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悲しみの向こうにあるもの

息子が
この春作った巣箱に、
雀が巣を作った。

枝や葉っぱ、落ち葉などを
せっせっと運び込む様子が
何ともかわいらしくて、
毎日家族で
その様子を見守った。

卵を産んだのかどうかは
ずっと、分からないままだった。



10日ほど前に、
巣箱の中から
微かな鳴き声がした。

どうやら雛が産まれたらしい。

それから、
親鳥が餌を運ぶ姿を
頻繁に目にするようになった。

雀は、警戒心が強い。
少しでも、
こちらが視線を向けると、
決して巣箱に近寄らない。

こうして、雛鳥を守っているんだ…。
すごいな…。

鳴き声が、
日毎に大きくなってきた。
きっと巣立ちの日も近いだろう。



ふと、悲しい記憶がよみがえった…。

それは、去年のこと……

息子の作った巣箱に、
四十雀が巣を作った。
やがて、親鳥が卵を産み
10羽程の雛が誕生した。
休みなくせっせっと
餌やりをする親鳥の姿に
言葉に言い尽くせない感動を
おぼえた。

いよいよ
巣立ちの時。
その日は、
前日より
10度も気温が下がり、
朝から冷たい雨が降っていた。
次々に、雛が巣箱から出ては、
庭先で雨に打たれて凍えていた。
なぜ、こんな寒い日に…。

野鳥の雛には手を出してはいけない。


でも、
もう、見ていられなかった。
少しでも寒さをしのげるようにと
軒下に段ボール箱を置き、
その中に雛を避難させた。
でも、気が付くと、
何匹かは、段ボール箱から飛び立ち、
再び、庭で冷たい雨に打たれ
震えていた。

主人も息子も
雛鳥のことが
気掛かりでならなかったが、
それぞれ、仕事、学校へと
出かけて行った。

私には、
ただ雛鳥を見守ることしか
出来なかった。

段ボール箱の中の雛たちは、
最初こそ、
弱々しく動いていたが、
やがて
目を閉じ
動かなくなった。

段ボール箱から出て、
物影に潜んでいた雛たちも、
うずくまったまま
息絶えていた。

少し飛んでは降り
少し飛んでは降りを
繰り返していた雛鳥が
2羽ほどいたが、
他の雛鳥の様子を見ているうちに、
行方が分からなくなってしまった。

結局、
午前中のうちに、
庭先や段ボールの中で
7羽の雛鳥が死んだ。

主人と息子に
悲しい報告をしなければ
ならなかった。



雛達の亡骸は、
私の大好きな
紫陽花の下に
埋めることにした。

土が、
思った以上に、
固かった。
力を込めて掘った。
シャベルを持つ手に、
固い土の上に、
あとから、あとから
涙がこぼれ落ちた。

ごめんね…

私は
自分の無力さに
絶望していた。


息子は、
涙一つ見せず、
毅然とした態度で言った。

「2羽はきっと、どこかて生きている」











翌日、
息子は早起きし、
庭に出て、
行方不明の
2羽の姿を探していた。

戻って来た息子が言った。

「親鳥が…
…雛を探している…」


息子は泣いていた。

私たちの前で
めったに
涙を見せない息子が…。

雛鳥を呼ぶ
親鳥の悲しい鳴き声だけが、
庭に響き渡っていた。


思い返せば、
四十雀が
我が家に巣を作ってから
毎日が感動の連続だった。
雛が誕生したと分かった時は、
家族皆で喜び合った。
親鳥が、休む間もなく
せっせと
巣箱に餌を運ぶ姿に
私達は、ずっと、
励まされ、
勇気づけられてきた。
だから
だから…
雛達の死は、
あまりにも突然で、
そして、
あまりにも残酷すぎた。


娘の死が、思い出された。
突然、息絶えた娘。

あの時の深い悲しみ。
喪失感。  



でも…
でも、娘が遺したものは、
悲しみだけではなかった。

生きることの意味を
命の尊さを
あれほど深く
考えたことはなかった。
娘の死をきっかけに
私の人生観は、大きく変わった。

雛鳥たちが遺したもの。
そうだ。
それとて、
悲しみだけではない。

短い命の輝きを
決して忘れまい。
その時、強く思った。



今、
目の前に、
間もなく巣立ちを迎える
小さな命たちがいる。
どうか、
どうか
無事に巣立ちますように…
そう願わずにはいられない。



娘のことは、こちらを。





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