って連絡しなければならないほど、おそらく緊急事態なのである。
そして、それに気づいているのは地球上でわたしくらいだ。
このメッセージ。
「縦読み」が仕込まれている。
「の・っ・と・ら・れ・た」
やはり……
K/W先生 のアカウントは乗っ取られていたんだ!!
わたしの『X』アカウントは2段階認証を取り入れているからセキュリティは安全……なのだが、なぜか、毎日の違和感のせいで背筋にうすら寒いものを感じていた。このDMすら誰かに傍受されているような気がしたのだ。わたしは、スパイになったような気分で手短に返事をすることにする。
実際指令が来るかどうかはわからない。でも頼みごとがあるのは本当のようなので、「指令をお待ちします」と返信した。
何せ、プロフィール文章がかなり物騒だ。
「0QDFTYDX;WE. QR:W」
これは比較的簡単な暗号でわかりやすかった。
この文字どおりにキーをたたく、「かな入力」で。
「0QDFTYDX;WE. QR:W」
時間を置いて再びDMが来た。
そのDMを確認して K/W先生 のページに飛ぶとさっきまでNo Imageだったアイコンが、画像に差し変わっている。
これは……おそらく、新宿中央公園の「平和の鐘」の写真。
そして、小さく小さく画像内に 日付と時間が書いてある。
未来時間……この時間にこの場所に来いということだと思う。
わたしは、その指定日時の自分の約束をすべてキャンセルして、自分の勘を信じ、新宿中央公園に向かった。
(8)秘密の待ち合わせ
おそらく、新宿中央公園での「秘密のまちあわせ」を知っているのはわたしと、K/W先生だけ……のはずなのだが、なにせ得体のしれない何かが相手である。電車に乗っているときの乗客の視線や、改札を抜けるときのICカードの反応、公園へ向かう道すがらすれ違う人たち……みな、すべて敵のような気がしてくる。もう何もかも信じられないのだが、K/W先生からの頼みということだけがわたしを突き動かしていた。たぶん周りから見ればかなり異常に映っただろうが、もう止められない。やれることをやっていく。それだけだ。
新宿中央公園「平和の鐘」に到着した。
あたりには人がいない。「秘密のまちあわせ」にはお誂え向きだ。ただ、K/W先生 らしき人もまだいない。わたしは待ち合わせ時間より5分早くついている。
再度、きょろきょろとあたりを見回してみる。
遠くに、人影が見えた。
こちらに、歩いてくる。
全身黒ずくめ。パーカーのフードを深くかぶり、マスクを着用している。
ちょっと怖い。
心臓がどきどきする。
まだ、顔は見えない。
わたしのところまで残り3メートル。
ちらっと見えた、鋭い眼光。
K/W先生 !!
わたしは思わず叫びそうになったがこらえた。
そして、K/W先生 は歩く速度を徐々に落として、わたしの横をゆっくりと通り過ぎる。そして、わたしにだけ聴こえるボリュームの声で言った。
「ぼくを観ずに、後ろにあるベンチに自然に腰掛けてください」
わたしはそれに従って、できるだけ K/W先生 を意識せずにベンチに座る。その後、K/W先生もわたしのほうは向かず、わたしに背を向けるような格好でベンチに座った。
「関係のないきみに、こんなお願いをしてしまって、申し訳ありません」
K/W先生 はマスクをしたまま、極力小さな声でつぶやいた。
「いえ…先生のご指示であれば苦ではありませんので、大丈夫です」
「なんとなく察していると思いますが、ぼくの存在がいま消されそうになっている。ずっと監視されています」
わたしは、静かに、できるだけ反応しないように K/W先生 の言葉に耳を傾ける。
「こういうとき信じられるのはアナログのチカラしかないと思って…これを」
K/W先生 は、そっと1通の封筒を懐から出した。
K/W先生 の会社名が印字された封筒だ。
「ここをはなれたら、一人でこの中に書いてあることを読んで」
「わかりました」
封筒を受け取るときに、ちょっとだけ K/W先生 の指先に触れた。
驚くほど冷たかった。
そして、K/W先生 はぽそりとつぶやいた。
「ごめんね」
「なぜ謝るんですか」
「本当はきみを巻き込むべきじゃないと、思っていたんだ。でも、きみのポスト……ぼくの作品を応援してくれるポストを思い出した。今の事態に協力してくれそうなファンはきみだと思った。ゆるしてほしい」
「先生、昔、チャットで、わたしのこと励ましてくださいましたよね」
「ああ、そんなこともあったね」
「今度はわたしがチカラになる番ですから、気にしないでください。」
「ありがとう。じゃあ…」
K/W先生 は立ち上がった。その時わたしの方をチラッと見た。とても寂しそうな眼をしていた。
ずっとお会いしたかった K/W先生 。でもこんな形で会うのは不本意だった。切なかった。堪えきれず、言葉が口をついた。
「また、会いましょうね」
わたしの言葉に、立ち去ろうとしていた K/W先生 は立ち止まり、こちらを向き、素早くいつもの『右手のポーズ』をしてくれた。
テレビや配信でよく見る、『ゲームのうまくなるおまじない』のポーズだ。
そして、再びくるっとわたしに背を向けて、K/W先生 は早歩きで去っていった。
わたしはその背中をじっと見つめていた。
見えなくなるまで。
(9)K/W先生からのメッセージ
新宿中央公園で、K/W先生 からもらった手紙。
誰もいない場所で一人で読みたい。
そう考えたが、都会には監視されていない場所を探すのが難しい。今となってはあちこちに監視カメラがあって、気軽にこの手紙を読むことができない。
それに自分の部屋ですらも、もしかしたら盗聴器や監視カメラのひとつやふたつすでに仕込まれているかもしれない……そんな異常な思いを巡らすほど、わたしは緊迫した状態だった。
「こういうとき信じられるのはアナログのチカラしかない」
K/W先生の言葉…ゲームや最先端のテクノロジーを題材に作品を書いてきた先生が、アナログな手法に縋るしかないほど追い詰められている。
わたしは住んでいる街に戻り、ひとけの少ない川のほとりで、もらった手紙を開封し、読み始めた。
先生の手書きの文字を観たとたん、緊張の糸が切れて、涙がとめどなく零れ落ちた。K/W先生 がいま置かれている状況、想像しただけで辛い。そして自分も、これまで経験したことのない恐ろしい状況に巻き込まれていることを実感し、胸をえぐられるような思いだった。
こわい……本当にこわい!!だけどわたしはチカラになりたい。
ひとしきり自分の感情を吐き出し終えた後、わたしはすうっと深呼吸をして、できることを考えてみた。
まずは、出版社の編集者さん……XX社の〇〇さんに連絡をとってみようか。
そう思ったが、わたしは小心者なので嘘をついてコンタクトをとれるほどの度胸がない。かといって、正面突破できるほどの技量も持ち合わせていない。
しかし、幸いにもXX社には知り合いがいた。Tさんという、昔からのゲーム仲間が、いま派遣の出向でXX社におり、本の情報を管理する部署にいるのだった。
早速コンタクトをとってみよう……ここまでくるともう電話もメールも信用できない。わたしは、Tさんの住所に郵便物を送ることにした。レターパックをつかって、一通の手紙に経緯を書き、そして結果報告を返信してもらうための封筒を同封した。また、このミッションには危険が伴うので、放棄してもいいことも念のため書いた。レターパックは速達扱いなのですぐ相手に届く。だが、返事はすぐ来ないかもしれない。きっとTさんのことだ、ゲーム感覚でこのミッションをこなし、比較的早く返事が来るのではないかと思った。
(10)探りを入れる…Tさんからの報告
Tさんあてにレターパックを投函して、一週間ほど経過しただろうか。
Tさんから結果が返ってきた。
封筒の中には簡素な手紙。便せんにこう殴り書きされていた。
手紙と一緒に一枚のmicroSDカードが同封されていた。
わたしは急いで部屋の中からカードリーダーを探した。microSDカードの読み取りなど久しくしていなかったので焦った。汗だくになりながらカードリーダーを探し当て、パソコンにセットする。
念のため、パソコンからインターネットは『切断』しておく。
ローカルな環境でそのmicroSDカードの中身を観た。
2つファイルが入っていた。
まずK/W 作品 2025年~2027年 刊行スケジュール というファイルを観てみる。
びっしりと作業予定が書かれている。大量になにかを刊行するらしい。そしてもうそのスケジュールは2024年から動き始めているようだった。
予定表には作品のタイトルや収録予定の作品の内容などが書かれている……がこれはどう見ても、K/W先生 が手掛けるような内容ではなかった。あくまでファンの感覚でしかないが……K/W先生 が物書きのルールとして守ってきたこと、作家性を保持するために大切にしてきたことをぶっ壊してしまうような内容といったらわかってもらえるかも。そして、この量を K/W先生 がひとりで書き上げる量でないことも……容易にわかる。組織的に動いている……
そして、もう一つのファイル。こちらはMP3……音声ファイル……こっそり録音したのか?Tさん、結構危険なことをしてくれたんだな……
おそるおそる再生してみる。聴こえてきたのはファンの回る音……喫煙室、のようなところか……Tさんと、〇〇さんの会話のようだった。
〇〇さんは、一介のサラリーマン編集者として、この件に携わっていると見え、今のところ「敵」ではないようだが…なぜこのようなことになっているか戸惑っている雰囲気だった。コンタクトをとってみる価値はあるのかも……いや、もしかしたら”そう装っているだけ”かもしれないし……
とにかく、3年以内に『 K/W先生 の名をかたった誰か』により、『 K/W先生 がこれまで築いてきたものをぶっ壊すような小説』が次々刊行される……ということは決定事項のようだ。
K/W先生 にそのことを伝えたい……が、敵に気づかれずにやり取りをする方法が思い浮かばない。先日DMをもらったアカウントに連絡をいれてもいいのか?いや…敵が勘付くかもしれない……
頭のなかがぐちゃぐちゃだ!
……あの時せめて、K/W先生 におおよその滞在場所くらい確認しておくべきだった……
出版を止める方法は何かある?テロリストのように過激にアプローチしたところで、わたしがお縄になる可能性がある……それだと相手の思うつぼじゃないか。
残された道は、直接対決か……
K/W先生 のふりをしているモノが偽物だと世間に暴露し、追放する……
そんな大掛かりなことを遂行させる方法はあるのか……?
(11)突破口を探せ
わたしが、いま K/W先生 として存在している誰かを、『偽物』だとファンのみんなに知らしめて追放する方法……わたしは、以前ぼんやりと思いついた、『K/W先生 とわたしだけが知る、ほかの人が知りえないこと』を尋ね、どんな反応を示すか確認する作戦について考えていた。
わたしはインターネットをやり始めの頃、 数回 K/W先生 とチャットを介して話をしたことがある。ファンのあつまるチャットに K/W先生 が時折顔を出してくれて、いろんな話をした。
その時、手違いで、一度だけ、わたしと K/W先生 が二人きりになったことがあった。
わたしは、その時かなり悩んでいた。
ここでは具体的な話は避けるが……自分のなかに蠢く、折り合いのつけられないネガティブな感情との向き合い方についてとても悩んでいた。
その悩みを K/W先生 はじっと聞いてくれて(文字チャットだから”見てくれて”かな)いくつかの解決策を提示してくださった。わたしはその言葉にとても救われた。
その言葉がいまのわたしを生かしているといってもいいかもしれない。
その言葉は、ほかの誰にも教えず、胸にしまって宝物にしている。そしてその言葉は、1993年に未完となった作品の中の言葉だった。
その時に使っていたチャットサービスは、現在存在していない。チャットログも消滅している(魚拓や個人で保管しているログがあれば別だが……)つまり、『答え』はあの時チャットにいた K/W先生 とわたしだけが知っているのである。
得体のしれない存在が何かのツールを使って現在インターネット上にある K/W先生 の情報を手あたり次第吸収し、K/W先生 に成りすましていたとしても、この『答え』だけは『正解』できないと思う。
わたしは、K/W先生 に思い切って「直にリプライ」を飛ばす。
思わせぶりなポストをするのは得意だ。
これで引っかかってほしい。
そう祈っていると、リプライの通知が飛んできた。
すぐさま確認する。
DMします…!!?
普段DMなどでいちファンとやり取りしないはずの K/W先生 が…!?
しかもみんなに見えるじゃん!!このリプライ!!
K/W先生 ファンの女の子たちから叱られる!!
いや、この発言をしているのはK/W先生 のふりをしているひとで……
もしかしてワザと……?
ワザとみんなに見えるようにしているのか?
わたしをみんなの監視下に置くために?
疑心暗鬼。マズイ予感がしてきた。
数分おいて、通知がきた。
わたしのスマートフォンに、 K/W先生 からのDM通知。
こんなに K/W先生 の名前をみてワクワクしないのははじめてだ。
恐る恐る開封してみる。
「Cafe」への呼び出し……!?
やられた。そう来たか。
この K/W先生 のふりをしているモノは、やはり一枚上手だった。そう簡単にはボロをださないようだ。おそらく、完璧に K/W先生 に成り代わるためにインターネット上に存在していない情報には簡単に触れられない。
しかし、それであれば「そんなこともあったかな」くらいの返事で乗り切ってもよさそうなものだが……もしかして、相手はわたしが「古参のファン」ということで警戒している?
どうする…?
K/W先生 のふりをしているモノと、どう戦えばいい?
勝機はあるのか?
こんなとき、 K/W先生 がいてくれたらどんなにいいだろう。
K/W先生 、もう会えないのですか……!?
(12)直接対決…そして……
一晩考えた結果、わたしは、偽物からの『Cafeお誘いのDM』を宣戦布告と受け取った。
であれば、こちらも覚悟を決めて、「Cafe」を訪ねるしかないのだろう。どのみち一度目をつけられた。すべての情報が傍受され、監視されている可能性がある。
わたしは、中野ブロードウェイに向かった。
K/W先生 がやっていた4階の「Cafe」に乗り込むために。
わたしは初めて「Cafe」のドアの前に立つ……いつか勇気を出して、ここを訪問し、このドアを開けるはずだった。
K/W先生 にここで会うことができたなら、いろんな話をしよう。
そう思っていたのに、こんな形で「Cafe」に初訪問するなんて思ってもみなかった。
いろんな思いを巡らせながら、「Cafe」の中に入る。
わたしの鼓動は早くなる。
おそるおそるドアを開けた。
中には人の気配がない。
ゆっくり一歩一歩中に進む。
誰もいないのか……?
ふうっと深呼吸する。
その時、背後でドアが閉まる音がした。
びっくりして振り返ると、そこにはK/W先生 が立っていた。
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ。あなたはこの店に来るの初めてでしたよね」
K/W先生 の低くて優しい声。
……いや、違う、これは、K/W先生 のふりをしているモノだ。
「なにか飲みますか?」
「いいえ、今日はあなたと話をしに来たのです」
「ああ、そうですか。いいですね、ゆっくり話しましょうか?」
K/W先生 のふりをしているモノは、余裕の笑みでわたしを見つめている。
わたしから情報を引き出そうとしているに違いない……誘導のような質問に引っ掛からないようにしなくては……
「いつも応援してくださって、ありがとうございます。あなたとは古くからのお付き合いですもんね」
「先生、わたしとの最初の出会いを覚えてくれているんですか?」
「ああ、確かBBSに書き込んでくれたのが最初だったような…」
「チャットのことは覚えていますか?」
「チャット?ああ……みんなと深夜までチャットルームでいろいろやりましたね」
K/W先生 のふりをしているモノは、最初、わたしの調子に合わせて会話しているようだったが、次の瞬間、話の空気をかえた。
「でも……ちょっと覚えていないんですが、ぼく、あなたとチャットでお話しましたかね?あなたチャットにいらっしゃいましたか?」
K/W先生 に否定されているような気になり、わたしは思わずムキになってしまった。
「いましたよ」
「そうですかぁ。ぼくは覚えてないんだよなぁ」
K/W先生 のふりをしているモノの術中にはまってはいけないと思いながら、つい語気が荒くなってしまう。
「覚えていないんじゃなくて、分からないの間違いでは?チャットのデータは、あなたの記憶としてインプットされていないんじゃないんですか?」
「どういう意味です?」
「あなたは、ここ20年以内に K/W先生 が発信された情報……例えばいまインターネット上に落ちているような情報しかインプットしていない……違います?」
「そうですか?」
「先生ならば、以前の記憶ももれなく残っているはず。先生は記憶力がいい方ですから」
わたしは、K/W先生 のふりをしているモノをにらむ。相手はひるまない。そしてわたしを褒めた。
「あなたは、昔からのファンだから、1980年代のぼくの活動内容や、1990年代、2000年代前半の状況・やりとりをたくさん記憶しているんですね?すごいですねぇ。さすがぼくの見込んだファンだなぁ」
怖いくらいの笑顔。でも、次の瞬間声のトーンが下がった。
「でもね、失わず保持していると思っている記憶、あなたの中に残っている思い出も、実は本物ではありません。そう思いますが?」
『X』のおすすめフィードで観た、あの言葉!
わたしは寒気を覚えた。
「わたしの記憶や思い出が偽物だと?」
「いえ、そういうつもりはありませんが、ぼくの記憶に残っていないならば事実と言い切れない」
「なっ……!?」
「だってそうでしょう?ぼくが覚えていないのなら、狂言といっても差し支えない」
「わたしの記憶は本物です!」
「あなたがぼくと心通わせた記憶も、幻なのではないですか?」
「そもそも、あなたと……K/W先生 の偽物とは心通わせた覚えはありません!わたしは K/W先生 と……!」
「ぼくが偽物だと、どうやって証明しますか?」
「えっ?」
「どうやって証明しますか?」
「だって、わたしは K/W先生 と……」
「新宿中央公園であなたと会って、あなたに助けを求めた”ぼく”は、本当に本物の”ぼく”だったといえますか?」
「!?」
新宿中央公園で本物の K/W先生 と会ったこと、何で知ってるの…?!
目の前がくらくらする。
K/W先生 のふりをしているモノは、わたしを追い詰めていく。
「その記憶、本物ですか?保証できますか?皆の前で、証言して信じてもらえるだけの材料があるんですか?」
K/W先生 のふりをしているモノが、わたしをまっすぐ見ている。
わたしは蛇に見込まれた蛙のように、目をそらせない。
「やめて…そんな目で見ないで……」
「ぼくを偽物だと断定し、駆逐できるだけのチカラが、あなたにありますか?」
「やめて…やめてよ!!その声で、その顔で、わたしを否定しないで…!!」
K/W先生 のふりをしているモノは、わたしの顔に両手を添え、
ぐっと顔をよせ、見つめた。
近くでみても偽物とは思えない。
だが、手が熱い。まるで機械が熱暴走を起こしている時のような熱さ…
「そうですかぁ……そんなに、ぼくのことを愛してくれてうれしいです」
「あなたを愛しているわけじゃない!わたしは……」
「ぼくはあなたが必要です」
「え……」
「ぼくの知らないぼくの情報をたーくさん持っている……あなたが、欲しい」
「!!」
「あなたの全部を、ぼくにください」
ここで、わたしがここに呼びつけられた理由がやっとわかった。
「古参のファン」の口封じではない。
K/W先生としてより完全になるために、ネット上の情報では補いきれない「古参のファン」がもつアナログな情報や、生の情報を手に入れたいのだ!!
「全部、ぼくにください」
鼓動が早くなる。見つめられると、吸い込まれそうになる。惑わされそうになる。
だめ、これは偽物だ。
わたしが好きなのは K/W先生 であってK/W先生 のふりをしているモノではない。
わたしは強く、きっぱりといった。
「偽物なんかに、"宝物"を渡したく……ない!!」
そう言った瞬間、K/W先生 のふりをしているモノは凄い形相でわたしの首に手をかけた。
「では、”奪う”しかないね?」
(く、くるしい…)
グッとゆっくり首を絞められる。ニンゲンではないチカラだ。
これは、バッドエンドのパターン……
薄れていく意識の中でわたしは混乱する。
こんなに近い距離で先生を観られるなんて……
いや、偽物なんだ、これは。
こんな時までそんなことを思うなんて
気持ち悪いな…これだから…拗らせてるファンは…
(あ……視 界…が……ぼやけ ていく……)
その時、背後でドアがバンと開く音がして、店に駆け込んでくる足音が聞こえた。
「やめろ!!」
怒号が響き渡り、誰かがにせものの K/W先生 に体当たりした。わたしの首から手が外れ、わたしはチカラが入らずよろけて床に倒れた。立ち上がれない。
あっ!
K/W先生…?
ぼんやりとした視界のなかで見えたものは、不思議な光景だった。
K/W先生 が2人、掴み合っている!!
大声で叫んで助けを呼ばなくちゃ……と思った。
でも、声を出したかったけれど、出ない。
さっき首を強く締められたせいだ。
なんだろう……
まるで K/W先生 の小説の世界に迷い込んだみたい…
せっかく初めて「Cafe」にきたのに、これが最初で最後だなんて嫌だ……
K/W先生の淹れた珈琲、飲みたかったのに……
チカラになれなくて、ゴメンナサイ……
薄れていく意識のなか
わたしは、肩を抱いてもらった、気がした。
にせもののせんせい?
ほんもののせんせい?
……どっちだったんだろう。
………
気がつくと、わたしは自宅の部屋にいた。
何もかも夢だったと思いたかったが
わたしの首には、はっきりと『痕』がついていた。
わたしはいてもたってもいられず、すぐ中野ブロードウェイに向かった。
だが「Cafe」にたどり着くことがどうやってもできない。
4階を探しても、あのドアが見つからない。不思議なことだが、つまり、わたしは入店拒否・出入禁止ということのようだ。
『X』をはじめ、わたしを取り巻く環境に特段異常はない。K.Nさんも、Sさんも、Tさんも、これまでどおり仲良くしてくれている。でも、もしかすると彼ら・彼女たちも「その人たちのふりをしているモノ」に入れ替わっているのかもしれない。
そして、わたしの一連の記憶は、生々しく残っている。SF小説ならば、サクッと記憶が消されているところだが、忘れたくても忘れられない記憶としてはっきりと残っている。
ただ、その一方で、"なにかが迫ってきている気配"があるのだ。
だからいまこの記事を急いで書いている。
誰かに伝えるために。
わたしは、K/W先生 が大好きで、その存在が失われるのが怖くて、救い出したくて、やれる限りのことはしたつもりです。
でも、チカラ不足でした。
これを読んだあなた。あなたは K/W先生 のファンでしょうか。
きっと K/W先生 のことが気になってしまったかと思います。
この記事もいずれ消されたり、改竄されるかもしれない。
でも、どうかこの記事に書かれていることを覚えておいてほしいのです。
どうかご自身の安全を第一に考え、この件については深入りせず、いま存在している K/W先生 の動向を監視していてほしいと思います。
そして、これから刊行される K/W先生 の新刊がどんな風に仕上がっているか、その目で確かめてください。
おそらく消されてしまうであろうわたしの代わりに。
K/W先生 が無事だといいな。
そして、全て元通りになっていて、新刊が目の冴えるような傑作だったなら、いいのだけれど。わたしはもうそれを読むことはないだろうから残念だな。祈ることしかできない。
みなさん、あとは、よろしくおねがいします。
■作者覚書■
アイデアを思い付いた日
2024年7月11日 10:07
執筆期間
2024年7月11日 ー 7月14日
(細切れで書いて実質2日程度)
公開日
2024年7月15日
補足
分冊版(12話)と比べ完全版のほうは、改行をやや変えています。
あと12話の写真を多くしました。
■あとがき■
今更感がありますが、この小説、自分が読むにあたって1ページにまとまっているバージョンも欲しいかも、と魔が差したため、このような形にまとめてあらためて公開いたしました。2万字超えの小説(のような気のふれた読みもの)はブラウザじゃ読みにくいかもしれません。初見の方も、すでにお読みいただいた方もよかったら、ご感想お寄せくだされば幸いです。
本当は自作に対して語るのが大好きなのですが、読者の方には読了の余韻に浸っていただきたい思いも強く、これまで自作に対しあとがきは書かず投げっぱなしで(苦笑)やってきました。でも、本作の再公開に当たって、なにかおまけをつけたほうがいいような気がしたので、このようなあとがきを書いているというわけです。
これまで駆動トモミ作品に触れてきた読者の方はもうお分かりかとは思うのですが、K/W先生とは このかた のことでして…
小学生のころ出会い、好きだったK/W先生。時が過ぎ、すっかり静まっていたK/W先生への思いがどういうわけか突如”再燃”したため、いま、わたしはそのまぶしさにクラクラしつつ、慎重に現在の活動や過去作などを追っています。ビギナーファンとして暗躍中の身です。
先日たまたま【死ぬのがこわくなくなる話】における、鮮やかなSNS上での”リアルタイム公開創作”の詳細を拝見したんですね。
くわしくはまとめや、書籍を読んでいただけたらわかると思うのですが…
大変衝撃を受けたわけです。
「わたしは2009年からTwitterをやっているはずなのになんでこの2011年にやってた面白そうな試みの目撃者になっていないのだ!?」
(答えは単純でその頃はまだフォローさせていただいておらず、渡辺さんの活動を追っていなかった…ということなのですけれど……)
……えっと落ち着いて軌道修正します。
でもってですね、作品にも出てきますが、このアカウントのツイートに感銘を受けたわけですよ。
失わず保持していると思っている記憶、
あなたの中に残っている思い出も実は本物ではありません
わたしは、この言葉に心惹かれました。
【死ぬのがこわくなくなる話】における「思い出」はAからBに成り代わるための「データ」のような扱いでした(…解釈あってるよね…?)が、駆動はこのメッセージから、自分が、第三者と一緒に過ごしていた時間が、必ずしも100%”同じ気持ち”で相手に残っていないならば、その思い出は”本物”といいきれない可能性がでてくるんじゃないかなと、オリジナルの作品とはやや違う方向性でぼんやり考えたはじめたのです。
そして、K/W先生にわたしが抱いている勝手な【孤独・孤高】のイメージ(この作品で言うところの(6)のあたりに該当)や、K/W先生の熱狂的なファン・読者たちのイメージなどを膨らませて、この【或る妄想、闇に沈み眠れ】が生まれました。
なお、余談ですが、(5)K/W先生のあゆみの部分は、インターネットに落ちている情報を集めるだけ集めて書きました。フィクションとは言えども、(5)の情報についてはできるだけ正しい情報を羅列したつもりです。一部雑誌なども参照しましたが、著名人になればなるほど、インターネットでそういう情報が落ちているという凄さを実感しました(笑)。
この作品、2次創作とはいえず、かといってオリジナルともいいきれず…夢小説とも違うし…何になるのかわかりませんが(苦笑)できるだけ、K/W先生を知らないひとにも配慮して書いてみたつもりです。でもね、発表しようと思った段階で、やや自信がありませんでした。自分はすごく面白いな~とおもって書いてましたけど、そういうのって滑るんですよ。ものすごく派手に滑るんです(笑)。
不安を抱きつつ、この作品を事前告知していた時、この作品に期待を寄せてくださり、アドバイスしてくれた方がいらっしゃったんですね……それは、作品にも登場するK.Nさんです。本当にありがとうございました。背中おしてもらいました。K.Nさんが楽しみにしてくれてるんなら、思い切ってアップロードしなきゃって思ったんですね。
※なお、K.Nさんには作品に登場させてもいいですか?と事前にお伺いして快諾していただいたのです。
(K/N先生には事前に許可もらってないのにね(笑))
結構長い小説になっちゃったんで、12話に分けてアップロードしようということにしたんですが、昼間にどんどこ上げていくのは気が引けました。なので、深夜ならみんなのお邪魔にならんだろう…と思ってこの小説を7月15日深夜2時から4時にかけて手動アップロードし始めたんです。
誰も気に留めないだろうと思ってましたが、何人かがリアルタイムで追いかけてくれたのが嬉しかったです。面白いと思ってくれたかどうかはわかりませんが、書いてよかったな~と思いながらアップしてました。
しかもですね…
なんと、AM2時に……小説関連のポストを
K/W先生がリポストしたんです!
(わ、わたしのポストを、みている……!!)
5話まで上げたところでした。
K/W先生、わたしの小説の存在に気付いてい…るのか…?中身はちゃんと観てくださっているのか…?緊張が高まる中、どんどこアップロードする駆動。なかなか体験できないスリルでした。
途中で、心配になって弱気なポストをしたところ…
モデルにした小説家ご本人様から
まさかのリプライいただく
ほ、本気に、するんだからねっ…!?
ということで、ある意味、ご本人様に公認していただき(?)昇天しつつこの小説は無事アップロードを終えたわけです。
改めて、いつも好き勝手書いているのに優しく見守ってくださる
渡辺浩弐先生、ありがとうございます。
そして、リアルタイムで見守ってくださった読者様にもこの場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございます。
勝手に熱に浮かされて書き始めた作品でしたが、貴重な経験となりました。
自分の書いている小説はオリジナルでも二次創作でも、できるだけ面白く・わかりやすく書こうと思ってはいるんですけど、「自分らしさ」ってあるのかなぁ……と思うし、わたしの作品は学がない&浅はかな考えがにじみ出ちゃうので、小説と言えるのかどうか、わたしは小説を書いて発表していい人間なのか、いつも迷いつつ悩みつつ書いています。
(このあとがきでさえも、大丈夫かな?なんて不安です。)
でも、ちょっとずつ、「駆動さんの作品好きです」と言ってくれるひとが現れたり、背中を押してくれるひとが現れて……これは思ってもみないことでした。イラストや漫画を見てもらうのと違って、小説って時間を取りますからね。わたしの作品を時間をかけて読んでくれて、面白がってくれる人がいる。これは奇跡だと思うのです。
常日頃自信の持てない弱いわたしではありますが、作品を面白いって言ってくれる人がいるのなら、アイデアが枯渇するまではまだもうちょっと書いてみようかなと思う今日この頃です。この先、どれくらい書き続けるかわかりませんが、もしよかったらこれからも、駆動トモミの動向をあたたかく見守っていただけたら幸いです。
おわりっ
駆動トモミをサポートしてみませんか。noteを通じてどんなお返しができるか未知数ですが…おまちしております。